夢に浮かぶ鎖 #10
ティオの話では……
「ルールを守れない者」「普通の人間に馴染めない者」達は、一般社会から弾き出され……
やがて、似たような者達が集まる場所にたどり着く、との事だった。
たとえば、町の一角にある治安の悪い地域。
それは、どんな町にでも存在する、「あそこには絶対近づいちゃダメだよ!」と女子供が注意を受けるような場所だ。
そこでは、ならず者達が集まり、酒を飲んで暴れたり、賭博に夢中になったりと、勝手気ままに生きている。
それは、裏通りにある小さな酒場や賭場であったり、それらが連なる一帯の地域であったり、更に大きくなると、町全体が無法者達のすみかとなっているような所もあるという。
「ルールを守れない者」は、ルールのない場所で生きる他ない。
「普通の人間に馴染めない者」は、また、「普通でない人間」が多く集まる場所で、自分の居場所を探す。
「人間ってのは、社会的な生き物だからな。一人っきりじゃ生きられないんだよ。」
「物質的な意味だけじゃないぜ。自分の事を『認めてくれる』『受け入れてくれる』『肯定してくれる』そんな自分以外の人間が周りに居ないと、生きていけないんだよ。精神的にな。」
しかし、ルールを守れない者、あるいは特異過ぎて普通の人間の輪からはみ出してしまう者は、普通の社会では、常に、非難や蔑み、または畏怖の目で見られる事になる。
自分の存在を、周囲の人間に否定され続ける。
それは、人として何よりも辛い事だ。
それ故、自分を受け入れてくれる仲間を探して、やがて、掃き溜めのような、犯罪者達の集まる場所にたどり着くのだった。
「大体そういう場所は、治安が悪い。法律や警察の力が行き届かない場所だ。つまり、『ルールがない場所』だな。」
「まあ、実際には、そういういわゆる『無法地帯』にも、ルールはあるんだけどな。普通の人間達が生きる規律正しい社会とはまた違った『悪党のルール』だ。これは、さっき言った、制度としてはっきり決められたものじゃなく、そこに居る人間が、口に出さずに自然と守っている、『暗黙の掟』だな。……たとえば、『町のボスの命令には逆らわない』とか。『儲けの半分は、町のボスに納める』とか。『誰かに殴られたら、同じように殴り返してもいい』みたいな『目には目を』の法則だったりとか。まあ、場所によっていろいろだな。」
「ええー? なんかそっちの方が大変そうだよー?」
「それでも、普通の社会からはみ出しちまう人間には、ずっと住みやすいんだよ。」
「犯罪者ばっかりが集まる所にも、『ボス』っていう、『王様』みたいな人は居るんだねー。」
「無法者の町つっても、最低限のルールは必要だからな。完全にルールがなかったら、それこそ、ちょっとした喧嘩で死人が次々出る羽目になるだろう? で、ルールを守らせるためには、『強さ』や『権力』が手っ取り早いんだよ。だから、『元締め』や『ボス』みたいな人間が自然と生まれるし、組織や上下関係が作られたりもする。普通の社会程厳格じゃないにしても、『王様』や『貴族』それに『身分制度』みたいなものも、存在するんだよ。」
「へー。」
「うちの傭兵団だって、一番上に団長のサラが居て、その下でボロツ副団長が睨みをきかせてるだろ? それから、傭兵団の中で特に目立ってる人間、剣が強かったり、体が大きかったり、そういうヤツらは、大体ボロツ副団長の取り巻きになってるけど、まあ、それが、王国で言うところの『貴族』って感じかな。」
ティオの説明に、サラは一々感心して、ほうっとため息をついたり、ウンウンとうなずいたりした。
「つまり、俺達の今居る傭兵団は、この城の中の『無法者の町』みたいな場所なんだよ。」
「普通の社会からはみ出しちまった者達が集まってる。だから、必要以上にうるさいルールはないし、『普通』の枠におさまれなかったサラのような特異過ぎる人間も、ここでは受け入れられやすい。」
「サラが、傭兵団を『居心地がいい』と感じるのは、そういう理由からなんじゃないのか?」
「え?……う、うーん……」
サラは、ティオに、見事なまでに心の内を言い当てられていたが、なぜか素直に肯定出来ず、視線を足元に落として言葉を濁した。
□
「サラがここで受け入れられているのには、もう一つ理由がある。」
「それは、今のこの国が『非常事態』にあるって事だ。」
「このナザール王国は、現在内戦中だ。内戦がズルズル長引いて兵士が足りなくなり、傭兵として無法者達を雇う程に戦力を必要としている。……そう、つまり、この国は、今何よりも、戦を早急に終わらせる事の出来る強い力を求めている。」
「こういう場面においては、サラの持つ『強い力』は、必要とされるものだって訳だ。」
ティオは、もう元のように色あせた紺のマントを羽織っていたが、リボンを外してしまった内側のシャツの首元が気になるのか、時々指でマントの上から触れていた。
「サラも、つい最近同じような経験をしただろ? ほら、山奥の小さな村で魔獣を倒した時の……」
「あー、あれねー。うん。」
「魔獣に村が襲われているという『非常事態』の時は、村人達はサラの強さを必要としていて、神様のようにあがめ奉ってくれた。……でも、サラが魔獣を倒して、村に平和が訪れたら、もうサラの力は要らなくなった。それどころか、サラの力は、山奥の小さな村の人々にとって、『新しい脅威』に感じられるようになった。」
「……それで、私に、都で傭兵を募集してるって話をして、早く村から立ち去るように仕向けたって言うんでしょ? 分かってるってばー。」
サラは、そこで少し考え込んだ後、そうっとティオに尋ねた。
「……じゃあ、戦争が無事終わったら、私はもう、この国には必要ないって事ー?」
「まあ、そうだな。でも、それは、サラだけに限った話じゃない。この傭兵団自体が必要なくなるだろうな。」
「そもそも、軍隊や警察、警備隊、そういう武力を持つ組織は、力で制圧する必要があるものが存在しているから、意味があるんだよ。……戦争、犯罪、権力争い、そいういったものが完全にこの世界からなくなれば、もう軍隊は要らなくなるだろう?」
「逆に、争いや犯罪があるからこそ、軍隊に価値があるとも言える。」
そんなティオの言葉に、またサラは、難しい顔で考え込んだ後、噛みしめるように言葉を発した。
「……じゃあ、私が望んでいる世界……争いや戦争や犯罪が何もなくて、みんなが平和で幸せに暮らせる世界になったら……」
「私の持っているこの力は、要らないものになるの?」
「私は、要らなくなるの?」
サラの思いつめたような問いに、ティオは一旦言葉を切って少し間を開けてから、ゆっくりと諭すように言った。
「まあ、この世界から戦争や犯罪がなくなるなんて事は、まずないと思うけどな。」
「でも、もし、そんな夢のような、サラの理想とする平和な世界がおとずれたら、サラの力は要らなくなる可能性はある。」
「自然災害や、火事や事故なんかで活躍する事はあるかもしれないぜ。」と、ティオはつけ加えたが、サラの表情は曇ったままだった。
そんなサラの不安を拭うように、ティオはニコッと優しく笑った。
「さっきも言ったろ? サラにその力がなかったとしても、異能力なんか持っていなかったとしても、サラはサラだって。」
「もし、サラが、自分の力を必要としていないなら、使わなければいいだけだ。」
「そして、特異な力や能力を持たない人間と同じように、生きていけばいいだけだ。」
「……わ、私が、この力を使わない?……」
ティオに言われて、サラは呆然としていた。
「……そ、そんな事、考えた事なかった。だって、ずっとこの力を使って生きてきたし。剣を持ってからは、剣士として、いろんな所を旅してきたんだよ?」
「剣士じゃない私なんて、全然思いつかないよ。」
そんなサラの答えに、ティオは「そうか」と短く答えて、しばらく黙っていたが……
ふと、思いついたように、声の調子を少し上げて、話題を変えた。
「サラは、この内戦が終わったら、どうするつもりなんだ?」
□
「ねえ、みんなは、この戦が終わったら、どうするつもりなのー?」
サラは、自分と同じテーブルを囲んでいる、ボロツをはじめとした傭兵団の主要メンバーに、明るく問いかけてみた。
団員達は、突然のサラの質問にとまどった様子で、しばらく顔を見合わせていたが、やがて、ポツポツと思っている事を話し始めた。
「そういやぁ、この戦が終わった後の事なんて、考えてなかったなぁ。」
「俺も全然だ。元々先の事なんて、あんまり考えないからなぁ。」
「毎日こうやって仲間と酒が飲めれば、それでいいんじゃねぇの?」
「俺は! この戦が終わったら、サラと結婚するぜ!」
ガタンと椅子を鳴らして勢いよく立ち上がったボロツが、そう宣言した。
そして、片手に持っていた、ビールをなみなみとついだばかりの木のジョッキを、グイーッと一息にあおる。
サラは、いつものようにすかさず訂正しておいた。
「いや、私、ボロツと結婚する気ないからね! これっぽちも、万が一にも、世界がひっくり返っても、ないからねー!」
「ボロツさん、そういう事言うの、やめた方がいいッスよ。俺のダチで、そう言って、戦で死んだヤツ居るんスよね。」
「俺の故郷の幼馴染もそうだったわ。女と結婚するから足を洗うって言って、その最後のシノギで死んじまったよ。」
「あー、あるある。」
「うるっせぇ! 俺は死んだりしねぇ! 俺は死なねぇんだよ!」
「だから、サラ! 結婚してくれ! 戦が終わってからなんて言わずに、今すぐにでも!」
「だーかーらー、ヤダってばー!」
ボロツとサラを中心にいつものようにワイワイ騒いでいたが、ポツリと誰かが言った。
「俺は、このままずっと、傭兵団をやってたいなぁ。」
それに触発されたのか、他の団員達も次々と言い始めた。
「確かにな! ここは居心地がいいぜ! みんな気のいいヤツらだしな!」
「そうそう! おまけに、サラ団長とボロツ副団長が居るだろう? 怖いもんなしだよなぁ!」
「俺達、ひょっとして最強の傭兵団になれるんじゃねぇのか? この戦が終わっても、この仲間でいろんな戦場を渡り歩いて、連戦連勝の伝説をぶち上げるんだよ!」
「いいなぁ、それ! 俺もここがスゲェ気に入ってるんだ! ずーっとみんなでやってたいよなぁ!」
「決めたぜ! 俺は、サラ団長とボロツ副団長に一生ついてくぜ!」
「おお! 俺もだぜ!」
酒の勢いもあって、誰かが「このまま傭兵団を続けようぜ!」と言うと、俺も俺もと先を争って名乗りをあげ、すっかり盛り上がっていた。
「サラと二人で、コイツらをまとめて傭兵団を続ける、かぁ。それは……悪くない話だな!」
ボロツも乗り気で、新たについだビールを、またグイグイと飲む。
「まあ、誰かがお前らの面倒を見ねぇといけねぇだろうからよ! そんな事が出来るのは、俺様ぐらいだろ!」
張った胸をドンと拳で叩いて力強く宣言するボロツに、傭兵達は、「さすがボロツさんだぜ!」「カッケェ!」「どこまでもついていきますぜ!」と惜しみない称賛の声を浴びせていた。
(……みんな、このまま傭兵を続けたいのかぁ。……)
そんな仲間達の姿を見つめながら、サラは一人考えていた。
(……私は、どうしようかなぁ。……)




