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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第三章 宝石を盗む者
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宝石を盗む者 #3

 

 さて、「コンビ史上最強の名案」を思いついたピピン兄弟は、急いで準備に取り掛かった。

 場末の酒場で意気投合してから今まで、二人で組んで様々な盗みを働いてきたピピン兄弟だったが、その標的は小さな個人商店や民家ばかりで、金持ちの巨大な屋敷に盗みに入るのは初めてだった。

 屋敷の周りには石造りの高い塀がぐるりと巡らされている。

 その塀を越えるため、先に大きな鉤のついたロープを用意した。

 それから、奮発して、それぞれナイフを買った。

 こちらは、もし屋敷の人間に見つかった時、脅すためだった。


 そうして、二人は、懐にナイフをしまい込み、お宝入れる大きな袋と、鉤のついたロープを担いで、寝静まった夜の街を、人目を忍んで進んでいった。


 二人が目的の屋敷の塀の元までやって来ると、想像していた通り、警備の兵士はほとんど居なかった。

 酒場で聞いた噂では、街の警備隊はほとんどの人数が、予告状の届いた屋敷の警護に当たっているとの事だった。

 おかげで、予告状の届いた屋敷とは王城を挟んで真逆の位置にある目の前の屋敷には、屋敷の主人が雇った私兵がポツリポツリと居るばかりだった。

 そんな彼らも、今晩は宝石怪盗ジェムは確実にこの屋敷には現れる事はないと、すっかり気が緩んでいる様子だった。

 大欠伸をしたり、懐から小瓶に入れた酒を取り出して飲んだりしている彼らの様子を、路地の奥からそっとうかがって……

 ピピン兄弟は、自分達の考えが間違っていなかったと、顔を見合わせてニヤニヤ笑った。


 二人は、人目を避けるため細い路地を迂回し、屋敷の裏手に回った。

 表の門の前には、気が緩んでいるとはいってもまがりなりにも剣と鎧で装備を固めた兵士が居たが、出入り口のない裏手には誰も居ない。

 夜もすっかり更けており、街の住人が通りかかるような事もなかった。

 辺りには、広い庭と高い塀を持った大きな屋敷が多く、人口密度の少なさから、都の中とは思えない程シンと静まり返っていた。


 墨色の空に、欠けた月が、今にも沈もうと西に傾きながら、冴えざえとした銀色に輝いていた。



 と、ここまでピピン兄弟の計画は順調に進んでいた。

 が、しかし、屋敷の裏手の塀を超える段になって、大きな問題が発生してしまった。

 屋敷の周りをぐるりと囲む塀は、高さが5m以上もあり、二人は、その高い塀を乗り越えて屋敷内に侵入するために先に鉤のついたロープを用意していたのだったが……


「……クソッ! クソッ! 全然引っ掛からねぇ! どうなってんだ!?……」


 今まで二人はこんな高い塀を超えた事がなく、ロープの扱いも下手クソで、思ったように鉤が塀の上に掛かってくれなかったのだ。

 こういった事態を想定してどこかで前もって練習しておく、といった思慮深さは、残念ながら二人にはなかった。

 いつもの通りの行き当たりばったりだった。


「……アニキ! オイラがやってみるッスよ! 貸してくださいッス!……えい! えい!……あ、痛っ!……」

 お終いには、ピピン弟が顔を真っ赤にしてぶん投げたロープが、塀の上にも届かずに落ちてきて、ゴン! と頭に命中する始末だった。


「……ど、どうしたらいいッスかねぇ、アニキぃ……」

「……お、俺に聞くなよ!……だ、大体お前が、良く考えもせずこんなバカでかい屋敷に盗みに入ろうなんて言い出すから!……」

「……ええー!? この屋敷に盗みに入ろうって言い出したのは、アニキじゃないッスかー!……」


 と、二人が、全然乗り越えられそうもない高い塀の前で声を潜めつつも揉めていると……

 突然、どこからか声が響いてきた。


「どうしたんですか? 何かお困りですか?」


 慌ててバッと二人が振り返ると……

 そこには、黒いローブに身を包んだ一人の男が立っていた。


 

 男は、身長160cmから180cmぐらい、歳の頃は二十歳前から四十歳過ぎぐらい見えた。



「……って! 全然特徴絞れてねぇじゃねえか! そんな条件、どんだけたくさんの人間が当てはまると思ってんだよ!」

 と、二人の話を聞いていたボロツが思わず野次を飛ばすのも無理はなかった。


 ピピン兄が、しどろもどろに答える。

「……それは……何しろ夜だったし、月は出ていたんですが、ヤツは建物の影に居たんで、良く見えなかったんですよ。」



 男は月明かりの影になった場所に静かに立っていた。

 いつの間に、ほんの数メートルという距離まで近づいてきていたのか、ピピン兄弟には全く分からなかった。

 我を忘れて言い争っていたので、気づかなかったのだろうと二人は思った。


 男は、足元まで隠れる長さの黒いローブに身を包み、目深にフードを被っていた。

 しかも、顔には、陶器で出来た仮面をつけていた。

 上流階級で密かに繰り広げられるという奇妙な趣向の仮面舞踏会、あるいは何かの劇で使われるかのような仮面だった。

 目の部分に穴が開いているのでこちらの事は見えているのだろうが、逆にこちらからは顔がほとんど隠れてしまって見えない。


 その人物を主に「男」だと判断したのは、発した声が低かったせいだった。

 深みがありつつもハッキリとして良く通る、聞いていると自然と心が落ち着くような、そんな不思議な声だった。


「……な、なんだ、お前は!?……」

「……ち、近づくなッス!……」


 ピピン兄弟は、慌ててバッと跳び離れて距離を取り、警戒態勢を取った。

 ピピン兄は、ハッとナイフの事を思い出して懐を探ったが、こちらも使い慣れていなかったのと動揺していたのとで、なかなか取り出せずにいた。

 すると男は、ゆっくりと二人に歩み寄りながら、穏やかな声で語りかけてきた。


「安心して下さい。私は怪しい者ではありません。」



「いやいやいやいや! どう考えても怪しいだろ! 怪しさ全開だろうが!」

 ボロツが、また、口の端から泡を飛ばす程激しくツッコミを入れていた。


 今度は、ピピン弟が、そのちょっと間抜けなどうにも憎めない雰囲気の丸顔を指で掻きながら弁明した。

「……そ、それがッスねー、何だか、そいつの言葉を聞いてるとー、妙に信じたくなると言うかー、自然と言う事を聞きたくなると言うかー。どうにも、催眠術に掛かったみたいな不思議な感じだったんッスよー。」



「この仮面ですか?……フフ、ちょっと事情があって、今夜はこれが必要だったのですよ。」

 と、男はまるで歌うように流暢な口調で語った。

 スッと背筋を伸ばし、ゆったりとローブを揺らして歩いてくる姿からは、優雅で上品な気配が漂っていた。


 そんな男の言葉と姿を目の当たりにして、ピピン兄弟は……

 (ああ、まあ、そんな事もあるのかもしれないなぁ。)となぜか思ってしまっていた。

 どこかのお屋敷で行われていたかもしれない仮面舞踏会の帰りとか、まあ、良く分からないが何か事情があるのだろうと、不思議な程すんなり納得していた。

 その時、ピピン兄弟は、今まで経験した事のなかった「大きなヤマ」を前に極度の緊張状態にあり、正常な判断が働いていなかったのかもしれない。


「ところで、お二人はこんな夜中にここで何をしているのですか?……実は、気になって先程からそっと見ていたのですが、何か困っている様子だったので、つい声を掛けてしまいました。」

「……あ、あの、えっと、このロープがどうにも塀に引っ掛かんなくってッスねー……」

「あっ! この、バカ!」


 男のベルベットのように柔らかな口調と態度につられて、ついポロッとピピン弟が答えてしまったのを、慌ててピピン兄が、ポカッと頭を殴って諌める。


 が、男は、二人の行動をいぶかしむ様子は全くなく、「なるほど!」と朗らかな声でポンと手を叩いて納得した。


「ここの塀にロープを掛けて、乗り越えようとしていたのですね! しかし、この塀はかなり高い。なかなかロープが掛からずに困っていた、という訳ですか。」


 そして、しばらく屋敷の高い塀を見上げた後、二人に向き直って言った。


「もし良ければ、私がお二人を手伝いましょうか?」



「え!? お、お前……あなたが、俺達の手助けを?」

「……オ、オイラ達を助けてくれるって言うんスか?」

「ええ。こうしてたまたま通りがかったのも何かの縁です。それに、困っている人見かけたら、放ってはおけないでしょう?」


 ピピン兄弟は、思わぬ男の提案に顔を見合わせた。

 普通に考えたのならば、先程出会ったばかりの何も知らない見ず知らずの人間に助けを求めるなど、あり得ない選択だった。

 しかも、その時二人は、塀を乗り越えて屋敷の中に不法侵入しようとしていた所だった。

 だが、男は、そんな二人を見ても怪しむでもなく、「困っているなら助けましょう。」と言い出した。


「……アニキィ、コイツ、よっぽどのお人好しなんスかね? それとも、とんでもないバカなんスかね?……」

「……お、俺に聞くなよ!……その、何だ。なんか貴族っぽいから、常識とか危機感とか。ないのかもしれねぇな。……」

「どうかしましたか?」

「……あ! いやいや、何でもないッスよ!」

「あー、ゴホン!……その、助けてくれるというのは、つまり……あなたが、俺達の代わりにこの塀にロープを掛けてくれるって事ですかね? 見てたんなら知ってると思いますけど、塀が高くって、素人には相当難しいですよ。」

「その辺はやってみないと分かりませんが、努力してみますよ。」


 男の表情は仮面に隠れて見えなかったが、ウンウンと頷く様子は、いかにも善人といった雰囲気だった。


「……そ、そこまで言うなら……ちょっとやってみてくれませんか?」


 そう言い出したピピン兄の言葉に、ピピン弟はビックリして、慌てて袖をグイグイ引っ張った。

 ピピン兄にヒソヒソと小声で耳打ちする。


「……ア、アニキィ! だ、大丈夫なんスか、こんなヤツ信用しちまってぇ!……」

「……べ、別に俺は信用してる訳じゃない! 利用しようとしてるだけだ!……」

「……で、でもぅ、何かあったらどうするんスかー?……」

「……じゃあ、お前は、この塀をどうやって乗り越えるつもりなんだよ? 何かいい案でもあるのか? え?……」

「……そ、それはぁ……」

「……ねぇだろう? この塀にロープを引っ掛けるのは、俺達には無理だ。……だったら、一か八かの可能性に賭けるしかねぇだろうがよ!……」


「……怪盗ジェムの予告状のおかげで、街の警備隊は向こうに掛かりっきりだ。そして、この屋敷の警備も見事に手薄!……こんなチャンス、今を逃したら、俺達の人生で二度と巡ってこねぇぞ!……」

「……うっ!……」

「……腹をくくれ! 弟よ! ここが、今この時こそが、俺達の人生のクライマックスだ!……」

「……う、ううっ!……そ、そうッスね! 兄貴の言う通りッス! オイラは、どこまでも兄貴について行くッスよー!……」


 ピピン兄弟は、しばらく揉めたのち、ガシッと肩を抱き合って覚悟を決めた。

 また一層、義兄弟としての絆が深まった気がしたピピン兄弟だった。

 ちなみに、通りかかった仮面の男は、そんな二人の様子を、少し離れた所で腕を組んで静かに見守ってくれていた。


「……え、えーと、それじゃあ、すみません。ロープをここの塀にちょっと掛けてもらえますかね?」


 こうして、結局ピピン兄弟は、自分達の命運を、見ず知らずの通りがかりの男に託す事にしたのだった。



「……いや、クライマックスって……終わってどうすんだよ、お前ら。」

 ボソリと、テーブルに頬杖をついてビールの入ったカップを傾けていたボロツが呟いていた。


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