宝石を盗む者 #2
「俺達が最後に盗みに入ったのは、半年前の事でした。」
「いやいや、アニキ、あれは三ヶ月前の事だったッスよ?」
「そうだったっけ? うーん、良く覚えてねぇなぁ。もっと前じゃなかったかなぁ?」
「そう言われてみれば、そんな気もするッスねー。……じゃあ、間を取って、四ヶ月前って事にするッス!」
「バーカ、間を取ったら五ヶ月前だろうが!」
ピピン兄弟は、サラ達グループの集まっているテーブルの前に二人並んで立って話し始めたものの、さっそく揉め出した。
ボロツが、バン! とテーブルを叩き催促する。
「どうでもいいから、さっさと進めろ!……ってか、間を取ったら、四ヶ月半だ、アホが!」
□
ピピン兄弟は、大体四ヶ月半程前、とある国の都に居た。
貴族や金持ちの邸宅がいくつもある、かなり大きな街だった。
中央大陸の東南部には小国が林立しており、国家間の人流の移動は戦時中でなければ制限されていないため、商売などなんらかの理由で国を点々と渡り歩く者も多かった。
ピピン兄弟の二人もその類で、生まれ故郷を離れ、特に拠点を持たず、浮き草のようにあちこちの国を旅して回っていた。
もっとも、ピピン兄弟が放浪していた理由は、行く先々で盗みを働いて、いよいよ警備隊に捕まりそうになったら、次の街に逃げる、というものだったが。
と言っても、ピピン兄弟の働く盗みは、鍛冶屋や小間物屋といった個人商店のその日の売り上げを盗んだり、食堂で食い逃げをしたりといった小さなものばかりだった。
おかげで、警備隊や軍隊は、彼らの事をさほど真剣には追いかけておらず、それが、彼らがあまりにずさんで場当たり的な盗みを繰り返しながらも長らく捕まらずに済んだ理由だった。
治安の悪い街では、ピピン兄弟のような、軽度の犯罪者は吐いて捨てる程居て、彼らは「コソ泥」「チンピラ」という、裏稼業でも小物の称号で呼ばれていた。
「ところがッスよ! ある日アニキがオイラに言ったッス。『おい、兄弟、ここらで一発でかいシノギをしようぜ!』って。……当然、オイラはビックリして止めたッスよ。だって、街で有名な金持ちのでっかい屋敷に盗みに入るなんて、オイラ達には絶対無理だと思ったッスから。」
「ところがどっこい! 俺にはある秘策があったんだよな!」
「うんうん! あれはスゲー作戦だったッスよ、アニキ! やっぱりアニキはオイラと違って頭がいいや! これから先もずっとアニキについていきゃあ、間違いねぇ!」
「へへ、まあな。俺にドーンと任せとけ!」
棒っきれのようにガリガリに痩せた少し背の高いピピン兄と、小柄でぽちゃぽちゃに太ったピピン弟は、いつものやりとりを繰り広げていた。
(いや、お前ら、そのスゲー作戦とやらに失敗して捕まったんだよな?)と聞いていた誰もが思ったが、一々口を出すのも面倒なので、何も言わなかった。
「その時、その街では、『宝石怪盗ジェム』ってヤツが暴れてたんですよ。毎夜、金持ちや貴族の屋敷に盗みに入って、高価で貴重な宝石をごっそり盗んでたんです。」
「街の人達は『宝石怪盗ジェム』の話で持ちきりだったッスよねー、アニキ。」
「ソイツはスゲェなぁ!『宝石怪盗ジェム』かぁ。俺も噂だけは聞いた事あるぜ。」
「俺も俺も! いろんな街でヤツの噂を聞いたなぁ。」
ピピン兄弟から「宝石怪盗ジェム」なる者の名前が出ると、サラの周りで一緒に耳を傾けていた傭兵達はワッと盛り上がった。
よほど有名な人物らしかったが……
「ねえ、ボロツー、そのなんちゃら怪盗ジャムって何ー?」
「ジェムだぜ、サラ。……そうか、サラはこの辺りには初めて来るんだったな。この辺の国じゃあ結構有名な泥棒なんだぜ。」
ボロツは事情を知らないサラに、優しい口調で丁寧に教えてくれた。
「相当腕の立つ盗っ人で、誰とも組まずにいつも一人で盗みに入ってるらしい。なにしろ姿を見た者がほとんど居ないからな、男だろうって事ぐらいしか分かってないんだ。当然、一度も捕まった事はねぇ。」
「『宝石怪盗ジェム』の特徴は、名前の通り、宝石だけを盗むんだよ。金目のもんなら、燭台でも皿でもなんでもいいってのとは、一味違う。しかも、盗む宝石は、貴族や金持ちの家が、家宝っつーのかな、数あるお宝の中でも一番大事にしてるような、とにかくスゲー高価で貴重なものだけなんだ。」
「当然、そんな大事なお宝だから、どの屋敷でも厳重に守ってるんだが、これがジェムの野郎は、毎回その包囲網を軽く突破してお目当の宝石を盗んでいきやがるんだ。その手際の見事さと、たくさんのお宝の中から貴重な宝石だけ選んで盗んでいく奇特さで、すっかり有名になったんだ。」
「ああ、そうそう、『宝石怪盗ジェム』ってのは、ヤツの特殊な盗みの傾向からついた名前なんだぜ。」
□
サラには良く分からない感情だったが、傭兵達のほとんどが貴族や金持ちを嫌っていた。
「アイツらはろくな人間じゃない。」「どうせ汚い事をしてがっぽり稼いでやがるんだぜ。」「アイツらが甘い汁を吸ってるおかげで、オレ達がこんな苦労をしなきゃならねぇんだ。」
というのが、彼らの主張だった。
まとめると、傭兵達は、貴族や金持ちといった社会的に上流階級に属する人間は……
「もれなく悪い人間で、自分達のような下流の人間を犠牲にして財を成し、好き勝手に裕福な生活をしている。」と考えているらしかった。
サラは、その思考が理解出来なかった。
(……お金持ちにだって、いい人も悪い人も居るよね。貧しい人にだって、いい人も悪い人も居るし。……)
サラの今までの経験上、一口にお金持ちと言っても、こちらを見下して威張り散らすだけの人間も居れば、こちらのみすぼらしい身なりを気にせず親切にしてくれる人間も居た。
(……結局、その人が本当はどんな人間かって事が大事なんだと思うけどなー。……)
心根の良し悪しに貧富の差は関係ない、というのがサラの考えだった。
ただ、貧しい境遇にある人間の方が、生きのびるために犯罪に手を染めて世間の闇へと落ちやすいのは確かだろう。
大変な状況にあればある程「いい人」で居続けるのは難しい。
(……それにしても、悪事を働き続けてる自分達の事は棚に上げて、「金持ちが悪い!」って言うのは、どうかと思うけどなー。……)
しかし、それも彼らの中では「世の中が悪い!」「世の中を動かしている上のヤツらが悪い!」「要するに、貴族や金持ちが悪い!」という事になってしまうようだった。
犯罪を犯しながら地を這いずるようにして生きている自分達と比べて、何不自由なく贅沢で優雅な暮らしを楽しんでいる上流階級の人間への……
単なる僻み、嫉妬、八つ当たり……そんなものも、多分に混じっている気がサラはしていた。
と言っても、正義感が強く、剣の腕も強く、苦境にあっても歪まずに生きていける精神的強さもあるサラと……
ある意味社会的弱者であり、暴力と破壊に生きながらも、底辺で流され虐げられ続けてきた傭兵達とでは、価値観が大きくかけ離れてしまっているのも仕方がなかった。
きっと話してもムダだろうと思って、サラはあまりうるさく口を出さなかった。
彼らが「これだけは絶対ダメ!」という事をしようとした時だけ、ちゃんと引き止めよう、そう思っていた。
ともかく、傭兵達にとっては、金持ちや貴族といった上流階級の人間は永遠の敵らしかった。
そんな人種を狙って、正確には彼らが保有している高価で貴重な宝石だけを狙って、颯爽と盗んでいくという宝石怪盗ジェム。
サラにとっては、こだわりがあろうがなかろうが、いかに盗みの手腕が見事だろうが、ただの「泥棒」で「犯罪者」でしかなかったが……
傭兵達のようなゴロツキ連中は、ある種の憧れを抱いて、まるでヒーローのように語っていた。
「……ダッサ……」
ポツリと、誰かが呟いた声をサラは聞いた。
振り返ると、少し離れた所にティオが立っていた。
手には例の鉄鍋をぶら下げており、食堂でたむろしている傭兵達にお茶を配っている途中でサラ達の話が聞こえたのか、ふと足を止めたらしかった。
「……なんだよ、『宝石怪盗ジェム』って。意味被ってんじゃん。ホント、いつ聞いてもダセェ名前だよなぁ。……」
冷めた表情でそうつぶやくと、すぐにフイッとそっぽを向いて再び歩き出していた。
(……ティオは、特に「宝石怪盗ジェム」に興味ないんだ。フーン。……)
サラは、そんなティオの様子を見て、なぜかニコニコと笑顔になっていた。
□
「その時俺達が居た街では、三日とおかず、宝石怪盗ジェムが、街の有名な屋敷に盗みに入ってたんですよ。」
「もう、そりゃあ凄い勢いだったッス。貴族や金持ちの大きな屋敷を片っぱしから狙っていったッス。」
「街中どこへ行っても毎日、宝石怪盗ジェムの話ばかり聞いてましたよ。」
「そうそう。ヤツが次々盗みに入るわ、全然捕まらないわで、まだ盗みに入られてない金持ち連中はスゲービクビクしてたッスよ。」
「そんな時でした。なんと、宝石怪盗ジェムが、ある金持ちの屋敷に『予告状』を出したんです!」
「『明日の夜、あなたの屋敷にある宝石を盗みに参ります。』ってな感じッスよ!」
「おおっ!」と、ピピン兄弟の話を聞いていた傭兵達がざわめいた。
宝石怪盗ジェムは、それまで「予告状」の類は一切出した事がなかったらしい。
誰にも姿を見られないように、なんびとにも気づかれないように、そっと盗みに入るのが、いつものヤツの手口だった。
あまりにも見事に忍び込んで痕跡もほとんど残さず目的の宝石だけ盗み去るので、何日も経ってから盗まれていた事実が発覚する事もままあった。
厳重に鍵の掛かった宝物庫を手入れのため久しぶりに開けた所、家宝の宝石が忽然と消えていた、といった具合だ。
しかし、こうも同じ街で大きな屋敷が狙われ続ければ、さすがに金持ち達も危機感を覚える。
「次は自分の屋敷が狙われるのでは?」と戦々恐々として、屋敷の警備を厳重にし始めた。
それでも、宝石怪盗ジェムは、必死に追いかける街の警備隊に、その尻尾の毛一本さえ掴ませる事なく、次々と宝石を盗み続けた。
街は、連日様々な噂が飛び交い、かつてない緊張感に包まれていた。
そんな騒然とした状況の中、渦中の宝石怪盗ジェム本人からある屋敷に、なんと盗みの予告状が届いたのだった。
「ジェムってヤツもバカだなぁ。予告状なんて出さなきゃいいのによう。いつどこに盗みに入る、なんて教えちまったら、警備が厳しくなるだけじゃねぇか。」
「いやいや、それが面白んだろうが。かの有名な『宝石怪盗ジェム』から、金持ちは大事な宝石を守り抜けるのか? はたまた、ジェムが、厳重な警備をかい潜って見事宝石盗み出すのか?……こりゃあ、盛り上がるぜ!」
実際、傭兵達が推察したように、街はたちまちジェムの予告状の話題で持ちきりとなった。
そうして、盗みの予告状が届けられた金持ちは、大慌てでいつもの三倍以上の警備を自分の屋敷に敷いた。
街の警備隊も、散々潰されてきた面子を挽回しようと、その屋敷の周りにたくさんの兵を配置する事になった。
「そこで、俺は考えたんですよ!」
ピピン兄は、ビッと親指で自分を差しながら、胸を張って誇らしげに言った。
「宝石怪盗ジェムがとある屋敷に入る夜なら、他の屋敷の警備に当たる人数は、いつもよりずっと少なくなるんじゃないかって!」
「その警備の手薄になった屋敷に、俺達が盗みに入るって寸法ですよ!」
腕組みをして二人の話を聞いていたボロツが、薄い眉を眉間に寄せ、呻くように言った。
「つまり、宝石怪盗ジェムで手いっぱいになってる街の警備隊の隙を突くって訳だな? 大怪盗の大捕物のおこぼれにあずかろうってか?」
「そうです!」
ピピン兄が、身を乗り出して答えた。
「名づけて『棚からぼたもち大作戦』です!」
「さっすがアニキ! 頭いいッスー! 最強の名案ッスよー!」
「……お前ら、本当にちっちぇ野郎どもだなぁ。」
ボロツの呆れたような諦めたようなため息混じりの言葉に、サラもウンウンと思い切りうなずきたい気持ちでいっぱいだった。




