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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第三章 宝石を盗む者
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宝石を盗む者 #1


「俺、ピピンって言います!」

「オイラもピピンって言うッス!」


 サラは、コテンと首を傾げた。

 すぐに、隣に座っていたボロツが解説してきた。


「アイツら名前が一緒なんだよ。」

「へえ。」

「それで、分かりにくいから……ガリガリの方を『ピピン兄』、太っちょの方を『ピピン弟』ってみんな呼んでるんだ。」

「兄弟なの?」

「いや、全くの赤の他人。……何年か前に酒場で出会って意気投合して、それから二人で組んで、あちこち盗みに入ってたらしいぜ。チンケなコソ泥コンビさ。」

「あ、ああ、そう。」


 サラは、二人が泥棒を生業としていたと聞いてちょっと頰を引きつらせたが……

 ボロツは気づかなかった様子で、サラの顔を嬉しそうにニコニコ笑って見つめながら続けた。


「これが、ホント、ダメなヤツらでさ。まあ、いつも行き当たりばったりのシケた盗みばっかりしてたんだが、ある時、金持ちの屋敷に盗みに入って、ついにお縄になっちまったんだよ! ハハハハハ!……いやぁ、その時の話がスゲェ面白いんだ。ぜひサラ団長にも聞かせてやりたいって思ってさ。」

「へ、へー。」

「おい! つー訳だから、ピピン兄弟! サラ団長の前で、あの話をしろ!」


 ボロツのドスの聞いた命令に、ピピン兄弟はビクッとしつつも、背筋を正して勢いよく返事を返してきた。


「へい! 任せて下さい! ボロツの旦那!」

「ういッス! 了解ッス! ボロツの旦那!」

 


 サラは傭兵団のみんなと共に、食堂に居た。

 一日の訓練を終え、夕食を食べた後から就寝までの時間が、傭兵達にとって一番自由のきく時間だった。



 傭兵団が使う食堂は、訓練場や宿舎と同じく、正規兵や近衛騎士団の使用するものとは別だった。

 兵士達の活動拠点である兵舎は、王城の東側の大きな正門を入って、広々とした前庭に出た所をすぐに右に折れた、北東の一角に集中していた。

 中でも、傭兵団の訓練場や宿舎は、城壁に近い一番端に位置している。

 宿舎や食堂の造りは簡素で、かなり老朽化が進んでいたが、内戦による財政難の中では改築される筈もない。


 傭兵になれば、食堂で毎食食事が供され、宿舎で眠る場所が与えられるようになる。

 と言っても、噂では、傭兵団に振舞われる食事は兵士の食事の中で最も安価で質の悪いものものだという話だった。

 傭兵である限り、少なくとも食べ物と寝場所には困らないが、決して待遇が良いとは言えず、保証されているのは最低水準の生活のみだった。

 そこで、傭兵の中には、自分で金銭を支払って、良い食べ物や飲み物、特に酒を求める者が多かった。


 傭兵達の給料は、まず、支度金として最初にいくらか渡され、後は各週の頭に一律の給付があった。

 当然、なんらかの理由で傭兵を辞めれば、その後の金は貰えない。

 契約では、内戦に勝利して終わった時には、特別報酬が貰えるという話だった。

 傭兵の中には、特別報酬をあてにして「ガッポリ稼ぐぜ!」と語っている者も多かったが、今のナザール王国の財政状況を見るに、果たして戦が終わった時「ガッポリ」貰えるかどうかは定かではない。

 いや、その前に、まずは反乱軍を制圧して、戦を終わらせる必要があるのだったが。



 一日の終わりが近づき、心地良い疲労感と満腹感の中で、傭兵達はしばし自由な時間を楽しんでいた。

 他に大人数が集まる場所がないため、大抵夕食後の食堂にそのまま居残る事になる。

 テーブルを寄せて台を作り、ボールを棒で突くゲームに熱中するグループがあった。

 木で出来たサイコロや札を持ち寄って、毎夜賭け事に夢中になるグループもある。

 一番多いのは、自腹で酒や料理を買って飲食を楽しみながら、他愛ない話に興じる者達だった。


 城の外に行く事も可能ではあったが、傭兵団の監督をしている王国正規兵のハンスの許可が必要だった。

 また、王城は都中央の小高い丘の上にあり、傭兵達の所持金で遊べるようなの下町の繁華街まで行くとなると、往復するだけでかなりの労力と時間がかかる。

 下手をすると、行って帰ってくるだけで、消灯時間になってしまいかねなかった。

 規定時間外の外出は罰金を取られる事になっているため、余程重要な用事がない限り、面倒な手続きも必要となる城外への外出は、皆避けていた。


 明日も訓練があるので、ムダに体力を消耗する訳にもいかない。

 一日の疲れを忘れるために、夕食後にそのまま食堂で酒を飲み、しばし歓談やゲームを楽しむぐらいがちょうどいいといった所だった。



 その日も、いつものように、一日の訓練を終えて夕食を済ませると、早々に宿舎の自分の部屋に寝に行った者を除いて、ほとんどの人間が食堂に居残っていた。


 サラも、傭兵団に入ってから、自然とこの輪に加わる事になった。

 ボロツがほぼサラのそばにベッタリとついていて、新たに入ったばかりの彼女が早く傭兵団に馴染めるようにと、いろいろと話をしてくれる。

 実は、ボロツはかなり世話焼きで面倒見がいい男なのだと、サラは知った。

 更に、大体いつもボロツの周りには、傭兵団でも剣の腕の立つ、皆が一目置いているような人間が集まっていた。

 ボロツの側近、親衛隊、といった所か。

 彼らの自己紹介や身の上話は真っ先に聞かされたが、それが終わると、他の団員もボロツが順次呼んでサラに挨拶をさせていっていた。


 そうして、その日呼び出されたのが、ピピン兄弟だった。



「はいはーい。お茶飲みたい方、居ますかー?」


 大きな鉄鍋を手に提げて、ティオがひょっこりと現れた。

 サラは、食堂の一角でボロツとその取り巻き達に囲まれ、まるで女王か何かのように手厚く扱われており、他の傭兵達は、ボロツ達に気後れしてあまり自分から近寄ってくる事はなかったが、ティオは違った。

 近寄りがたい雰囲気に全く気づいていないかのように、いつものようなヘラヘラした緊張感のない笑顔でやって来る。


「あ! 私飲みたい!」

「おう、サラが飲むなら俺もだ。」

 ボロツが続くと、周りの取り巻き達も「俺も!」「俺にもくれ!」と口々に言った。


「はいはい。ちょっと待って下さいねー。」


 ティオは愛想良く応えると、次々差し出される木のカップに、鍋の中に入っていたお茶をお玉で掬って、スイスイと注いでいく。

 手際良く全員分のカップに注ぎ終えると、「それじゃあ、またー。」と、再び鍋を手に去っていった。

 どうやら、他の集団の所も回って、希望者に配っているようだった。



「このお茶美味しいね。この街に来るまで、こういうの飲んだ事なかったなー。」

 サラは両手でカップを持って口に運びながら言った。


 サラが小柄なせいで、白く華奢な手で持つ大きめのカップがより大きく見える。

 そんな、美味しそうにお茶を飲んでいるサラの姿を、ボロツは自分のお茶の事も忘れ、目尻を垂らしてジーッと見つめていた。


「サラは可愛いなぁ! どうしてこんなに可愛いんだろうなぁ!」

 ボロツがつくづくとため息をつきながら言うと、取り巻き達もこぞって、ウンウンと頷く。


 ボロツに気を使っているという面もあったが、傭兵団の中にはいつの間にか自然と「サラ団長を愛でる会」的な雰囲気がすっかり出来上がっていた。

 まあ実際、見た目だけは類稀なる美少女であるサラが、人相の悪いいかつい男達に紅一点混じっているその光景は、まさに「掃き溜めに鶴」といった様相を呈していたが。

 そして、もちろん、その「愛でる会」の会長がボロツである事は言うまでもなかった。


「そういや、俺も、こういうお茶は飲んだ事がなかったなぁ。まあ、酔い覚ましにはちょうどいいぜ。」

 ボロツもなんのかんのと言いながら、ティオが入れてくるお茶は気に入っているようだった。


「この都は近くに畑がいっぱいあるから、新鮮な農作物が食べられるって話ですぜ。この街の人間は良く飲んでいるらしいッスよ。」

 ティオに話を聞いた者の説明によると、ティオが入れているお茶の材料は、食堂で兵士達の料理を調理をする人間に頼んで、他の食材と一緒に毎朝市場で買ってもらっているらしい。

 普通は保存のために乾燥させた葉を使う事が多いが、田園地帯の中央に位置する王都では、その朝摘まれたばかりの野菜や花も豊富に市場に並ぶとの噂だ。

 何種類かの香草を配合して大きな鍋で煮出して作られているそれは、香りが良く、スーッとした清涼感があった。


(……ティオと初めて会った時に行った街の食堂のお茶に似てる。でも、こっちの方が美味しい気がするなぁ。……)


 サラは、お茶で喉を潤しながら、フッとそんな事を思った。

 ティオが入れるお茶は、香草の種類の違いか、配分の違いかは分からないが、街の食堂で飲んだものよりも美味に感じられた。

 一日の疲れがスウッと体から抜けて、心が落ち着くような気がした。



「……あのぅ、それで、俺達はいつ話し出したらいいんでしょうか?」

「オイラ達の話は、どうするッスか?」


 皆ティオが入れたお茶を飲んでほっこりしていて、すっかり忘れ去られていたピピン兄弟が、恐る恐る声を掛けてきた。

 ハッと我に返ったボロツが顔をあげて、八つ当たり気味に怒鳴った。


「早く話せ! オラ、とっとと始めろ! サラ団長が待ちくたびれてるぜ!」



(……泥棒かぁ。……)


 サラは密かに金色の眉を歪めていた。


(……まあ、もう、そういう話にもだいぶ慣れたけどねー。……)


 傭兵団の団長となり、彼らの一員となってから、サラは今まで交流のなかった人種である、いわゆる「ゴロツキ」連中と必然的に話す機会が多くなった。

 まず、先陣を切って副団長のボロツがサラに今までの自分の話をしてきた。

 その後、ボロツが他の団員達に呼びかけて順次自己紹介をさせたおかげで、サラは知りたくなかった仲間達の来歴まで知る事になってしまった。


 盗む、強請る、強盗は当たり前、「ついカッとなっちまって!」そう言って、傷害、あるいは殺人事件を起こした者も何人か居た。

 盗賊団の一員として、街道を通る旅人の身ぐるみを剥いでいた者、治安の悪い繁華街で用心棒として、支払いの良くない客を殴っていた者、スリを繰り返して日銭を稼いでいた者、などなど。

 さすがに、「女をかどわかして……」といった内容の犯罪歴は、サラに刺激が強いとボロツが判断して口止めしていたらしく、話す者は居なかったが。


 まさに、傭兵団は、この世界の無法者の寄せ集め、悪者の見本市、といった様相を呈していた。

 中には、職業軍人として、あちこちの戦に傭兵として参加している者も居たが、彼らは彼らで、人を殺す事にためらいがまるでなく、どこか倫理観が飛んでいる事が多かった。

 さすがに、根っからの異常者や殺人鬼といった凶悪犯罪者は居なかったので、サラは内心胸をなで下ろしていた。


 彼らと接して分かったのは、実際話してみると、想像していたよりずっと気さくな連中だという事だった。

 「サラ団長!」「団長! 今日も可愛いッスね!」と慕って寄ってきてくれる様子だけ見ていれば、普通の人間と一見変わらない。

 ただ、一般人と違うのは、どこかに「社会から外れた」要素を必ず持っている事だった。

 切れたら手がつけられない者、酒を飲むと豹変して暴れだす者、老人や女子供など弱者に対する思いやりがまるでなく、平気で騙したり盗んだり傷つけたりする者も居る。

 そんな彼らの無法ぶりを目の当たりにして、人一倍正義感の強いサラが顔を曇らせるのも当然だった。


 しかし、そんな彼らにも、少なからず同情する要素はあった。

 ほぼ全員が、幼少期から不遇な環境にあった事だ。

 優しい両親の元で豊かな生活を送り育った者で、大人になって犯罪者になったパターンは少なかった。

 青年時代、あるいは幼少期から、日々の食べ物にも困っていた、身寄りがなかった、という者が大半だった。

 自分を守ってくれる者がおらず、一人でなんとかして食べ物を手に入れて生きていかねばならないという厳しい環境下において、犯罪に手を染め、悪事を働く者達とつるみ……

 そうして、気がつくと社会の闇で生きるようになっていた、という流れはむしろ必然的にも思えた。


 だからと言って、サラは、彼らが犯罪を犯す事を良しとしている訳ではなかった。

 『どんな理由があったとしても、人を傷つけたり、騙したり、盗んだり、まして殺したりするのは、絶対にダメ!』

 というのが、サラの心に流れる強い信念だったからだ。


 けれど、そんなどこか倫理観の欠けた無法者の寄せ集め集団である傭兵団も、今はサラの大切な仲間だった。

 仲間としての彼らへの情を、サラは確かに感じていた。


(……まあ、ここで傭兵をやっている内は、下手な事はしないわよねー、うん。……そうよ、私の目の届く範囲では、絶対に悪さはさせないんだからー!……)


 サラは、一人腕組みをしてウンウンとうなずいた。

 この辺りが、現状のサラの落とし所だった。

 もちろん、出来たらこれを機に更生して、戦争が終わったら真っ当な人生を歩んで欲しいとサラは願っていた。


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