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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第二章 内戦と傭兵 <中編>入団試験
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内戦と傭兵 #8


 王城の中には、正門からではなく、そのわきの小さな通用口から入っていった。

 サラとティオを案内してくれている兵士によると、あの巨大な観音開きの鋼の扉を開けるには、何人もの人手が必要なので、大規模な出撃や、行事で国民に国王が顔を見せるといった場合にのみ限られるとの事だった。


 通用口から城壁の中に入ると、整然と石畳の敷かれた広々とした前庭が視界に広がった。

 前庭の端は宮殿に接しており、そのせり出した二階のバルコニーから、年に何回かの行事において、国王が王族を伴い、眼下に詰めかけた民衆にその姿を見せるらしい。

 前庭では、定期的に近衛騎士団が訓練を行うとの事だ。

 この場所を訓練で使用出来るのは、高官や有力貴族の息子達によって構成されたエリートである近衛騎士団だけに許された特権らしい。

 しかし、今は前庭に人気はなく、ガランとしていた。宮殿のバルコニーにも、窓にも、人影は見られなかった。


「ちゃんと俺の後についてこいよ。傭兵は、城の奥には入ってはならない事になっているからな。もし間違って変な所に侵入すれば、すぐさま警備兵に捕まるぞ。」


 サラとティオの二人は、前を行く兵士の言葉に真剣な顔で頷いた。

 特に酷い方向音痴のサラは、このだだっ広い迷路のような王城の中で絶対迷子にならないようにと、必死に通ってきた風景を目に焼きつけていた。


「本来は、下級兵士のための兵舎や訓練場なんだが、今は兵士の数が少ないからな。その一部施設を傭兵にあてがっているんだ。」


 長引く内戦と、一ヶ月程前たくさんの兵士が流行り病によって倒れた事で、戦えなくなる者、やめる者が続出した。

 そこで、募集で集まってきた傭兵には、人が減って余っている兵舎を使わせる方針になったようだった。

 兵舎と一口に言っても、もちろん、若きエリートばかりの近衛騎士団が使うものと、庶民が多い兵団が使うものは明確に分けられており、見るからにその建物や施設の作りに差があった。

 傭兵団は中でも、一番下級の兵士が使う建物と訓練場を割り当てられていた。


「お前達傭兵は、一般の兵士の使う兵舎には近寄るなよ。この中では金で雇われた一番の下っ端だって事を忘れるな。まあ、傭兵になれたらの話だがな。」


 王国正規兵らしき兵士の言葉の端々には、一般の兵士と傭兵との間にあからさまな線引きがあるのが感じられた。

 自分達が本来の王国兵であって、今は同じ場内に居て共に内戦で戦っているとは言っても、所詮傭兵は下賤なならず者の一時的な寄せ集め集団という認識なのだろう。

 王城の中の兵士達の宿舎が集まっている区域を抜けていくと、やがて、一番端、城壁に突き当たる辺りに、古くて粗末な作りの訓練場とそれに隣接した兵舎が現れた。


「今どれぐらいの人数が傭兵として集まっているんですか?」

「それが、予定より集まりが悪いんだ。入ったと思ったらすぐにやめる者も出る始末で。……確か、三百五十人はいってないんじゃなかったかな? 一ヶ月経って、ようやくなんとか戦場に出せるぐらいの人数になったかどうかといった所だな。……じゃあ、俺は管理者の上級兵を呼んでくるから、お前達はここで待っていろ。この場所を絶対に動くなよ。」


 そう言い残して、案内をしてきた門番は、兵舎の方へと足早に去っていった。



 訓練場の端に置いていかれたサラとティオは、しばらく建物の影に並んで佇んでいた。


「……うーん。王城の兵士が流行り病でバタバタ倒れた時に、ザッと千人弱減った筈だから、それを補うための傭兵がまだ三百五十人程度しか集まってないとなると、かなり厳しいなぁ。」

「……」

「ん? ど、どうした、サラ?」


 サラが、眉間にシワを寄せ歯ぎしりをするという、絶世の美少女にあるまじき険悪な表情をしているのを見て、ティオがビクッと思わず肩をすくませる。


「さっきの人、なんか感じ悪くないー? 偉そうっていうかー、こっちをバカにしてる感じでー。そのくせ、お金を貰ったら、コロッと態度を変えたりしてさー。自分だって、鎧だけ立派で、たいして強そうじゃないくせにー!……後! 私の事を『小娘』って言ったのは、絶対忘れないからねー!」

「まあまあ、サラ。金で解決出来るものは金で解決するに限るってー。ある意味平和的じゃんかー。」

「ボンボンかなんか知らないけど、ティオ、アンタのそういうとこ、私、大っ嫌い!……あ! そうだ! そう言えば、ティオが街でならず者に襲われてた時……」

「うん?」


 サラは、身振り手振りを混じえ、都に入って少し行った所で人が襲われているのを見て、城門の警備をしていた兵士を呼びに行った話をティオにした。

 しかし、兵士は、はっきりと都の中で一般人がならず者達にの襲われているのに気づいていながら、見て見ぬ振りを決め込んだのだ。

 そこで、仕方なくサラが割って入る事になったのだったが……


「ああ、別に普通だろ。今のこの王都の状況じゃな。」

「はあ?」


 しかし、そんな、兵士に見捨てられたティオ本人は、ケロッと答えた。


「だから、言ったろ? 一ヶ月前の流行り病の流行で、兵士がバタバタ倒れて、今全然人手が足りてないんだよ。戦を続けるために、素性の怪しいゴロツキを傭兵として雇う程に逼迫してるんだって。」


「平時だったら、たぶん、王都への人や物の流入はもっと厳しく調べられてるんだろう。街中も、屈強な警備兵が定期的に見回りをしてるのが普通だ。さっきの王城の門番だって、立派な鎧を着込んではいたけど若くて頼りなさそうだったよな。……おそらく、人手が足りなくて、まだ兵士見習いであるべき若者を、仕方なく重要な任務に就かせてるんだよ。」


「でも、実戦経験なんてなきに等しいヤツばっかだから、いかついゴロツキの相手なんて、とても怖くて出来ない。下手の手を出せば、返り討ちにあってボコボコにされた上に、王国正規兵の威信も失墜させる事になる。」

「だから、誰かが襲われてても放っといたって言うのー? でも……」

「給料だってたぶん相当低いんだろう。今のナザール王国は財政難でもあるからなぁ。……そんな安い賃金で、自分の身を危険にさらしてまで赤の他人を助けたいなんて、思わなくて当然だ。……誰もがサラちゃんみたいに超強い訳じゃないんだから、あんまり責めてやるなよな。」

「……う、ぐ!……」

「まあ、都の警備をする兵士がそんな状態だから、あんな風にゴロツキ連中が大路で大手を振って歩いてるんだよ。その治安の悪さに、庶民はずっと怯えながら生活してる。流行り病で人口が減ったってのもあるが、真昼間だってのにやけに人が少なかっただろ? みんな用事がない時は、閉じこもってなるべく出歩かないようにしてるんだよ。」

「……そう、なんだ。」


 サラの脳裏に、ここに来るまでに見てきた王都の様子が思い浮かぶ。

 確かに、ティオの言うように、王都の入り口の警備をしていた兵士達は、皆せいぜい二十歳といった所で、体も細かった。

 王都に入る人々や荷物の検査も、酷く簡易なものだった。

 王都に入ると、大路には人気がほとんどなく、皆何かに怯えるように顔を伏せて足早に歩いていた。

 街は、どこかくすんだような雰囲気で、ゴミがあちこちに散乱し、それをネズミの群れが齧っていた。

 そう言えば、街中で警備兵らしき者の姿を一度も見なかった事を思い出す。

 先程の門番も、ひょろりとした若者で、とても王城の正門を守る王国正規兵とは思えない頼りなさだった。


(……本当に、この街は今、凄い大変な状況なんだ。それもこれも、全部、長く続いている内戦のせいなのかぁ。……)


(……やっぱり、この戦争は、早く終わりにしなくちゃいけないよね!……)


 改めて強く決意し、サラはギュッと拳を握りしめた。



「ねえ、他の傭兵って、どこに居るんだろうね?」


 サラは、ふと気づいて、隣に立っているティオを見上げた。

 二人は訓練場の周りを囲うよう敷かれた屋根つきの通路の上に立っていたが、目の前の広場には人っ子一人居なかった。


「宿舎の方じゃないのか? 昼飯時だし。」

「えー? 遅くないー? まだ食べてるのー?」


 ティオが、野太い男達の粗野な笑い声が響いてくる建物の方を見やり、サラもそちらに視線を動かして、ムウっと頰を膨らませる。


(……なんだか、嫌な予感がするなぁ。傭兵って言っても、ほぼならず者の集まりだって話だけどー、ちゃんと戦のための練習とかしてるのかなー?……)



 と、そこへ、宿舎の壁に沿った通路を歩いて、先程の門番が、二人の兵士を連れて戻ってきた。

 サラとティオは、慌ててシャキッと背筋を正す。


(……あ! あの人は結構強そうだ! やっとまともな兵士らしい人に会えたー!……)


 門番が連れてきたのは、四十前後の熟年の男と、二十代前半の男の二人だった。

 若い方は、王都の城門や王城の正門の門番に比べれば多少ましといった感じだったが、もう一人の熟年の兵士は、背はさほど高くないものの、がっしりとした鍛えられた体つきをしていた。

 二人とも鎧は着ておらず、軽装に腰に剣を履いているのみだったが、おかげで、しっかりとした体幹や、腕や足の筋肉のたくましさが見てとれた。


「ム。この二人かな?」

「はい、そうです! ぜひ傭兵になりという事で、ここまで連れてまいりました!」

「ウム……」


 熟年の兵士は、サラとティオの二人を見ると、やはりと言うべきか、酷く渋い表情になった。

 どうやら、感情がそのまま顔に出る実直な性格らしい。


「……熱意ある傭兵志願者が来たと聞いて期待していたのだが。見るに、二人とも未成年のようだな。しかも一人は少女とは。」


 上官らしい熟年の兵士は、サラとティオに向き直ると、腰に手を当てて話し出した。

 その態度は決して横柄でなく、若く頼りなげに見える二人の事を案じている様子だった。


「君達、本気で傭兵になるつもりなのか?」


「傭兵になるという事は、近々戦に出て戦うという事だぞ? 戦場では、君達の身を守ってくれる者は居ない。自分の身は自分で守らなければならない。そして、襲ってくる敵に打ち勝たなければならない。」


「君達に、その力はあるのか?」


「はーい、あるよー! 私ねー、私ねー、こう見えて、超強いんだよー! だから、傭兵団に入れてよー!」

 腕を高くあげてブンブン振りながら、サラが無邪気に騒ぐさまを、上官の兵士は、ますます眉間に深いシワを刻んで見ていた。


 慌ててティオが横からサッと顔を出し、フォローする。

「あの、俺達、本当に精一杯頑張りますので、どうかよろしくお願いします!」


「あの、もし、俺達の実力が不安だと言うなら、試してもらっても構いません! サラ、こちらの女の子が、みなさんに自分の剣の腕を知ってもらいたいそうなので、是非!」

「あ、それいい! 試して試してー!」


「私の方からもお願いします!……まあ、軽く揉んでやって下さいよ。そうすれば、この二人も納得すると思いますよ。」

 サラとティオをここまで案内してきた門番が、口添えをしてくれた。

 二人が本気で傭兵になれるとは思ってはいないが、賄賂を貰っているので、ここまで来て門前払いにされては困ると考えたのだろう。

 サラは期待で目をキラキラと輝かせ、その隣でティオもそれなりにやる気のある顔をして、ジッと上官の兵士を見つめた。


「フム……分かった。そこまで言うなら、この二人に入隊試験を行うとしよう。」


 熟年の兵士は、しばし難しい表情で悩んでいる様子だったが、フウッと息を吐き出すと、真剣な顔つきでそう言った。



「……じゃ! 俺は仕事に戻るからな! お前達、後は頑張れよ!……」


 サラとティオの背中をポンポンと叩いて、案内してきた門番は足早に立ち去っていった。

 二人が傭兵団入隊試験に落ちた時に、渡した金を返してくれと言われかねないと思ったのかもしれない。

 勤務時間中なので一応背筋を伸ばして歩いていたが、その去っていく背中からは、微かに上機嫌な鼻歌が聞こえていた。


「さて、傭兵に必要とされるものは即戦力だ。傭兵団には、ある程度の人数が集まり次第、すぐに戦に出て戦ってもらわなければならない。」


 上官の兵士は、改めてサラとティオの方に真っ直ぐに向き直り、軍人らしくビッと姿勢を正して言った。


「そこで、二人にそれだけの実力があるのか、今から試させてもらう。その結果、私がダメだと判断したら、傭兵になるのは諦めて帰ってもらう事になるぞ。いいか?」

「いいよ!……やった! やっと剣の腕を見てもらえるよー!」

「よかったな、サラ! 俺の分まで頑張ってくれよな!」


 傭兵団への入隊試験を受けられる事になって、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねるサラと、まるで人ごとのように眺めているティオだったが……


「二人居るから、私ともう一人、部下が相手をしよう。どちらが私と戦うかね?」

「あ! はいはいはーい! 私、おじさんと戦いたいー! だって、おじさんの方が強そうだもんー!」

「……サラ、おじさんじゃなくって、兵士さんだろ?……」

「あ、そうだった、兵士さん!」


 サラはティオにコソッと小声で注意されて、ペロリと舌を出した。

 そんな、見た目もさる事ながら、性格的にも幼い子供そのもののサラの様子に、熟年の兵士は心配そうに目をしかめたものの、やがてコクリとうなずいた。


「まあ、いいだろう。部下の実力では、上手く手加減が出来ないかもしれないからな。お嬢ちゃんの相手は、この私がする事にしよう。……では、もう一人の君は、部下に相手をしてもらうように。」

「サラ、良かったな!……え!? い、今、なんて?」

「じゃあ、二人とも、訓練場に移動だ。荷物は適当な場所に置いて、あの用具置き場にある樽の中から、訓練用の木の剣を持ってくるように。」

「あ、あの、あのぅ、ちょ、ちょっと待って下さい!……傭兵団への入団試験って……ま、まさか、俺もやるんですか?」

「当然だ。君も傭兵に志願しに来たのだろう?」

「ぎょえっ!!……あ、いやいや、確かにそうなんですけどぉー……」


 ティオは、サラはともかく、自分まで試験を受ける事になるとは、なぜか思っていなかったらしく、目を白黒させながら上ずった声で尋ねた。


「……ち、ちなみにー……その試験の内容というのは、やっぱりー……」

「木の剣を使っての一対一での実戦形式だ。即戦力たりうる実力があるかどうか測るには、これが一番だろう。」

「い、いやあぁぁぁーー!!」


 ティオの情けない悲鳴が、空の訓練場に響き渡った。


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