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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第二章 内戦と傭兵 <中編>入団試験
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内戦と傭兵 #9


「……あ、あの、ほ、本当に、俺は、その……要らないです! 木のけ、けけけ、剣を使っての実技試験とか、やらなくてもいいですぅ!」


 サラはさっそく指示通り、背負っていたたった一つの荷物である袋を下ろして、通路の柱の元に置いたが……

 そのすぐ隣の柱では、ガッシリとしがみついたティオが、もう一人の若い兵士にマントを引っ張られていた。


「お、俺は、ほ、ほら、アレなので! サラちゃんの、そこの女の子の親友なのでぇ! 仲間で、相棒で、前世からの戦友なんですぅ! サラとおんなじぐらい強いんですぅ! だ、だから、サラだけ試験をして、強さが分かればいいと思うんですよぅ! サラが合格したら、俺も合格って事にして下さいよぅ!」

「傭兵になるには、試験を受けて合格するのが決まりだ。ゴチャゴチャ言ってないで、早く来い!」

「うわあぁぁー! 嫌だぁー! た、助けて、サラちゃーん!!」


 あまりのうるささに、サラは一度チラッと振り返ってティオを見た。

 それはもう、道端に落ちている馬糞にとまるハエを見るような、冷たい眼差しだった。


(……ティオ、アイツ、私だけ試験を受けさせて、後は口先で上手く丸め込もうと思ってたんだな。ホント、ロクでもないヤツ!……)


 そんなサラに、隣に居た熟年の兵士が尋ねてきた。


「あんな事を言っているが、彼は強いのかね? とてもそうは見えないな。」

「ううん、ゼーンゼン! たぶん、超弱いよー。私もさっき会ったばっかりだから、良く知らないんだけどねー。」

「何? 友人ではないのか?……ずいぶん息が合っている様子だったから、もうずっと長く一緒に居る、同郷の友人なのかと思っていた。」

「ち、が、う、よ! アイツは、赤の他人なのー!」


 勘違いされた上に「息が合っている」と評されて、思わずギリリッと、自分よりずっと歳のいったがたいのいい熟年兵士を睨みつけるサラだった。

 と、そこに、追い打ちをかけるように、ティオの悲痛な声が響いてきた。


「サラちゃーん! 助けて、サラちゃーん! 約束したじゃんかよー! 一緒に傭兵になるってー!……俺、凄ーくサラちゃんの役に立ったよねー? だから、サラちゃんも、俺が困ってたら助けてくれるよねー?」

「……」

「ああー!! 嘘つきだー! サラちゃんの嘘つきー! 人でなしー! バカー!」


 サラは、まるでティオの姿が見えていないかのように、クルッと背を向けて歩き出していた。

 ティオはまだまだわめいていたが、後はもう、一切知らぬ存ぜぬで、涼しい顔で貫き通すサラだった。


「いいのか? 放っておいて?」

「うん! いいのいいのー!」


 熟年の兵士にそう答えるサラの笑顔に、一点の曇りもなかった。



 訓練場の隅には、小屋が設置されていた。

 訓練に使う用具を保管しておく場所のようだった。

 と言っても、中には、空の樽に使い古された木の剣が入れられている他には、ボロボロの馬の鞍や錆びた鎧などが乱雑に積み重なって置かれているだけだった。

 埃の被り方からして、使われているのは、樽の中の木の剣のみだろう。

 後は、古い上に保存状態があまりにも悪く、とても使えそうにない代物ばかりだった。


(……汚ったないなぁ、もう! もっと大事に使えないのかなぁ。掃除も全然してないみたいだしー。……)


 現在も使われている木の剣さえも、空の樽にきちんと納められずに、床に重なり合って落ちているものが多数あった。

 そんな光景にサラは思わず顔をしかめたが、傭兵団に入るとなると、ここのルールに従わなければならないだろう事は理解していた。


「その中から好きなものを選ぶがいい。」


 そう言うと、一緒に用具入れの所までやって来ていた熟年の兵士は、一瞥して、樽の中に入れられていた木の剣の中から一本引き抜いた。

 刃の横幅が広めな他は、ごくシンプルな両刃の長剣の形をした木の剣だった。

 サラはそこで、はたと気がついた。


「あ、そうか! 本物の剣で切りあったら、危ないもんね!」

「その通りだ。だから、訓練用の剣を使う。まあ、この木で出来た剣でも、当たれば痛いし、下手をすれば骨の一、二本は軽く折れる。当たりどころによっては十分危険だ。気をつけて使うように。」

「うん、分かったー。……じゃあ、これは邪魔だから置いとこうっと。」


 サラは、木の剣を選ぶ前に、バサッとコートを翻して、腰に履いていた二振りの剣を、それぞれ腰に固定していた皮のベルトごと外しだした。

 それを見て、熟年の兵士が目を丸くした。


「君、それは……本物の剣なのか?」

「うん、そうだよ。この前魔獣と戦った時に、ちょっと刃こぼれしちゃったけどー。……その内、鍛冶屋に持っていかないとなー。すっかり忘れてたー。」

「魔獣?……まさか、魔獣と戦ったのか? 君が?」

「うん。だって私『世界最強の美少女剣士』だからねー!」

「……」

「あ、ちょっと待っててねー。これ、荷物の所に置いてくるー。」


 ポカンとしている兵士を尻目に、サラはタッタッと小走りに先程自分の荷物を置いた通路の柱の所まで行き、そこに二振りの剣をベルトごと置くと、再び駆け足で戻ってきた。


「……違う、これは剣じゃない……刃物じゃない……そう! 木の棒だ!ただの棒!……だから、怖くない! 怖くなんかないぞー!……」


 サラが戻ってくると、どうやら若い兵士に引っ張られて観念したらしいティオが、用具室の樽の前で、目をつぶったままブツブツ言っていた。

 試験のために剣を選べと言われて、仕方なく手に取ろうとしている様子だったが、パチリと目を開けて、目の前の樽に入れられた木の剣を目にすると……


「ぎゃあぁぁー! やっぱり怖いよー! 刃物怖いよぅーー!」

「さっさとしないか! まったく、手のかかるヤツだ。……ほら、これでいいだろう?」

「ああぁぁー! いやだあぁー! 持ちたくない、触りたくない、近づきたくないぃー!」

「いちいちうるさいぞ! 早くそれを持ってこっちに来い!」


 ギャーギャー半狂乱で叫び続けるティオに、若い兵士は適当に選んだ剣を無理やり握らせ、ズルズル引きずるように訓練場の真ん中へと連れていった。


(……アイツ、刃物恐怖症って、木で出来ててもダメだったんだ。相当重症だなぁ。あれで、なんで傭兵なんかになれると思ったんだろう? ま、どっちみち試験に受かるのは絶対無理だよねー。……)


 サラは、改めて呆れながら、まるで屠殺場に連れられていく子牛のごときティオのしょぼくれた背中をチラと見やったのち……

 待っていた熟年の兵士に、ニコッと笑いかけた。


「ありがとう、待っててくれてー。すぐ用意するねー。」

「あ、ああ。」


 兵士は、先程サラに「魔獣と戦った」「世界最強の美少女剣士」と聞かされて、まだ少しとまどっている様子だった。

 しかし、当然すんなり信じる訳もなく、空の桶に入れられている木の剣をあれこれ掴んでは戻しているサラの無邪気な子供のような姿を、訝しげに目を細めてジッと観察していた。


「なんか、これは柄の所がベタベタしてるなぁ。うえっ、汚ーい!……あ、こっちはいいかもー?……って、途中で折れてる! もう、ろくなのがないよー!」


 サラは、しばらくおもちゃ箱を掻き回すように桶に入れられている木の剣をガシャガシャ探っていたが、やっとまともな一本を手に取った。


「よし、これならいいや!……もー、最悪素手で殴ろうかと思っちゃったよー。使えるのが見つかって良かったー。」


 そして、期待に満ちたとても嬉しそうな顔で、熟年の兵士を振り返った。


「お待たせー! さあ、早く試験しようー!……エヘヘ、剣を使って戦うのは久しぶりだなー。やっるぞー!」


 それはまるで、遊びに行こうと誘う無邪気な子供のようで、ますます、年かさの兵士に困惑の表情が浮かんでいた。



「えっとー、試験に受かるには、何をしたらいいのー? 確か、私が傭兵になれるぐらい強いって証明しなきゃいけないんだよねー?」


 サラは、先程選んだ木の剣を片手に、訓練場の中央で熟年の兵士と向き合って立った。


「そうだ。私が君の強さを判断して、十分な実力があれば、傭兵団に入る事を認めよう。」

「うーん。それだとちょっとぼやけてるっていうかー、分かりにくいなー。」

「うん?」

「あ! あ、じゃあ、こうしようよー! 私がおじさん……じゃなくって、兵士さんに勝ったら、合格!……これ、良くないー? すっごく分かりやすいよねー!」

「……お嬢ちゃんは、私に勝てると思っているのか?」

「もちろん! だって、私、超強いしー!……あ、でも、安心してね! ちゃんとケガしないように、手加減するからー。この剣、木で出来てても思いっきりぶつけたらケガしちゃうって、さっき言ってたもんねー。」

「ほお。私相手に、手加減して勝つと。……面白い。その言葉が本当かどうか、見せてもらう!」


 サラには、悪意も挑発している気持ちも全くないのだが、自分が負けるとは微塵も思っていない自信に満ちたその言葉は、熟年兵士のプライドに触ったようだった。

 向き合った二人の間に、ピリリと緊張が走る。

 と、その時……


「嫌だあぁぁーー! 怖いようぅー! うわああぁぁーー!」

「こ、この! 待てっ! 待たないか! これじゃあ、試験にならないだろうが!」


 二人のすぐそばを、手にした木の剣をズルズルひきづりながら、ティオが大きな叫び声をあげて走っていった。

 どうやら、なんとか剣を手に持ったはいいが、直視する事も、構える事も出来ずに、延々と逃げ回っているらしい。


「……クソッ! 逃げ足だけは異様に早いな、アイツ!……」


 ティオを追いかけて訓練場を走り回る羽目になった若い兵士が、一旦足を止め、乱れた息を整えては、また「待て、こらー!」と言いながら走っていった。


「……」

「……」

「……フッ。」

「……プハッ! アハハ!」


 サラと熟年の兵士は、呆れ顔でティオと若い兵士の追いかけっこを目で追っていたが……

 ほぼ同時に吹き出していた。

 そして、しばらく笑い合った後には、先程のピリピリとした空気がすっかり和らいでいた。


「水を差されてしまったな。仕切り直そう。」


 そう言って、熟年の兵士は、フウッと息を吐いたのち、サラに向かって真っ直ぐに剣を構えた。

 さすがに、何十年と研鑽を積んできた熟練の戦士だけあって、その隙のない姿勢を見ただけでも、彼の確かな実力がうかがえる。


「では、改めて……いくぞ!」

「オーケー!」


 サラは、オレンジ色のコートの肩に乗っていた金色の三つ編みをピンと指で弾いて背中に回すと、水色の大きな瞳をキラキラと輝かせて、ビシッと剣を構えた。



「まずは、そちらからかかってこい。お前の真の実力を見極めてやろう。」

「そう?……じゃあ、遠慮なく!」


 サラがそう言って、ニコッと嬉しそうに笑った途端、熟年の兵士の視界から、彼女の小柄な姿が消えていた。


「はい、私の勝ちー!」

「な、何!?」


 気がつくと、自分の喉元に、サラの手にした木の剣の切っ先が突きつけられているのを見て、兵士は慌ててバッと後ろに飛びのく。

 熟年の兵士には、サラの動きが全く捉えられていなかった。

 瞬きをする程のわずかな間に、なんの予備動作もなく、音もなく、気配もなく、サラは兵士の懐に飛び込み、その無防備な喉を指し示すごとく、剣の切っ先をビタリと当てがっていた。

 サラは、紙一重の所で剣を止めていたが、真剣で本気で攻撃されていたならば、今の一撃で完全に死んでいただろう。

 兵士は、ブルルッと思わず、得体の知れない恐怖に体を震わせた。

 しかし、簡単には納得出来ない様子だった。

 何が起こったのか把握しきれないために、素直に認められないのだ。


「エヘヘ! これで私、傭兵になれるんだよねー?」

「い、いや、まだだ!」

「えー? なんでー? 私、今、勝ったよねー?」

「あー、コホン。……少し油断が過ぎたようだ。次は、本気でゆくぞ! これからが本番だ!」

「えー、ズルーイ!……ま、いいか。私ももうちょっと戦いたいしー。」

「では、今度はこちらからいかせてもらう! 受け止められるかな、娘よ!」

「よーし! ドーンと来ーい!」


 サラが、改めて剣を構え直したのを確認して、兵士はビュッと剣撃を繰り出した。

 ガゴン! サラは、兵士の剣を難なく受け止め、逆に弾き返してきた。

 その反応速度、力強さ、どちらも、とても小柄な少女とは思えない剣さばきだった。

 兵士は、驚きながらも、続けざまにもう一度剣を繰り出す。

 今度は先程よりも、より速く、そして、重く。

 しかし、それもまた、ガン! と、軽々とサラに弾き返されていた。


「ムムゥ!……タアアァァァー!!」

「えいえいえいえい、えーい!」


 サラの実力が想像以上である事を知った兵士は、次第に己の力を解放していく。

 今までの数十年にわたる王国正規兵としての経験と鍛錬、それによって培われたその確かな実力を、一撃一撃に乗せて斬りつける。

 ところが、それでも、サラは顔色一つ変えず、次第に上がっていくスピードと威力に平然と対応していた。

 ある時は真正面から受け、ある時はスイと剣と体を逸らして横に流し、兵士の猛攻をかわし続ける。


 ……カン! カン! ガカン! ガン! ガン! カーン!……


 しばらく、二人の剣が交差し、ぶつかり合う音が、訓練場に絶え間なく響いていた。


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