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猫が好き!  作者: 山岡希代美
第3部 やっぱり、猫が好き! 

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10.最後の希望



 ハルコのメッセージを見たシンヤは、真純の横で力が抜けたように膝をついた。背中を丸め項垂れて、消え入りそうな声でつぶやく。

「オレのせいだ。オレと間違えてダッシュに接触したからハルコは感染した。オレがもっと早くこのメッセージに気付いてたら、あいつの手に落ちる前に対処できたはずなのに」

 真純はシンヤの頭を抱き抱えて頬を寄せた。

「おまえのせいじゃないよ。ハルコはまだ死んでないし、あと二日あるでしょ? よく見て。このメッセージも私にはただのSOSにしか見えないけど、おまえには重要な手がかりになるんじゃないの?」

 シンヤはゆっくりと立ち上がり隣の椅子に座った。そしてメッセージをもう一度眺める。少しして落ち着いたのか、静かに息を吐いた。

「……ダッシュの作った厨二ウィルスの性質はわかった」

「厨二?」

「世界征服が目標だって言ってた。そんなの悪の帝王でも気取ってる厨二病だろ」

 真純は苦笑しながらも、あまり本気で笑う事もできない。実際にハルコは、ネットワークを通して全世界のコンピュータを操る事ができる。命令されれば、軍事基地のコンピュータを操って世界中を破壊する事も可能だろう。

 シンヤは少し微笑んで、真純に視線を向けた。

「真純さんの言うとおりだね。ハルコは死んでいない。ただ記憶喪失になってるみたいだ」

 ハルコは経験や学習を学習用記憶領域に蓄積し、それを処理判断の材料にしている。

 ダッシュのウィルスはこの領域をロックし、ハルコの判断力を奪うもののようだ。

 シンヤの推測では、今ハルコは全ての学習用記憶領域をロックされ、自分で判断できない状態にあるらしい。

 領域がロックされていては、経験を記録する事もできないので、常に生まれたての状態なのだ。

「じゃあ、ハルコに命令すれば? ビルの電源を解放するように、とか」

「できないんだ。全ユーザの使用権限が停止してる。多分、今ハルコに命令できるのはダッシュだけだよ」

 通常その権限を持っているのは瑞希だ。

 ハルコは自分で考えて自分の判断で行動する。野放しにすれば何をしでかすかわからない。現に以前、勝手にネットワークに侵入しハッキングを行った。

 ハルコの行動を制御する、絶対的な権限を持つ人間が必要なのだ。そのマスタ管理者権限が、今は瑞希からダッシュに書き換えられているのだろう。

 シンヤが昔ハルコに残しておいたバックドアも閉じられているらしい。つまり、アクセスさえできないのだ。

 他に何か手がかりはないかと、真純ももう一度メッセージを見つめた。ふと最後の二つが、意味は分からないが気になった。

「ねぇ、どうしてこれだけ英語なの? あと、最後の数字って……あ、アルファベットも混ざってる。何かの暗号?」

「ハルコも時間がなくて焦ってたのかな。英語の方がデータ量が少なくなるんだよ。最後のは……これ、多分キャラクタコードだ。ちょっと待って」

 そう言ってシンヤは、隣のパソコンにツールを立ち上げた。

「キャラクタコード?」

「十六進数のコード。コンピュータの言葉だよ」

 真純に説明しながらシンヤは、メッセージに書かれたコードをツールの画面に打ち込んでいく。

 ツールの画面は真ん中から半分に分かれていて、片方が入力エリア、もう一方が表示エリアになっている。シンヤがコードを打ち込むごとに、表示エリアに文字が現れた。



 I believe you  hope(あなたを信じています。 希望)



 現れたメッセージを二人で呆然と見つめる。最後のメッセージに添えられた日時は、停電になる直前だった。

 自分では対処できないと判断したハルコは、シンヤに全てを託して自らを停止するためにビルの電源を落としたのだ。

 真純はクスリと笑った。

「瑞希と同じ事言ってる。親子みたいなもんだから、似てくるんだね。瑞希もおまえの事、最後の希望だって言ってたよ」

「え……それは荷が重いなぁ」

「なんか、ただのSOSじゃなくてラブレターみたいに見えてきた。なにしろおまえってハルコの初恋の人らしいし」

「へ?」

 面食らったように目を見開くシンヤに、真純は以前瑞希から聞いた話をした。

「なぁんだ。じゃあ両想いだったんだ」

「へ?」

 今度は真純が目を見開いた。シンヤはイタズラっぽく笑って続ける。

「僕、気付くまでハルコの事、どこかに閉じ込められている女の子だと思ってたんだよ。チャットで話しているうちに何か助けてあげられるんじゃないかって、勝手に勇者気分になってた。妬いた?」

「えぇー……。相手コンピュータだし、昔の事だし……」

 返答に困って逡巡した後、真純はシンヤを上目遣いに見つめてポツリと漏らした。

「……ちょっとだけ」

 嬉しそうに少し笑って、シンヤは真純の頭を撫でた。そしてツールの画面に向き直る。

「でもこれ、気になるなぁ。hopeの前、他よりスペースが多いんだよ。前の文章の続きじゃないような気がする。hopeって他に意味あったっけ?」

「え……さぁ。英語、得意じゃないし。おまえの方が得意なんじゃないの? 瑞希の論文読んだんでしょ?」

「読んでないよ。てか、最終学歴商業高校卒の僕にそんな難しい英語の論文読めるわけないじゃん」

 そんな大威張りで言われても、全国の商業高校卒の人が気を悪くするぞ。と思いながら、真純は大きくため息をつく。

「だって、やけにハルコの事詳しいから、論文読んだのかと思ったのに」

「それは論文読まなくてもなんとなくわかるし」

 どうしてなんとなくわかるのかも謎だが、それよりhopeの謎の方が重要だ。思いついた事を口にする。

「何かのキーワードとか?」

「キーワード……あ、もしかして」

 適当に言った言葉にシンヤが反応して、すかさず真っ黒なコマンド画面を立ち上げた。なにやらコマンドを打ち込みリターンキーを叩く。

 画面にバラバラと緑色の文字が現れスクロールする。最後に一行READYの文字が表示され、その横でカーソルがゆっくりと点滅した。

「やった! 繋がった」

 嬉しそうに叫んだ後、シンヤはまた素早くコマンドを叩いて画面を閉じた。だが真純には何を喜んでいるのかよくわからない。

「もしかして、ハルコに繋がったの?」

「うん。僕に託したならと思って、試しに自分のIDとパスワードhopeでログインしてみたら繋がった」

 どうやらシンヤのパスワードをハルコがhopeに書き換えていたらしい。

「じゃあ、ハルコに命令できるの?」

「それはできないよ。僕は一般ユーザだし。でも勝機は見えてきた」

 なにやら対策が見つかったらしい。少し前まで沈んでいたシンヤの表情が生き生きとしている。

 対策を実行に移すには、先ほど瑞希に頼まれたアクセスデータの解析結果が出ないとどうしようもないらしい。

 ハルコに接続できるようになったものの、今不用意にうろついてダッシュに感付かれては元も子もない。

 今日はもう休んで明日に備えようとシンヤが言うので、寝る事にした。

 二つのパソコンを落として、シンヤは意味ありげな笑みを浮かべた。

「そういえばさっき、僕の頭にキスしたよね?」

「え? 唇は当たったかもしれないけど……」

 正直、覚えていない。真純が言い淀んでいると、シンヤはにっこり笑って決めつけた。

「じゃあ、やっぱりキスだ。てことは、OKなんだよね?」

「えぇ? あの合図、まだ有効だったの?」

「だって廃止はしてないし」

「今日はもう休むんじゃなかったの?」

「うん。だから明日」

 ホッとしながらも、なんだかうやむやのまま押し切られたような気がする。真純が黙っていると、シンヤが腕を掴んだ。

「イヤ?」

 少し首を傾げて、縋るような目で見つめる。この目に弱い。

「……イヤ、じゃないけど……」

 途端にシンヤは、嬉しそうに笑った。

「やったっ。もう明日は張り切って、さっさと仕事を終わらせちゃおう」

「おまえ、張り切る動機が不純」

「不純じゃないよ。純粋に真純とやりたいだけ」

「言い方露骨」

「言い方変えたってやる事は一緒じゃん」

「もういいってば! それ以上言ったら二度とやらないからね」

「あ、真純もやるって言った」

 子どものように指差して指摘するシンヤに「うるさい」と言い捨てて、真純は自分の部屋に戻った。

 朝から足を踏み入れていない灯りの消えた自室は寒々としている。朝までそんなに時間もないし、さっきまでエアコンの入っていたシンヤの部屋でそのまま寝た方がよかったかなと後悔する。

 だがあのベッドで寝ると、昼間の事を思い出して、眠れなくなりそうな気がした。

 雑念を振り払い、一気に服を脱ぐ。その冷たさに身震いしながらパジャマに着替え、何の気なしに鏡を見て驚いた。

 身体の小さい真純は、大人用の服を着ると大概大きすぎる。パジャマも例に漏れずだぶついていた。一番上までボタンを留めても、V字に開いた胸元の先端は胸の谷間に達している。ちょうどそのあたりに、朝にはなかった赤紫のアザができていた。

 思わず身を乗り出して、鏡をのぞき込む。

「何、これ?」

 自分で言っておきながら、自分でツッコミを入れたくなる。それが何か分からないほど子どもじゃない。

 幸い今は冬なので肌を露出するような事はないが、うっかり人前で脱げなくなるではないか。どんなうっかりで脱ぐ事になるかまでは想像できないが――。

 そんな事を考えながら鏡の前に立ち尽くしていると、扉がノックされパジャマに着替えたシンヤがやってきた。

 真純はシンヤを睨みながら、胸元を指差し同じ言葉を繰り返す。

「何? これ」

「マーキング」

 しれっとして答えるシンヤにすっかり脱力して、真純はガックリと肩を落とした。

「もう。犬なんだから」

 するとシンヤはサラリと付け加えた。

「背中にもあるよ」

「えぇ?! どこ? 見えるとこじゃないよね?」

 焦って詰め寄る真純に、シンヤは平然と返す。

「背中の開いたセクシードレスを着たら見えるけど」

 そんなドレスは持っていない。第一似合わないので着る機会もないだろう。明日の朝、着替える時にでも確認してみよう。

 シンヤがいる前で脱いで確認するわけにもいかないので、真純は恐る恐る尋ねた。

「他には?」

 口角を少し上げてスッと細められた目に邪気を湛えた黒シンヤが、低い声で問い返す。

「知りたい?」

 余裕がなくて曖昧になっている記憶をたぐり寄せる。しかし即座に中断して真純は拒否した。

「言わなくていい!」

 プッと吹き出して犬かぶりに戻ったシンヤは、笑いながら真純を抱き上げた。

「大丈夫。他にはないよ。この部屋寒いから早く布団に入ろう」

 真純をベッドの側で下ろし、二人で一緒に布団に潜り込む。布団の中はすっかり冷え切っていた。

「ひゃぁーっ、つめたーい」

 わめきながらしがみついてきたシンヤが、そのまま真純の上に上半身を乗り上げる。

「重い!」と抗議しようとしたら、いきなり口づけてきた。唐突なのはいつものことだが、いつもより熱を帯びている。ちょっと待て、明日じゃなかったのか。

 いつだったか瑞希が言っていた、男は一度許したら図に乗るって、この事か? とか思っていると、またしても唐突にシンヤが唇を離した。

 目を開くと目の前に、いつもの子犬の笑顔があった。

「続きは明日。おやすみ」

 真純を抱きしめたままコロンと隣に転がって、間もなくシンヤは寝息を立て始めた。

 呆気にとられて少しの間、真純はシンヤを見つめる。しかしその温もりに次第にまぶたが重くなり、いつの間にか眠りに落ちていた。




Copyright (c) 2012 - CurrentYear Kiyomi Yamaoka All rights reserved.



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