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猫が好き!  作者: 山岡希代美
第3部 やっぱり、猫が好き! 

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1.合図



 カーテンの隙間から差し込む月光が、灯りの消えた部屋の中に白い筋を描いている。壁際にある机の上には、電源の入っていないノートパソコンが開いたまま置かれていた。

 突然、操作する者のいないパソコンに電源が入った。

 そして内蔵されたOSが起動する。音は聞こえない。ミュートになっているのだろう。程なく初期画面が表示された。

 画面には何も動きがないまま、赤いアクセスランプが小刻みに点滅を繰り返す。

 少しして、画面の隅にテキストファイルを示すアイコンがひとつ現れた。その直後、パソコンは終了処理を開始する。

 やがてパソコンの電源は落とされ、元の黒い画面に戻った。




 呆れたように大きなため息をついて、瑞希がまじまじと見つめる。

「一年も経つから、そろそろ結婚の話でも出てるかと思えば……。何やってんの、あんた。一緒に住んで寝食共にしてるだけって、熟年夫婦じゃあるまいし」

「結婚なんて、シンヤはまだ若すぎるし、かわいそうだよ」

 そもそも熟年夫婦なら、キスしたり隙あらば抱きついてきたりはしないと思う。と反論したかったが、それについて詳細を追及されても困るので黙っておく。

 いつものように書類の交換のため辺奈商事を訪れた真純は、本社ビル二階のカフェで久しぶりに瑞希と会話していた。

 このところ瑞希は、ハルコがいう事を聞かないとかで対応に追われていて、ゆっくり話をする機会がなかったのだ。

「あんた毎日生理だとか言ってるんじゃないでしょうね」

「そんな事、男にいちいち報告しないよ」

「……てことは、言う必要もないって事なのね」

 一緒に住んでいると報告の必要があるのだろうか。生理の時に情緒不安定になったり、生理痛が酷くて動くのも辛い人がいるらしいが、真純は特に普段と変わりない。その事でシンヤに迷惑をかけた事はないと思う。

 キョトンとする真純に、瑞希は再び大きなため息をついた。

「シンヤくんも若いのに我慢強いわね。もしかして、あんたが寝静まった後、どこかで発散してるんじゃないの?」

 瑞希の指摘を真純はすぐさま否定する。

「それはないと思うよ。抜け出したらすぐわかるし」

 うっかり余計な事を口走り、しまったと思ったがすでに遅かった。案の定、瑞希に突っ込まれる。

「なんで、すぐわかるのよ」

 ごまかしようもないので、時々、いや、ほとんど毎日、シンヤと一緒に寝ている事を白状すると、瑞希は頭のてっぺんから声を上げた。

「まーっ! それじゃ生殺しじゃないの。ひどい女ね!」

 一斉にカフェ中の注目が集まる。真純がなだめても瑞希は興奮したように言葉を続けた。

「優しくしてねって言ったけど、優しすぎるわよ、彼」

「何言ったの?」

「あんたが元気なかったから、優しくしてあげてねって言っただけよ」

 多分、春にシンヤとケンカした時だ。あの時は瑞希も優しかった。気を遣ってくれたのは分かるが、言ったのはそれだけじゃないような気がする。

 探るように見つめる真純を、瑞希は何食わぬ顔で見つめ返す。言ってしまったものを今さら取り消すのは不可能なので、あえて追及しない事にした。

 追及した方が、シンヤと顔を合わせ辛くなりそうな予感がする。

 瑞希は追及の手を逃れるように席を立った。

「それだけ大切にしてもらってるんだから、あんたも少しは誠意を見せなさいよ」

 どういう誠意だ。と突っ込む前に、瑞希は忙しそうにカフェを出て行った。

 瑞希言うところの誠意を見せるのは簡単だ。キス一つで事足りる。シンヤが勝手に決めた、真純からの合図。

 唇でなくてもいい。真純がその気になったら、真純からひとつキスを送ればいいのだ。

 それがあるからシンヤも自分からは行動を起こさないのだろう。

 大した理由もなく、いつまでもお預けを食らわせているのは、正直気が引けている。本当はいつでも、すでに心の準備は整っている。それこそ生理でもない限り――。

「――あ」

 そういう意味か、と今頃になって真純は思い至った。

(わざわざそんな事、断る口実に使わないよ、恥ずかしい)

 そう。断る口実なんかない。けれど、唇でなければいいかと思った合図が、案外ハードルが高かった。

 真純からキスをするという事は、真純がその気だとシンヤに知らせる事だ。つまり「エッチしよう」と言っているようなものなのだ。

 その時シンヤがその気じゃなかったら、と思うと恥ずかしくてしょうがない。

 それがあるから今まで踏ん切りが付かないまま、中学生のような清らかな関係を続けている。決して熟年夫婦のように、桃色の感情が枯れているわけではない。

 だが、どこかで踏ん切りをつけないと、いい加減シンヤにも愛想を尽かされるのではないかと危惧しているのも事実だ。

 真純は大きくため息をついて席を立つ。

 窓の外にはチラチラと雪が舞っていた。シンヤと迎える二度目のクリスマスが、もうすぐそこまでやって来ていた。




Copyright (c) 2011 - CurrentYear Kiyomi Yamaoka All rights reserved.



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