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猫が好き!  作者: 山岡希代美
第2部 それでも、猫が好き! 

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3.夜桜の下



 家を出てきたものの進弥に行く当てはなかった。「そういう女のとこ」へも、行くつもりなど毛頭ない。

 あのままあそこにいても、真純との言い争いがエスカレートするだけだと思ったからだ。

 しばらく時間をおいて、頭を冷やしたかった。

 進弥はゆっくりと歩き始めた。

 先ほどのやり取りを思い出し、気は重く沈んでくる。

 時々思っていた不安が的中した。

 真純にとって自分は、恋人ではなかったのだ。なにしろ付き合っている事が恥ずかしい相手なのだ。

 それが分かっていても、潔く真純の元を離れる気になれない。

 真純がこだわっている年の差なんてどうにも出来ないし、彼女が何を求めているのか見当も付かないのに、どうしても彼女を捕まえたくて堪らなかった。

 ぼんやり歩いているうちに、いつの間にか真純と出会ったコンビニの前まで来ていた。時間をつぶすために店内に入る。店内を一巡した後、見るともなしに雑誌をめくりながら、ふと思い出した。

 週末に花見をしようと約束した、桜並木が近くにある。河川敷の遊歩道に沿って植えられた桜並木は、水場もトイレもない。そのため、ライトアップはされているものの、飲食物持参で腰を据えた花見客はいない。所々ベンチはある。一人きりで頭を冷やすには、ちょうどいいような気がした。

 進弥はペットボトルのホットカフェオレを買って、コンビニを出た。

 狭い道路を渡り、土手に作られたコンクリートの階段を上って河川敷の遊歩道に出る。

 案の定、人気はない。所々に立っている街灯が、桜並木を白く浮き上がらせていた。

 灯りの下のベンチを求めて少し歩いた時、進弥はギョッとして立ち止まった。街灯の真下にあるベンチに女の子が座っていたのだ。

 見た目は高校生くらいだろうか。片方のサンダルを脱いで、ベンチの上に足を上げ、自分の踵を見ていた。

 この遊歩道は、通勤通学路にもなっている。先ほどから二台の自転車が、進弥の脇を通り過ぎていった。

 とはいえ、時刻はすでに九時を回っている。女子高生がひとりで、こんな暗がりにいるのは不審だった。

 まさか人じゃない、なんて事はないだろうか。一瞬そんな事を思って、しげしげと眺める。だが、どう見ても生きている人にしか見えない。

 少女は踵に手を当てて、目をこすりながら鼻をすすった。泣いている。

 進弥が気付いた時には、堪えきれなくなったのか、小さな声を漏らしながら本格的に泣き始めた。

 誰もいないと思っているのか、少女の泣き声は次第に大きくなっていく。

 イヤなものを見てしまった。進弥は内心舌打ちする。

 自分の事に手一杯で、他人を気遣っている余裕などない。面倒はごめんだ。

 すぐに別の場所に移動したいのに、進弥は気になって動けずにいた。

 しばらくその場に立ち尽くしたまま、少女の様子を窺っていると、通りがかった帰宅途中と思われるサラリーマン風の男が、少女の少し向こうで立ち止まった。

 男も少女の様子を訝っているようだ。

 会社の花見帰りなのか、少し酔っているようで顔が赤い。

 ちょうど街灯のない木の陰に立っている進弥の姿は、男からは見えていないらしい。

 男は少しの間少女の様子を眺め、口元に微かな笑みを浮かべた。その視線は、ベンチの上に投げ出された少女の白い素足を捉えている。

 少女の方は自分の世界にどっぷりと浸りきっているようで、自分の後ろで男が立ち止まっている事に気付きもせず、相変わらず泣き続けていた。

 男が少女に向かって、一歩踏み出した。

 マズイ!

(あぁ、放っとけばいいのに!)

 後悔と同時に、進弥は少女に向かって小走りに駆け寄っていた。

「悪い! 遅れてごめん」

 笑顔で声をかけると、少女は泣き止み、ポカンとして進弥を見上げた。そんな反応はお構いなしに、少女の隣に腰掛ける。

「ちょっと遅れただけで、そんなに泣く事ないだろ?」

 声をかけながらチラリと男の様子を探る。男は進弥を一瞥し、何食わぬ顔でベンチの前を通り過ぎて行った。

 どうやら強引に絡んでくるほどには酔っていないようだ。それは進弥としても、ありがたかった。

 身体は大きい方だが、決して腕っ節に自信があるわけではない。見ず知らずのうかつな女子高生のために、無用な争いはしたくなかった。

 ほどなく男の姿は、並木の外れの闇に紛れていった。それを見送ってホッと息をついた時、隣からさっきまで号泣していた少女が、冷めた調子で声をかけてきた。

「誰?」

 自分の置かれていた状況を全く理解していない様子にムッとして、進弥はそっぽを向いたまま言う。

「おまえ、隙ありすぎ」

「何? ナンパ?」

「誰が。自惚れんな。道端でわぁわぁ泣いてるようなガキに興味ないし」

「悪かったわね! じゃあ、何?」

 進弥は一つ嘆息し、先ほどの経緯を少女に説明した。事情を知った少女は、意外そうに目を見開く。

「助けてくれたの?」

「不本意ながら」

 進弥がふてくされたように答えると、少女は遠慮がちに礼を述べた。

「ありがとう」

 夜遅く外をフラついている不良娘かと思ったら、案外素直だ。意外に思い、少女の方を向く。

 彼女は未だにベンチに片足を上げて、しきりに踵を気にしていた。見ると、踵の上の足首の皮がめくれて血が滲んでいる。かなり痛そうだ。

「おまえ、靴擦れが痛くて泣いてたの?」

「違うもん!」

 少女は一瞬にして顔を赤らめ、思い切り否定した。よく見ると、足の指にもマメが出来ていて水ぶくれになっている。この状態でもう一度サンダルを履くのは辛いだろう。

「絆創膏とか持ってないのか?」

「うん……」

 この少女が帰れないと、自分もひとりで落ち着いて考える事が出来ない。進弥は意を決して立ち上がった。

「ちょっと待ってろ」

 そう言い残して、先ほどのコンビニに向かった。

 絆創膏を買って、急いで少女の元へ戻る。幸いにも、今度は酔っぱらいに絡まれたりはしていなかった。

 礼を述べて絆創膏を受け取った少女は、金額を尋ねてきた。案外律儀だ。

 進弥はニヤリと笑い、先ほどから気になっていた、少女の脇に置かれた缶酎ハイを取り上げた。

「代金はこれでいいよ」

「あぁ! あたしのヤケ酒返して!」

 少女は取り返そうと手を伸ばす。進弥はその手を叩いて、缶を指差した。

「ふざけんな、未成年。お酒は二十歳になってからって、ここに書いてあるだろ?」

「説教? あんたはどうなのよ!」

 確かにこの少女との年の差は、真純との半分も離れていないかも知れない。

 進弥はニッと笑い、少女の目の前で缶酎ハイのプルタブを起こす。

「オレは二十一。立派なオ・ト・ナ」

 そしてわざとらしく、酎ハイを煽って見せた。少女は頬を膨らませて進弥を睨む。

 早生まれの進弥は先月二十一歳になった。十月生まれの真純とは、期間限定で年の差がひとつ縮んでいる事になる。それがちょっとだけ嬉しかった。

 少女はふてくされたように恨み言を言う。

「フンだ。三つしか違わないじゃない。二十歳前後の奴って、すぐ大人ぶるんだから。あいつと一緒」

「誰と一緒だって?」

 少女は俯いて表情を曇らせた。

「……あたしのカレシ」

「なんだ、そいつとケンカして泣いてたのか」

「違う。ケンカなんてしてない。けど……」

 なんとなく、この少女からは自分と同じ匂いがする。訊いてもいないのに少女は、泣いていた理由を語り始めた。そして進弥も、聞くつもりはなかったのに、なんとなく耳を傾けていた。




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