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10/29、三話目。本日ラストです。


 咄嗟に左腕を掲げる。

 そこにワニ男の一匹が噛み付いてきた。


「がぁぁぁっ!」


 痛い、っていうか、熱い!

 痛みは感じないものの、噛みつかれてしまったという衝撃と、やけどした時みたいな鋭い熱さがあった。

 しかもさらにもう一匹が、俺の胴体目掛けて噛み付いてきた。


 ガキンっ!


 しかしルージュの巻いた蜘蛛糸が硬かったらしく、ワニ男の歯は通らない。

 さすがはルージュだ。中身はポンコツだが、性能だけはぶっ壊れている。まさか本当に攻撃を防いでくれるとは。

 腕にも巻いておけばよかった。

 と、思っている傍から右手にも噛み付かれた。

 ぐっ、熱い。

 これで右手も使うことができなくなってしまった。牛刀包丁が封じられた。

 だが、まだ噛み千切られるまでには至ってない。

 体を捻ってワニお得意のデスローリングを仕掛けてこようとしているが、俺が踏ん張ると捻るだけで回転ができないらしい。


 やっぱりこいつら大したことないぞ。

 それに両手を封じて攻撃を防いでいると思っているようだが、大間違いだ。あまりやりたくなかったが、俺の得意技を見せてやろうじゃないか。


「噛むっていうのはな、こうやってやるんだ!」


 俺は、俺の腹に噛り付いていたワニ男の体に噛みついた。

 すると、ワニ男は苦しみもがきだして、俺の体を放してしまった。

 俺は昔から咬合力に自信があった。喧嘩になったらとりあえず噛み付くことにしていたから、そのせいで狂犬と呼ばれたことがあるほどだ。狂戦士と攻撃力の高さの由来は、それが原因だと思っている。

 だがここまで強かっただろうか。このまま力を全力で入れれば、噛み千切れそうだ。

 だけどどうしよう。噛み千切るのは、出来れば遠慮したい。毒を持っていることも考えられるし、どんな病原菌を持っているかわからない。それに何より気色悪いし。


「う、うわぁぁぁぁ! マスターを放せぇぇぇ!」


 ルージュが突如、錯乱したかのような叫び声を上げる。

 刹那、黒い疾風が巻き起こり、俺を噛んでいたワニ男が全て光となって弾けた。


「わぁぁぁぁぁ!」


 何が起こったのかわからなかった。

 そしてルージュの叫び声は聞こえるのだが、姿が見えない。

 視線をきょろきょろと彷徨わせて、視界の隅にやっと彼女を捉える。

 赤いポニーテールを風に靡かせて、茶色の巨体を疾風のように走らせるルージュが、ワニ男どもを次々と切り捨てていた。


 鎧袖一触。

 技術なんてまるでなく、ただ剣を振り回しているだけだ。それにも拘わらず刃先が当たればワニ男の体は千切れ飛び、平打ちすれば遥か彼方まで飛んで行く。

 ルージュは圧倒的な暴力で、ワニ男どもを次々と屠っていった。


 ワニ男どもの顔の色が変わる。

 残った数体が慌てて逃げ出そうとするのだが、ルージュの疾風怒濤の攻撃の前に、体を反転させた直後には真っ二つとなり、光となって弾けて消えていくのだった。

 ルージュの体からは異様な気配が漂っている。きっとそれは殺気だ。

 全身から殺気を立ち上らせ、暴力の化身と化したルージュは、敵を逃すつもりなどまるでない。


 そしてついには、最後の一匹も逃げること叶わず、光となってルージュの体に吸い込まれていった。

 俺はその間、瞬きを何回しただろう。

 ルージュが敵を全滅させるのにかけた時間は、それぐらいに僅かだったのだ。


 ルージュは一つ深く息を吐くと、漲らせていた殺気を納めて俺の方を振り向いた。

 さっきまでの恐ろしい表情は鳴りを潜め、代わりに今にも泣きだしそうな顔になる。あ、泣き出した。


「うわぁぁぁん! マスター、ご無事ですかぁ!」

「こ、こら、剣を振り回しながら近付いて来るな!」


 俺の言葉などまるで無視し、ルージュは俺の元に一気に距離を詰めると、抱き上げ抱き締めてきた。

 鎧が痛い。剣が怖い。


「わ、私がすぐに戦おうとしなかったばっかりに、マスターに怪我を負わせてしまいました。このルージュ、一生の不覚です」

「八雲さん、ご無事ですか!?」

「イクト!」


 さらに春川さんとレンが駆け寄ってくる。

 そうだ、レンに怪我を治してもらおう。


「おい、ルージュ、放せ。俺は怪我して……」

「あわわわ、そ、そうでした。申し訳ございません」


 ルージュが慌てて謝ってきているが、俺はそれどころではなかった。

 ワニ男に噛まれた右手と左手から煙が上がっている。正確に言うなら、ちょうど噛まれた痕からだ。

 まさか毒かと思うが、痛いわけではない。

 そして傷口を見てみると、徐々にだが小さくなっているように見える。


 ……何だこれ?


 しかしすぐに思い至った。

 俺の持っているスキル、自動回復だ。

 あれは怪我の自動回復のことだったのかもしれない。


 今は痛みもほとんど感じないのだが、折角レンがいるのだ。彼に治してもらおう。

 それに出番を用意しないと、いじけられてしまうかもしれない。


「レン、怪我を治してくれ。『癒しの光』だ」


 レンが頷き、「【いやしのひかり】」と、唱える。

 俺の両腕が淡く輝きだした。この淡い光が傷を治療してくれているようだ。


 その間に少し気になることがあったので、確認することにした。

 レン達がさっきまでいたところを見る。

 退魔の光がどうなったか確認したかったのだ。

 すると、それはまだそこに残っていた。

 レンが動くと一緒に動くというものではなく、その場所に残り続けるものらしい。しかも出るのは自由のようだ。入るのはわからないが、パーティーメンバーなら自由に出入りできるとかなら助かる。


 少しして退魔の光が消えた。だいたい五分ぐらいだったろうか。

 同時に、俺の腕を治癒していた光も消える。

 光が消えると、噛み痕は完全に消えていた。痛みもない。


「助かった。ありがとう」


 レンの頭をくしゃくしゃと撫でる。

 レンは俺の腕の異常に気付かなかったようだが、春川さんは気が付いたようで、訝しむような表情で見ていた。


「その腕って、やはり自動回復のスキルでしょうか?」

「ああ、多分」

「スキルの中には、アクティブのものと、パッシブのものがあるみたいですね」

「は、はい?」

「あれ? ご存じないですか? よくゲームだとそう表現されるのですが。アクティブが手動で発動するもので、パッシブが自動的に発動されるものです」


 それは知らなかった。

 ゲームを全くやらないわけじゃない。有名どころのFFファインディングファンタジーとかどらくえ(ドラゴンクエスチョン)とかはやったことがある。

 でも俺は読書専門のきらいがあるので、ゲームの詳しい用語までは理解していない。

 聞いたことがあるような気はするが。


 春川さんとレンのスキルは全てアクティブスキルで、俺の自動回復と精神汚染耐性はパッシブスキルだろう。あと、ルージュの騎乗はパッシブスキルだと思うが、武装硬化がどっちかわからない。

 また敵が現れたら、検証してみる必要がありそうだ。


 今のところ、敵はいない。

 ワニ男が近所の公園で寝そべっているという異様な光景はすでになかった。

 しかし、やはり目の前に広がる光景が異様であることには変わりない。

 普段は必ずと言っていいほど、公園には誰かしらがいる。

 散歩をしているおじいちゃん、おばあちゃん、子連れのお母さん、近所の園児たち、たとえ用が無くとも、近道に公園を通り過ぎていく人たち。

 俺たち以外には誰もいなかった。代わりにあるのは、人だったものの残骸だ。


 俺達四人は改めてそのことに気付いた。

 平気そうなのはルージュだけで、俺はさすがに血の気が引いているし、春川さんはそのことに気付くと、蹲って吐き出してしまった。

 レンは顔が青白い。だけどそれだけだった。その青白い顔で一点を見つめている。レンの母親が食われていた場所だ。


 俺もレンと同じように、その場所を眺めていると、何か光るようなものが見えた気がする。

 レンも同様のようで、訝しむ表情でそちらを見ていた。


「何か光ったな?」

「うん」

「行ってみるか?」

「うん」


 春川さんが回復するのを待ち、俺たちは全員でその場所まで行ってみた。


 レンの母親だったものはすでにない。

 大量の血と、服やポーチらしきものの残骸が散らばっているだけだ。

 その中にその光るものはあった。

 指輪だ。

 少し大きめのダイヤが埋め込まれている。

 レンはそれを見てぽろぽろと泣き始めた。


「お母さんの指輪か?」

「うん」


 レンは頷くと、それを自分のポケットにしまった。


 レンの母親の形見も手に入れた。

 そろそろレンの家に行ってみよう。

 そう思った時、また頭の中で着信音が鳴る。


『テテッテッテテー』


 春川さんが心配そうに辺りを見回す。


「今度はなんでしょうか?」

「さあ……」


『ボスバトルが開始されます』


 うん、きっと俺たちじゃないどこかのパーティーがボスに挑むのだろう。きっとそうだ。

 もちろんそんな俺の甘い考えは、通用しなかった。


――GYAAAAOOOOO!!


 すぐ近くから、その雄叫びは聞こえてきたのだった。



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