10.フラグクラッシャー
ブクマ有難うございます!
公園の向こう側の道路からやってきたそいつは、遊具を薙ぎ倒し、一気に俺たちまで迫って来ようとしていた。
「どわぁぁぁ!! 皆下がれぇ!!」
叫びつつ俺はレンの腕を掴んで後ろに向かって走った。
俺の前を春川さんが走って行く。
死に物狂いで走り、俺たち三人は再び公園の入り口まで戻って来てしまった。
え? また三人? ルージュは?
後ろを振り返る。
ルージュはそこにいた。盾を前に構え、そいつの突撃を防いでいたのだ。
「マスターには、指一本触れさせん!」
「ルージュ!」
そいつは一言で言うなら、巨大なワニだった。
ただし巨大過ぎる。
電車一車両分くらいある巨体である。デイノスクスという恐竜時代のワニに似ているだろうか。
ワニ男たちと違い、四肢は俺の知るワニと同じ形状なのであるが、やはりというか、巨体であることを除いても、どう見ても普通のワニではなかった。
触角があるのだ。
デカい口の脇から、異様に長い、カマドウマを連想させるような不気味な触角が生えている。
そしてそれは、真っ白な人間の腕だった。
それだけでも十分不気味だというのに、そいつの目はそれよりも気持ち悪く、見ているだけで怖気が走る。
そいつの目は人間の顔だった。
短髪の若い男とおかっぱの若い女の顔が、笑みを浮かべながらルージュを見下ろしていた。
目玉の代わりにある男と女が大きく口を開いた。
――GYAAAAAOOOOO!!
「あ、あ、あ……」
「うぁ……」
春川さんとレンの様子がおかしい。
そいつのことを見上げ、顔面を蒼白にし、ガチガチと歯を鳴らし全身が震えてしまっている。
俺も悍ましいとは思うが、動けなくなるほどではない。
ルージュに至っては全く平気のようだ。
だがさすがにあの巨体に勝てるとは思えなかった。
「ルージュ、さっさと逃げろ!」
「逃げません! 私がマスターをお守りします!」
今ルージュが逃げ出せば、きっと俺たちはあの怪物ワニに食い殺されるだろう。だけど今はそれより、俺はルージュが食われる姿を見たくないのだ。
だというのに、ルージュは逃げようとはしなかった。
ポンコツ騎士の癖に……。
怪物ワニが大口を開ける。
ルージュを盾も鎧も丸ごと食い殺すつもりだ。
「マスター、お慕い申し上げています」
ルージュが俺を振り返り、微笑んだ。
「ルージュ!」
やめてくれ! 俺の相棒を奪わないでくれ!
俺の叫びは届かない。
ルージュは剣を片手で振り上げ、その巨大な咢に立ち向かっていく。
俺のために、必死の覚悟で。
「ホォォォリィィィィィスラァァァァァッッッシュッッッ!!!」
ルージュの体は白い光に包まれ、剣を振るった瞬間に辺り一帯がまばゆい白い光で満たされた。
ドドォォォンッッッ!!!
隕石でも降ってきたかと思うような爆音。そして激しい揺れと衝撃波。
俺は何とか踏ん張ってそれを堪え、何が起きたのか見届けようとする。
光がやっと収まり、視力が回復してすぐに、俺はそれを見た。
ルージュが立っている。
背中姿でよくわからないが、恐らく無傷だ。そうであってほしい。
だが、どうやら震えているようである。
何があったのか、なんて考えなくてもわかった。
ルージュから先の公園、そして道路が、ちょっとした谷になっている。
ルージュを起点に真っ直ぐと亀裂が走っていて、その亀裂の両側が隆起しているのである。
怪物ワニの姿はすでになかった。
大量の光の粒子となり、ルージュの体の中に吸い込まれている最中だ。
あまりにも衝撃的な光景に、俺はちょっとちびってしまった。
「ル、ルージュ?」
ルージュがガクガクと震えながら俺を振り向いてくる。
「す、すいません、マスター。Tシャツを汚してしまいました……」
ルージュもちびっていた。
「八雲さん、すいません。私も八雲さんのジャージを……」
「もらしちゃった……」
金縛りみたいになっていた二人も回復し、すぐにそう報告してくる。
「恥ずかしながら、俺も……」
あの強力な技は、俺たち「アラクネマスター」が全員失禁するという弊害を漏らしたのであった。
しかもそれだけではなく、
「ぬぁっ! 私の剣が!」
ルージュの使っていた鋼の剣が、ボロボロと崩れていった。
武装硬化のスキルを以ってしても、あの技の威力には耐えられなかったようだ。
「お前はどこの剣聖だよ……」
俺が呆れていると、また頭の中にメロディが鳴る。
『テテテテーテーテテッテテー』
なんか聞いたことのあるような曲だ。
『ボス、テンタクロコを討伐しました』
皆と顔を見合わせる。
そして俺たちは頷き合った。
スマツを確認することも、勝利を喜ぶ間もなく、俺たちは冷たい下半身を何とかするため、一度アパートに戻ったのだった。
三十分後、俺たちは再び公園に戻ってきた。少し日が傾いてきている。
ワニ男たちはいないし、人もいない。
相変わらず普段とは打って変わって、静かな公園だ。
それに亀裂まで走っているのだから、異様でしょうがない。
「レン、ごめんな。お前のサイズに合う服はなかった」
「……うん」
なので、レンは腰にタオルを巻いている。
そしてルージュも、上はTシャツ、下はバスタオルという残念な姿になってしまっていた。尤も、鎧を着けているため、ぱっと見ではわからないが。
「マスター、発作は治まりましたか?」
「ああ、もう大丈夫だ」
俺はあの後すぐに発作を起こしてしまい、また吸引器を使った。
このままではすぐに薬が切れてしまいそうだ。
どこかで吸引器と、できればステロイド薬を手に入れた方が良いかもしれない。
「では参りましょうか」
「ちょっと待ってくれ」
行く前に少し気になったことを試しておきたい。
戦闘中、俺は自分の力が、考えられないほど強くなっているような気がした。
ルージュから見れば誤差かもしれないが、俺の中では非常に気になる。
ということで、離れたところまで飛んで行って横に倒れた滑り台の前まで行き、それを片手で持ち上げてみた。
「んぐぐぐ、か、片手では無理か」
しかし地面から浮いている。
こんな重たそうなものを、俺は以前から持ち上げることができただろうか。
結局両手を使っても持ち上げることは出来なかったが、浮かして動かすぐらいのことは出来てしまった。
やっぱり異常な気がする。俺が動かした後で、ルージュが「マスター、これは邪魔にならなそうなところに移動すればいいので?」と軽々持ち上げていたのは置いておいて。
あのワニ男の攻撃が大したことなかったり、俺の攻撃がよく通ったりしたのは、あいつらが弱かったのではなく、俺がある程度強くなっていたからではないのだろうか。
初めはこうも考えた。
俺の顎の強さがステータスとして現れ、その他の筋力までステータスに引っ張られているのではないか。
これはなかなか良い線行っていると思ったのだが、何だかそれだけではない気がしてきたのだ。
まぁ、考えてもわからん。
ともかく今は少しでも強くなって生き延びて行こう。
「と、ところでですね、マスター」
なにやらルージュが顔を赤くし、体をくねくねそわそわと動かしている。
「ん?」
「そ、その、私がさっきつい口走ってしまったことを覚えておいででしょうか?」
「何だっけか?」
「い、いえ、覚えていないのなら良いのです」
ルージュはほっと溜息を吐き、安心したような、それでいて残念そうな複雑な表情をしている。
本当のことを言うと、ちゃんと覚えていた。
俺のことを好きだっていう話だろう。
抱いてもらってもいいみたいなことを言っていたし、俺のことを想ってくれているのはわかっていたけど、ああいう風に言葉にされると嬉しいと言えば嬉しい。あの時は、それだけに余計悲しくなったけど。
でも、悪いが応えてやることは出来なかった。
俺は既婚者なのだから。
もう少しはこのままの関係でいてもらおう。ルージュのためにも。
ということで、ニヤニヤしている春川さんの気を逸らすためにも、違う話題を振ることにした。
「ところでルージュ、お前のその腹、何だ?」
いつからあったのだろう。ルージュのお腹には、丸い大きな糸の繭のような塊があった。
まさかとは思うけど、また人間だったりしないよな。
「卵のうですね。あ、でも、子供を産んだわけではありませんよ。私はまだ清い体のはずです。若い頃の記憶はあまりありませんが」
卵のうというのは、軍曹が子育てをするために作る繭みたいなものだ。卵のうという名前だが、実際に卵が入っているわけではなく、すでに孵化した子供が入っている。
だが俺が聞きたかったのはそんなことじゃない。それは見ればわかる。
「で、何が入っているんだ?」
「え、えーっと、木刀とか竹刀とか、ですね」
「とか、ね」
多分他にも何か入っている。
まぁ、それはいいだろう。案外必要になったりするかもしれない。
「イクト、おうちいかないの? なんかスース―する」
「あ、うん、そうだな」
レンのためにも、俺たちはそろそろ出発することにした。
「ということで、ルージュ。早速俺たちを背中に乗せてくれ」
「はぁっ!? 私を一体何だと思っているんですか!? 馬じゃないんですよ。私は騎士です!」
「でも、俺たちアラクネマスター(アラクネを馬車馬の如く使う支配者)だしな」
「……溶かしますよ?」
「ちっ、仕方ない」
俺の当てが外れた。
ルージュの背に乗って楽に移動できるはずだったのに。
仕方なく四人揃って徒歩で移動し始めた時、また頭の中でメロディが鳴った。
『テッテレテッテ、テッテテー』
聞き覚えのあるメロディだ。
スマツを取り出し、見てみると、再びあのメッセージが載っている。
【システムのアップデートが完了しました】
便利な機能が増えていることを期待しよう。




