020話
広場の入り口の壁に激突して、ムサイ男と愉快な仲間達は白目を剥き口を開けたまま、気絶してしまった。
周辺にいた人達は、驚愕の表情を浮かべながら僕を見ているが、一瞥すると一斉に目を逸らす。
弱い者いじめを傍観していた連中など知るもんか。
そんな奴らは男女問わず、モブキャラ認定だ。
「――カナタ様」
僕の側へ駆け寄り、手拭きを差し出してくるイリスから受け取り、男の拳に触れていた手を拭く。
「勝手な事してごめんね?もうしないからさ」
「はい、分かりました。なのです」
僕は反対の手で頭を撫でると、イリスは嬉しそうに笑ってくれたので一安心。
「あの……」
振り返りると手甲の少女が、剣の少年を支えるように寄り添ってこちらを見ていた。
「――あなた、何者?」
弓の少年も魔女っ子も、2人の後ろに隠れるように立っている。
やっぱり。
こういう感じになるよね。
「観光者」
「――ふざけてるの?」
僕の答えに不満を抱いたのか彼女の口調が、少しきつくなった。
「カナタ様は、ふざけていません。なのです」
手甲少女は、イリスの視線の鋭さに恐怖の表情を浮かべ、こちらに助けを求めるように見るが、僕はスルーする。
「レイナやめよう、ここはお礼を言うのが先だろ」
その代わりに、剣の少年が手甲少女を諌め、僕に頭を下げてきた。
「有り難うございました」
彼は近い将来、ハーレム人生を送る勇者タイプになるね。
コレ、僕の勘!
……ま、彼が人生の選択を誤らなければ。だけどね。
「礼はいらないよ。ただ、静かにしてほしかっただけだから」
「はい?」
再び、カフェの椅子に腰かけて、紅茶が入ったカップに口をつけた。
イリスが淹れてくれる紅茶よりも、味は数段落ちるが、それでもお金を支払ったからには飲まないといけない気がする、貧乏性な僕。
「あ〜。冷めちゃってるし」
冷めたカップを蓋をするように、片手で軽く押さえながら、パチンと指を鳴らした後、再び僕はカップに口をつける。
姉さんも使っていた、この短縮機能。
必要な天術は短縮機能に登録して、使用したい時には指を鳴らすだけでOK 。
わざわざ詠唱する手間が省ける、楽チン機能。
「うん、美味しい」
再び温かくなった紅茶を飲んで、一息つく。
ついでに、イリスのカップも温め直してあげる。
「……邪魔されたって、お茶の時間がって事ですか」
手甲の少女の後ろから、何故か僕の手元を凝視したまま、魔女っ子が呟くように言う。
他の3人は、その言葉に驚きの表情。
「だって、テーブルの傍でバタバタ埃をたてるし、その上聞くに堪えない下品な笑い声」
未だに気絶したままの男達と、こちらの様子をまだ伺っている野次馬連中を横目で見ながら、呆れ気味に僕は答えた。
「理由は、僕の精神的衛生上の為」
「は、はぁ」
剣の少年は何とか僕の言葉を理解しようと努力を見せているが、手甲の少女は納得していないようで。
「……そんな理由で、アイツを倒したの?」
「そうだね」
「――変なヤツ、取り敢えず理由はどうあれ結果的には、私達助けられたようなものだから、お礼は言っておくわ。ありがと」
手甲少女の言葉につられ、3人も頭を下げる。
……本当に、礼はいらないのに。
「――カナタ殿、これは何の騒ぎかのぅ」
素敵なダンディーゲイツさんが、不思議な顔をしながら戻って来た。
「ゲイツさん、おかえりなさい」
「おかえりなさい。なのです」
僕とイリスは敢えてソレには答えず、ゲイツを迎える。
「遅かったかも?」
「あぁ。それについては、すまんかったですのぅ」
困った表情を浮かべながら、ゲイツさんはハットをとりながら、頭を下げた。
「謝礼金を受け取りに行ったら、この街の領主が儂を騎士団にと言うてきましてのぅ。それを断るのに手間取ってしまいましてのぅ」
ゲイツさんは、イリスが持ってきた紅茶を受け取りながら、説明してくれた。
「まぁ、分からなくはないよね。腕の立つ人材はいくらいても困らないし」
「ゲイツさんのレベルはそうはいない。なのです」
「ハハハ、イリス殿に褒めて頂いた♪嬉しいのぅ」
慣れた空気に戻って、僕は満足だ。
安心感があるしね、ゲイツさん。
「――ところで、この子達は?」
あ、やっぱり気になるよね。
「この街で冒険者をやっている子達だと思う」
「は?」
「お互い名乗っていない。なのです」
僕とイリスの言葉に?マークを浮かべているゲイツさんだったケド、彼等の方へと向く。
「よく分からぬが、儂の名はゲイツ・シューマン。カナタ殿とイリス殿と一緒に旅をしている魔術師じゃのぅ」
「えっと、アタシはレイナって言います。この街の冒険者やってます。それで、こっちがディーンとアビーとカルロ。あのシューマンさんは、この人達のお父さんなんですか?」
手甲少女が、大人のゲイツさんの登場に、少し緊張しながらも、他の仲間の紹介をする。
うん。
僕の苦手なタイプだな。
見た感じ、剣の少年のディーンが、このパーティーのリーダーだと思うけど、それなのに彼女が紹介するってことは、まさに私しっかりしていますっていうアピール。
尚且つ、自分が知らない事は許せなくて他人の心に土足で平気に入って来る、ズケズケタイプだ。
こういうタイプは、無自覚に他人を傷付けるからタチが悪いし、自分中心じゃないと納得いかないハズ。
よく見ると、弓の少年は明らかに嫌な顔を彼女に向けている。
おそらく、僕と似たタイプなのだろう。
「うん?いや、違うのぅ」
「仲間。なのです」
僕の心が、彼女に対してシャッターを閉める。
面倒な相手には、関わらないことが1番。
うん。
彼女の相手は2人に任せよう。
僕は心の中で、そう決めたのであった。