1.ファンタジーなら間に合ってます。
他サイトから転載……ではありますが、そちらじゃつるんと無名でしたので、始めましてじゃない方がいたら、たぶんそれは奇跡だと思われます。
というわけで、気持ちも新たに、楽しく書き進めていこうと思っています。宜しければお付き合いください。
初っぱなからですが、流血&グロ、ちょこちょこ有です。基本コメディタッチですが、苦手な方はご注意願います。
鈴木次郎、高校二年の夏。
瞼を開けば、そこは異世界でした。
「……て、ファンタジーなら間に合ってるわっ!!!」
思わず「なんでやねん」のポーズを披露した僕の腕が、どつく相手を見つけられぬまま、虚しく空を切っております。
さて、と。ちょっと今の状況を整理してみましょうか。
えー。まずは何ですか、自己紹介とかいっときます?
僕の名前は鈴木次郎。公立星柳高校に通う現役高校二年生(16歳、ちぇりーぼーい)蠍座のAB型です。
成績はまぁまぁ、運動もまぁまぁ。ついでに容姿もまぁまぁって感じですが、色が白いので、えー、鈴木くぅん?優しいけどちょっとひ弱っぽくない〜?とか勘違いされがちなのが悩みの種です。
今どき流行りの草食系男子、なんて呼ばれても、男からするとちょっと微妙じゃないですか。
でも、可もなく不可もなくな立ち位置と、人畜無害のお人好し、面倒見のいい性格が認められてか、一年の二学期にはなんと生徒会役員に大抜擢。現在は副会長を務めさせて頂いてたりもします。えっへん。
明るく元気なクラスの人気者を目指し、日夜精進する僕は、至って平々凡々な、何処にでもいる健全な青少年です。
……と、まぁ、こんな大嘘がまかり通るのも、どうにもこれが最後かもしれないっていう、今はそんな状況な訳なんですね。
ここは荒野のど真ん中。
一面赤茶けた大地が広がり、見渡す限り僕の背より高い樹木は見当たりません。
彼方に延びているのは、砂ぼこりに霞んだ歪な地平線。乾いた熱気が容赦なく薄いシャツを突き抜けてきます。
つい数秒前まで、ここは冷房をガンガンに効かせた生徒会室だったんですけどね。
空には、爛れたような鈍い赤の、たぶん太陽かと思われる熱っぽい天体と、白く熱と光を振り撒くお馴染みの太陽が、ちょっと離れたところで競い合うように輝いております。
暑いわけですよ。どう見てもこれ、太陽2個ありますからね。あらま、いいんですかねぇ?自転とか公転とか、星にだっていろいろ事情があるだろうに。
……いやいや、今は深く考えるのはよしましょう。
え、何も僕の頭が悪いからとか、ファンタジーだから細かいことは気にすんな、とか、そういうんじゃないんですよ。
単純にのんびりしてる暇はないようですので。
だって、太陽だ地平線だと現実逃避をやめて、すぐ目の前に視線を戻せば、土色をした狼さん達が、そうですね、ざっと二、三百匹、わっーと視界を埋め尽くしているんですから。
僕を中心にした半径30メートルほどの輪の向こうに、わらわらと集まってます。ぐるりと見事に取り囲まれていました。
ううん、しかしこれを狼と呼ぶべきか。ちょっと僕が知ってる犬科の生物より5倍はおっきいんですけど。
狼男だって狼の時はもう少し控えめな狼の姿をするものですよ。
ま、今は満月じゃないし、というか、そもそも真っ昼間みたいですし、何より僕がこの場所に現れてから、彼ら「グルル」と「ウー……グルル」としか言ってくれないんですよねー。
彼等が僕の知る「狼人間」という種である可能性は著しく低くそうです。
狼人間もバカばっかりですが、奴らには理性ってものがありましたもんね、一応。
だいたいね、僕達の住む世界にこんな数の狼人間が居たら、人間なんてとっくの昔に絶滅しちゃってますって。
でも困ったことに、わかっちゃうもんなんですよねぇ。
魔力とかってどの世界も共通なんですかね?このワンちゃん達、少なくとも「動物」ではないみたいですよ。
「君達も、モンスターってやつなんですよねぇ、きっと」
人語を解さないのか、それとも今、僕が喋っている言葉が、そもそもここでは「人語」として成り立たないのか、狼さんは反応を示しません。
狼さんたちはぐるぐると唸りながら、輪の大きさを微妙に少しずつ縮めていきます。あっちへこっちへ、うろうろしながら、飛び掛かる機を伺っているようです。
見事に全て同じ表情で、長い牙を剥き出しにしています。涎、だらっだらですよ。
「まいったなぁ……」
僕の今までの人生の中でもベスト5にランクインするやっかいごとに、うんざりと重たくなる頭を支えながら、僕は思わず溜め息を漏らしました。
いやね、狼さん321匹(漸く数え終わりました)も、もちろんうざったいんですけど。
だけど何よりもまず、非常に困った事態として挙げたいのは、辺り一面こんな非現実な荒野だっていうのに、すぐ近くに知り合いが三人も転がっていることなんです。
担任教師と、クラスメイトと、先輩が一人ずつ。
今は気絶してるみたいですが、こんな寝苦しい熱い土の上じゃ、たぶん、もうすぐ目が覚めてしまうでしょう。
「グルル……ウガガ」
無知な狼さんの一匹が、いよいよ僕らとの距離を縮めました。
もうお気付きでしょうが、僕もね、実は「人間」でも「動物」でもない存在なんですよ。
だから、食べたって美味しかないんです。ていうか、たぶんワンちゃん達じゃ無理ですって。
生粋の絶対的捕食者である、この僕を食べるなんて。
まぁ、腕一本くらい、この場を穏便に纏めて、ついでにこのくそ暑い太陽を一個でもなんとかしてくれるっていうなら、喜んで差し上げたいところなんですが。
今のところ、僕は彼らと意思を疎通させる術を思い付きません。
「……ぅうん、ここは……?す……鈴木、くん……?」
僕の足元で、一番最初に目が覚めたのは、クラスメイトの逢坂千早さんです。
ずり落ちた眼鏡のままぼんやりと僕を見上げ、直ぐにその小動物みたいな円らな瞳を一気に見開きました。
愚かな犬っころが、僕らを目掛けて、ちょうど飛び掛かってきたところだったからです。
地球っぽい方の太陽を背負い、地球の狼にはあり得ない跳躍を見せた真っ黒い影が、キラリと光ります。
逆光を浴びながら、狼さんは、千早さんの前に立った僕に食らい付きました。
「鈴木くんっ!!!」
さて、諦めて本当の自己紹介を致しましょうか。
僕の名前は鈴木次郎ではありません。
何を隠そう本名、……えー本名、ウラ……あ、これは違います。えーと、ドラ?いやそんなありきたりな。アー……あれは漫画のキャラだしな。あれ?本名、本名……僕の本名ってどれでしたっけ?
……うおっほん、ま、鈴木次郎でもいいかー。気に入ってるし。
僕みたいな存在を現す言葉は、案外たくさんありますが、そうですね、一番しっくりくるのは何でしょう?
やっぱり、吸血鬼ってやつでしょうか。
あ、ヴァンパイヤの方が格好いいかも……いや、言語帯を変えただけか。
不死者の王、なんてのは、さすがに厨二病にもほどがありますしねー。
というわけで、この鈴木次郎、高校二年、吸血歴、ほにゃらら千ほにゃららん年にて、初めての異世界トリップなるものを経験しているようです。
で、ファーストイベントで魔物に襲われているって感じですか。
チュートリアルにしては敵の数が多すぎるような気もしますがね。
まぁ、現実ってこんなもんですよねー。近頃はアニメやゲームですらも、けっこう世知辛ったりしますから。
いきなり骨を噛み砕かれた!
という展開だってアリですよねぇー。
圧倒的な体重差に尻餅を着いた僕に、狼さんが覆い被っています。
僕、体質的にあんまり動物に懐かれないので、今まで経験がなかったんですが、涙必須の某名犬アニメで、犬にじゃれ付かれてる幸薄い飼い主、みたいな図です。
ま、名犬なら飼い主の肩を肩甲骨ごと噛み砕いたりはしないと思いますが。
「痛いっ痛いっ!……ちょっと、まって、タイムっ!ストッープ!」
すみません、ちょっと異世界舐めてました。ワンちゃん呼ばわりはバカにしすぎだったかもしれません。
一応、狼男と遊ぶ程度には身体を硬化してたんですが、こちらの狼さんの顎の力は、地球産の可愛らしいモンスターなんかの比ではないみたいです。
肉体を損傷したのなんか、第二次世界大戦以来のことなんで、僕はあまりの痛さにびっくりして反撃も忘れています。
というかね、後ろで泣き叫ぶ少女がやっぱりどうしても気になるんですよ。
だって、反撃しても防御しても、確実にばれちゃうじゃないですか、僕の正体。
まぁ、このまま無抵抗でも、どうせ死なない僕は、どっちにしったってもう手遅れなんですけど。あんな噛まれ方して、即死してない時点で既に人間としてアウトですよね。
昔、うっかり火葬されちゃった同族の友人が、復活するのむっちゃ痛いでー半端ないでーって話していたのを聞いたことがあります。僕も人間としての原型を留めているうちに覚悟を決めなければ。
ああ、うだうだ混乱とか状況把握とかしてないで、彼女が気付く前にさっさと皆殺しにしとけばよかった。
いつの間にか長い日本人生活で、すっかり平和ボケしてしまっていたみたいですね。
だけどだけど、学園ファンタジー名物「夢オチ」という最後の希望を、僕はどうしても捨てきれなかったんです。
これでも昨今のヴァンパイアブームに乗っ取って、禁断の学園ラブファンタジーなリア充吸血鬼を、真剣に目指していたんですよ、ぼかぁ。
それを、いきなり異世界ものに転身なんて、魔法少女が怪人に改造されてバイクに跨がるくらいの暴挙じゃないですか。
「ぎっ、バカッ……引っ張るなっ!ぬけるっ、ぬけるからっ!」
狼男と女の子を奪い合う、ならともかく。なんで、狼と自分の心臓取り合わなきゃなんないんでしょう。
とにかく死ぬほど痛いので、夢オチは諦めましたとも。
……頬っぺたつねる前に、心臓を捻られて血塗れで漸く現実を受け入れるって、どこのドMですか僕は。
「やめてっ!!いゃぁぁぁ!鈴木くん!!!」
いや、僕は遺伝子レベルでドSですよ。なんたって吸血鬼ですからね。
恐怖と絶望に彩られた少女の素晴らしい悲鳴に、獣牙に心臓を噛み付かれながらも、抑えられない欲望に思わず口許が弛みます。
この声を聞き続けられるなら、心臓どころか、この身体の臓腑全てを犬の餌にしても構わない、なんて思ってしまいます。
……えぇ、それはもう、自分の変態っぷりにびっくりですよ。
にしても、本当に最悪です。よりにもよって、どうして千早さんが、一緒なんでしょう。
僕がわざわざ、日本の高校二年生なんてアホな生き物を装っていたのは、彼女の側に近寄る為だったのです。あの、やわやわと震えている芳醇な香り漂う白肌に、我が牙を突き立てる為です。
僕はね、空腹を満たすいきずりの非常食が相手ならばともかく、狙った獲物を狂った獣のごとく屠るような真似はしません。
肉体だけ満腹になればいいのなら、はじめから人間の血なんて飲む必要もないんです。
魂の髄まで我が物にし、その上で愉悦に溺れた血液を献上してくれなければ、意味がない。
逢坂千早は、この僕が久しぶりに本気で狩る気になった獲物なんです。
だから、同級生を偽り、今まで友人として地道に信頼を獲得してきたんですよ。そして、そして遂に、やっとのことで先週の金曜日、念願叶って彼女の恋人へと昇格できたっていうのに。
一年以上の忍耐の日々の末、夢にまで見た放課後の告白イベントをクリアした、僕の今までの努力が全て水の泡と消えようとしています。
自分で言うのもなんですが、順調にライトでハーレムな学園ファンタジーの王道まっしぐらだったんですよ。
ツンデレ委員長やら吸血鬼姫やらが入り乱れての六角関係とか、シスコン兄の妨害とか、バンパイヤハンターの妨害とか、お色気妖怪の誘惑とか、それなりに大変だったんですから!
……何より、ついうっかり純愛路線を突き進んでしまった僕らはね、交際一週間、未だ手すら握ってないんですよ!?
童貞!?この我が?
巫山戯けるな!!何千年存在し続けてると思ってんだ!淫魔だって昇天させられる熟練者だわ!!
だけど、ドキドキして目が合わせられないんですよー。彼女といると。
手作り弁当が感動的な旨さだったんですよ!ちくしょう!!
阿呆でしょう!?食材相手に!何やってんだこら!もうこれは禁断のラブファンタジーしかないなっ!
数々の困難を乗り越えて真実の愛が種族の壁を越えるんだろうな!!っていう展開だったんですよ!!
なんでいきなり、まさかのグロテスクでR指定?なんて危機に怯えなきゃならんのですかっ!!
……失礼。どうやら貧血で少し理性が弱くなっているようです。
「ガウガウ」
僕の心臓を噛み砕こうと傷口に躍起になって突っ込んでいる狼の頭を、千早さんに見えないように抱え込みながら、少し霞んだ視界で辺りを見渡します。
やっぱり、他の狼たちも、先輩に続けと、ウキウキガオーで僕達へ飛びかかってくるところでした。
321匹もいますからね。ある程度は僕一人の身体でも養えそうですが、だからって、後ろの三人を見逃しやしないでしょう。
この僕が、まだ手を付けてもいない食料を、犬っころに横取りされて自分も食べられちゃいました、なんてことがあっては、たとえここが未知の世界といえども一族に会わせる顔が無くなってしまいます。
吸血鬼の王にとって、許されざる失態というものです。
潮時、ですね。
わかっていますとも。
所詮、遊びは遊びです。食べ物を粗末にしてまで遊興に興じては、本末転倒ですから。
「グルメですね。吸血鬼の心臓なんて滅多に味わえない珍味ですよ」
取り敢えず、肩に食らい付く狼の首筋をひと撫でしてやります。もちろん、氷の剃刀と変化させ伸ばした爪で。
狼さんは僕の硬い心臓に噛み付いたまま、ころん、と首と胴体が離れます。獣の血を浴びる趣味は無いので、瞬間的に両方をカチコチに凍結させました。
いつの間にか、背後で泣き叫ぶ千早さんの甘い声は聞こえなくなっています。
勇気がなくてとても振り向けませんが、恐怖で声も出せないではなく、大人しく気絶してくれていればいいなって思います。
凍った狼の頭は、僕の心臓をまだ啣えたままなんですが、胴体が落ちて軽くなったので、僕は簡単に立ち上がることが出来ました。
僕は迫りくる狼の群れに視線を向けます。
襲いかかろうと跳躍寸前の態勢で狼さんたちは、警戒の唸り声を上げて動きを止めています。
流石に普通の狼の五倍もでかい身体をしているだけあって、今の状況を認識するだけの頭脳ははあるようですね。
「連帯責任、てあんまり好きな言葉じゃないんですけどねー」
僕は傷口を抉られるまま、固まった狼の頭を引き剥がしました。血にまみれた氷のオブジェを、群れへと投げ返します。
既に修復という名の大暴れを始めている僕の細胞達が、不満げにズタズタになった動脈辺りでブーイングをしています。
血肉が足りないぞ、と。
……ここ数年は、化け物とは思えない栄養バランスの食生活をしていましたからねぇ。
後ろに控えている筈の三人の御馳走を、僕は努めて意識から追いやって、既に尻尾を巻き始めているワンちゃん達に微笑みかけます。
動くな、と眼光に命令の力を宿しながら。
久しぶりに解放した自分の威圧感にちょっと引きながらも、僕も手加減してる余裕なんてないですよ。
大切な恋人と、あとその他二人の命が懸かってますから。
こいつら食べ損なったら、正直、人間三人分の血を我慢しているこの忍耐力を、維持し続ける自信なんてないですから。
「弱肉強食は万国共通、次元を越えた真理だと思いませんか?」
地球にだって、魔物やらモンスターやら、妖怪、精霊、神様まで、昔に比べたら数こそ減っちゃいましたが、色々居るんですよ。
こんな、群れになって襲いかかる!とかオンラインゲームみたいな開けっ広げた登場はやりませんがね。最近、人間達は要らん知恵をつけすぎてますから。
人間の国家に協力して仲間を売る、なんて愚かな同胞も多いんで、派手なことは自然みんな避ける傾向にあります。
だだ、地球に住まう人に非ずものどもが、人間のように無用な争いや身のほどを弁えない暴挙を滅多に起こさないのは、昨今の人類の助長だけが理由ではありません。
僕達は本能で魂の序列に従いますから。
高い次元の魂を持つものが命じるならば、少なくとも魔物と呼ばれるもの達は秩序を保ちます。
自分より強い魂に逆らうことは出来ないですからね。
僕にとって人間は大切な食料ですし、数の力って案外侮れませんからね。つまらない侵略や大戦争なんてやるより、ひっそりと悠々自適な共存の道を選ぶ方が賢いと、今のところはそう推奨しているんです。
日本で暮らすようになってからは特に。千早さんと出会うまでは、人間狩るより、ネットカフェでモンスター狩ってる方が楽しかったくらいですから。
そして現在はまだ、地球上には僕の言葉を覆せるような位の高い魂を持つモンスターは存在しません。
僕が異世界に来てしまっている今も、僕の次点があの火葬された友達なので、暫く地球は安泰な筈です。……でも、最近あいつ、東京タワーへし折る系の怪獣映画に嵌まってたからなぁ。ちょっとだけスカイツリーが心配です。
この世界でもどうやら、魂の原則は通用するらしく、僕も取り敢えずは彼等より位が高いみたいですね。
さっきはうっかりちょっと心臓を齧られちゃいしたが、こうやって本性を現せば、僕に襲いかかるなんて愚を侵す個体は無さそうです。
本来ならこうなれば、あとは穏便に話を済ますのが、地球上での僕のキャラなんですが。
とにかく、お腹が減ってるんですよ。
もう既に、待て、を聞けなくなっている僕の影がゆらゆらうずうずしちゃってます。
そういえば、太陽がふたつもあるのに、影は地球と大して変わりませんね。あの赤黒いほうの太陽光は、影を成さないようです。不思議ですね。
んなこと、どーでもいいわー。飯を食わせろー。と僕の影と傷口で遊んでいる細胞達が、わざと千早さん達の方へ襲いかかるポーズをとってみたり、変な風に血管を繋ぎ合わせてみたりと、やりたい放題です。
「……綺麗に食べて下さいね。お行儀が悪かったら、お前を百年間しぇーのポーズで固定してやりますから」
僕は足元の影に向かって、自分にとっても羞恥プレイな両刃の脅しを吐き捨てました。おっけー、任しとけと張り切る影から、人間の身体の型を解いてやります。
ひゃっほーいっと歓喜に小躍りしながら、瞬く間に僕の影は狼の群れを多い尽くす広さまで広がっていきます。
逃げる暇もなく影からばりばりと食われていく狼さん達に同情しながらも、僕はこの状態では否応なしにつけるしかない覚悟を漸くつけ終わりました。
グッバイ、僕のリア充。さらば平穏な高校生活よ。
僕は背後で踞るか、倒れるかしている筈の千早さんへと向かって、肩の痛みを堪えながら首を回します。
そうして、僕は今まで振り向かなかったことを激しく後悔したのです。
千早さんは、倒れてはいませんでしたし、踞っても、座り込んでもいませんでした。
しかも、立ってすらいなかった。
一瞬、消えたかと驚いた僕が視線を上げれば、空中に、さっき僕に襲いかかった狼さんが飛び上がったよりも、遥かに高い所に、見慣れたセーラー服と紺色の襞スカートがはためいていたのです。
は、パンツ?それどころじゃないですよ。水色のストライプですよ。
「よくもっ…!!よくも……鈴木くんをっ……!!!」
瞳を涙に濡らしたまま、僕のお気に入り、自慢のお下げ髪をゆらゆらと逆立てて、黙視可能な怒りの炎に文字通り包まれた千早さんが空に浮いております。
いや、鈴木くん、ここにいますよー。自分の細胞に虐められていますが、ちゃんと一人で立ってられるくらいには元気ですよー。
……そういえば、ど近眼でしたっけね、彼女。
僕の足元には、未だ暢気に眠る二人の男と、ひしゃげた眼鏡が転がっています。
「許さないっ!!!」
そう叫んだ千早さんの右手に、ピンク色に光る魔方陣が現れます。液晶画面越しじゃない、実物なんて僕も久しぶりに見ましたよ。
魔方陣はくるくると渦を巻き、一つ振りの黄金の大剣となって彼女の右手に収まりました。
あー、昔、オリンポスで流行ってましたねー、ああいう剣。
僕も若い頃はあんな感じの聖なる剣で、よく退治されかけたものです。
僕も、320匹の狼さん達も、僕の影すらぽかーんと阿呆面で、剣を振り上げる少女を見上げています。
「いぃやぁぁぁぁぁ!!!」
吸血鬼もビビる殺気と気合いを放ち、千早さんは、何やら熱い力を集めた聖なる剣(仮)を振りかざし、狼さんと僕の影へと吸血鬼級のスピードで斬り掛かってきます。
僕は生まれて、否、吸血鬼として存在し続けて初めて、生命の危機……ああもう、否、存在の危機というものを体験しております。
エマージェンシー、緊急事態はっせー、あれはちょー危険ー。銀の杭なんて比じゃないよー。ヤバいよー。斬られたら死んじゃうかもよー。
身体中の細胞がふざけるのを止めて叫んでいます。
「っ……戻れ」
慌てて影を収縮させます。
だけど、狼さんの影を粗方食べ尽くして肥大してしまった僕の影は、思うように小さくできません。
影も正当防衛のつもりでしょうか、肉体の方の狼達をを鮮やかな剣裁きで屠っていく千早さんへと、その魔手を向けます。
黒い闇が、彼女の華奢な身体を取り囲み、花の蕾のように覆い被さっていきます。
怯む顔すら見せない、凛々しい千早さんを余所に、僕は一気に血の気が引きます。
今更ながら出血多量を思い知ります。
「止まれ!」
気が付けば、形振り構わず僕が叫び声を上げる番でした。
「それは我が獲物だ!!影の分際で身の程を知れ!!!」
久しぶりに本気で怒鳴った僕に影はびくりと震え、その暴挙を止めます。
そしてちょうどタイミングぴったりに、千早さんの剣が僕の影を斬り破りました。
素晴らしいコンビネーション!なんて喜んでいる場合じゃありません。
心臓を食い千切られたなんてことも、蜜蜂に刺されたくらいにしか感じられなくなるような、絶望的な激痛が僕の身体を襲います。
声も立てられず、否、息すらできずに僕は堪らずその場でのたうち回ります。
影は絶叫しながら、僕の足元へ逃げ帰ってきました。
「えもの……?」
きょとんと我に帰ったように狼さんの屍の上で千早さんが首を傾げます。僕の叫び声は届いたらしく、千早さんは地面で呻く僕を漸く見付けてくれたようです。
「あ……あ、あれ……鈴木くん……生きてる……?……生きてる!!」
相変わらず猛スピード駆け寄ってきた千早さんは、血塗れの僕を躊躇なく抱き寄せます。こんな大胆な千早さん初めてです。
「あぁ……ぐっ……っぁ……」
いや実は既に大分前から生きてはいないんです、とか、言いたいことは、この場に転がる狼さんの死骸よりたくさんあるんですが、この痛みの中ではとても言葉に出来ません。
影が害されるのが、こんなにも辛いことなんて知りませんでした。きっと友人が経験した火葬といい勝負になるんじゃないでしょうか。
実態のない影技は無敵だと思っていましたし、便利なんでよく利用してたんですが、ちょっとこれからは慎重にいかなければいけません。
逢坂千早17歳。僕の獲物、もとい恋人は、聖なる剣を使えます。
……もう、この際このまま死んだ方が楽なんじゃないかなって、ちょっぴり心が折れかけているのは内緒です。
五話くらいまでは、ほぼ転載作業なのでぽんぽこ投稿していきまーす。




