悪役令嬢の属性は、やっぱりゲームと同じ闇属性でした
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、マリナ」
カーテンが開けられ、朝の光が部屋へ差し込む。マリナはいつものように着替えを用意しながら、レティシアを振り返った。
「今日は鑑定の儀ですね」
「ええ」
今日、レティシアは十三歳になった。
この国では十三歳になると、身分に関係なく教会で鑑定の儀を受ける。鑑定の儀は月に一度行われているが、貴族は予約して個別に受けることが多い。
鑑定が行われるのはルミナ教の教会だ。ルミナ教は光の女神ルミナを信仰する宗教で、グラディス王国をはじめ周辺諸国で広く信仰されている。
今日、レティシアが向かうのはローレン領にあるルミナ教会だった。
「ようやく分かるのね」
レティシアは小さく呟き、自分の手のひらを見た。
前世のゲームでは、自分――レティシア・ローレンは闇属性だった。そのため、七歳の頃から闇属性の魔法を使おうと何度も試してきたが、結局今日まで一度も成功していない。
使えるようになったのは無属性魔法だけだった。
(本当に鑑定しているのかしら?)
十三歳になるまで属性が分からず、鑑定を受けたあとから、その属性の魔法を習い始める。それなら単純に属性を調べているのではなく、この儀式そのものが何かのきっかけになっている可能性もある。
(もしかしたら、鑑定というより属性を付与しているのかもしれないわね)
六年間ずっと気になっていたことだった。今日になれば、それも分かるかもしれないと思うと、少しだけ胸が高鳴った。
もっとも、闇属性が使えないからといって、この六年間何もしなかったわけではない。レティシアは毎日のように魔力の鍛錬を行い、無属性魔法を練習してきた。
幼い頃から魔力を鍛え続けた結果、今では常人とは比べものにならないほどの魔力量になっている。剣の稽古もずっと続けていた。
朝食を済ませると、レティシアは教会へ向かう準備を整えた。玄関を出ると、すでに騎士団長のマックと数名の騎士が待っている。
「今日はよろしくお願いします、団長さん」
「お任せください。しっかり護衛させていただきます」
騎士団長には、七歳の頃から剣を教わっている。最近では「もう教えられることはほとんどありませんな」と言われているが、それでも時間が合えば稽古の相手をしてもらっていた。
レティシアが馬車へ向かおうとしたところで、ふと思い出す。
「そういえば、この間の洞窟はどうでしたの?」
「ああ、あそこですか」
騎士団長が頷く。
「まだ魔物が増える前でしたので、被害もなく討伐できました」
「それは良かったです」
レティシアはほっとして、表情を緩めた。
「発見が早かったのが大きかったですな」
騎士団長は少し笑った。
「お嬢様の考えた石鹸を買いに来る商人が増えたでしょう? そのせいで以前はほとんど使われなかった道にも人が通るようになりました。そこで洞窟の近くに魔物が増えているのを商人が見つけたのです」
「今まで使われなかった道にも、人が通るようになっていたのですね」
「あと三年も放っておけば、かなり面倒なことになっていたかもしれません」
「まあ。それなら、本当に早く見つかって良かったわ」
そう答えながら、レティシアはゲームの記憶を思い出していた。
その洞窟の名前は、グラナ洞窟。ゲームにも登場する場所だった。
本来なら三年後、洞窟の内部で増え続けた魔物が一斉に外へ溢れ出し、主人公と攻略対象たちが討伐へ向かう。それが戦闘イベントの一つになっていた。
(あのイベントなくなったのね)
レティシアは少し驚きながら騎士団長を見る。
自分はただ石鹸を作っただけだ。それを買いに来る商人が増えたことで人の流れが変わり、ゲームでは三年後に起きるはずだった事件が、その前に発見された。
(こういうこともあるんだ)
ゲームで知っている未来だからといって、必ずその通りになるわけではない。自分が違う行動を取れば、その影響は思っている以上に広がっていくのかもしれなかった。
「石鹸事業も好調ですし、ローレン領は以前よりずいぶん賑やかになりましたな」
「団長さんたちが治安を守ってくださっているおかげです」
「そう言っていただけると、騎士たちも喜びます」
そんな話をしながら、レティシアとマリナは馬車へ乗り込んだ。騎士団長たちは馬に乗り、馬車を囲むようにして出発する。
しばらくすると、町の中に建つルミナ教会が見えてきた。
大きな石造りの建物で、正面には背の高い扉があり、その上には色とりどりのガラスを組み合わせた大きな窓がある。
馬車を降りたレティシアは、建物を見上げた。
六年間待っていた鑑定だと思うと、少し緊張してくる。
マリナと並んで扉をくぐった。
中へ入ると、高い天井の下に長椅子が何列も並んでいた。壁には光を模した装飾が施され、色ガラスから差し込んだ光が石造りの床へ淡い模様を作っている。
一番奥にある祭壇の後ろには、一人の女性をかたどった大きな像が立っていた。長い髪を背中へ流し、両手を静かに広げている。
光の女神ルミナ。
頭の後ろには太陽を思わせる円形の装飾が置かれていた。
(こういうところは、前世の教会と少し似ているわね)
当然、十字架はない。それでも建物の雰囲気には、どこか懐かしいものを感じた。
レティシアが周囲を眺めていると、奥から白い法衣を着た司祭が歩いてきた。
「お待ちしておりました、レティシア・ローレン様」
「本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。では、鑑定の準備はできておりますので、こちらへどうぞ」
祭壇の横にある扉から、別の部屋へ案内される。部屋の中央には一つの机があり、その上に透明な水晶玉が置かれていた。
レティシアは思わず覗き込んだ。
「こちらで調べるのですか?」
「はい」
司祭が水晶玉の前を示す。
「両手を水晶へかざし、女神ルミナ様へ祈りを捧げてください」
「分かりました」
レティシアは水晶玉の前に立った。
透明な水晶を見つめながら、ゆっくり両手をかざす。何が起きるのだろうと思いながら、言われた通りに目を閉じた。
(祈ると言われても……)
少し迷ったあと、素直に今日の鑑定が無事に終わるよう願った。
その時、胸の奥にある魔力が動いた。
「……っ」
レティシアはわずかに肩を震わせた。
いつも自分で魔法を使う時とは違う。何かに触れられたような感覚がして、そのまま魔力の質そのものが変わっていく。
(何、これ?)
思わず胸元へ手を動かしそうになったが、そのまま水晶へかざしておく。
今まで感じていた魔力とは明らかに違った。冷たいわけでも、熱いわけでもない。それでも、自分の中にあった何かが別の形へ変わったことだけは分かる。
六年間ずっと扱ってきた魔力だからこそ、その違いがはっきりと感じられた。
レティシアはゆっくり目を開いた。
透明だった水晶玉が、黒い光を放っている。
(黒……)
予想していたはずなのに、実際に目の前で見ると心臓が少し速くなった。
司祭も水晶を見つめていた。
「これは……珍しいですね」
「何属性ですか?」
「闇属性です」
(やっぱり闇属性なのね)
思わず水晶を見つめ直す。
ゲームの設定と同じだった。予想していたことではあるが、本当に闇属性だと分かると嬉しさと同時に、少しだけ安心した。
この世界はゲームと違う部分もある。それでも、自分の属性についてはゲームの知識が当たっていた。
ただ、一つ気になっていたことがある。
レティシアは少し迷ってから司祭を見る。
「闇属性というのは、やはり邪悪な属性なのですか?」
ゲームでは悪役令嬢の使う属性だった。
自分自身はそう思っていない。それでも、この世界の人々まで同じように考えているとは限らなかった。
司祭は穏やかに首を横へ振る。
「いいえ。そのようなことはございません」
「そうなのですか?」
「属性はすべて女神ルミナ様から授けられるものとされています。女神がお与えになったものを、教会が邪悪だと否定することはありません」
その言葉を聞いて、レティシアは少し肩の力を抜いた。
「ただ、闇属性は非常に珍しい属性です。そのため、よく知らない方の中には不吉なものと考える方もいらっしゃいます」
「やはり、そういう人はいるのですね」
「残念ながら」
(いきなり異端扱いされなくて良かったわ)
少なくとも教会そのものから危険視されるわけではない。それが分かっただけでも、かなり安心できた。
鑑定を終えると、レティシアたちは屋敷へ戻った。
帰宅して着替えを済ませたあと、そのままヴィクトルの執務室へ向かう。
「お父様、鑑定が終わりました」
「どうだった?」
ヴィクトルが書類から顔を上げた。
レティシアは一瞬だけ父の反応を気にしながら答える。
「闇属性でした」
「闇か」
ヴィクトルは少し驚いたように目を見開いたが、それだけだった。
「風か水になると思っていたが、外れたな」
ヴィクトルは風属性で、エレノアは水属性だった。
あまりにも普通の反応だったため、レティシアの方が拍子抜けしてしまう。
「驚かないのですか?」
「属性は親子で似ることが多いというだけで、必ず同じになるわけではない。何代か前の血筋に闇属性を持つ者がいたのかもしれないな」
ヴィクトルはあっさり答えた。
「属性など本人が選べるものでもない。気にしても仕方あるまい」
レティシアはその言葉を聞いて、少し嬉しくなった。
司祭から邪悪な属性ではないと聞いてはいたものの、父がどう思うかまでは分からなかった。だが、ヴィクトルにとっては娘の属性が闇だったというだけのことらしい。
「隔世遺伝のようなものですか?」
「そう考えられている」
「闇属性の魔法を勉強したいのですが……」
「分かっている」
ヴィクトルは少し困った顔をした。
「以前、お前に頼まれて闇属性と聖属性の本を探させただろう?」
「はい」
「やはり、どちらもほとんど出回っていない。特に闇属性は使える者そのものが少ないからな」
結局、この六年間で十分な資料は見つからなかった。
闇属性だと分かった以上、今度こそ実際に魔法を使ってみたい。レティシアは少し期待しながらヴィクトルを見る。
「家庭教師を探してみよう」
「闇属性を使える方がいるのですか?」
思わず少し身を乗り出した。
「いるとは聞いたことがある」
「聞いたことがある、ですか?」
「珍しいので噂にはなっていたが、私も直接会ったことはない」
ヴィクトルが苦笑する。
「見つかるでしょうか?」
「探してみなければ分からん。だが、せっかく使える属性が分かったのだ。学べる相手がいるなら、探してみよう」
「ありがとうございます、お父様」
レティシアは嬉しくなり、素直に頭を下げた。
ゲームでは悪役令嬢レティシアを象徴していた闇属性。それを自分が本当に持っていると分かり、六年間使えなかった闇魔法をようやく学べるかもしれない。
ゲームのレティシアは実際に闇魔法を使っていたのだから、教えてくれる人物もきっとどこかにいるはずだ。
どんな魔法が使えるのか。
レティシアはそれを考えながら、今から少し楽しみになっていた。




