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王子の隣にいるゲームにいない令嬢も転生者だったのね

「レティシア・ローレン。聖女クレアを害した罪、もはや見過ごすことはできない!」


卒業式を終えたばかりの大広間に、アルベルトの声が響き渡った。それまで談笑していた生徒たちが、一斉にこちらを見る。


視線の中心に立たされながら、レティシアは小さく息を吐いた。


――やっぱり、この日は来てしまいますのね。


王太子アルベルト・グラディス。


前世で何度も遊んだ乙女ゲームの攻略対象。そして、自分――悪役令嬢レティシア・ローレンの婚約者。


金髪に青い瞳を持ち、華やかな王太子の制服まで含めれば、前世で画面越しに見た攻略対象そのものだった。黙っていれば、誰もが思い描く王子様に見える。


ただし、一度自分が正しいと思い込むと、他の可能性が見えなくなってしまう。そして今も、レティシアを見る青い瞳には迷いがない。


レティシアが悪い――アルベルトの中では、もうそれが事実として決まっているのだろう。


レティシアの脳裏に、ゲームで見た光景がよみがえる。卒業式の日に婚約を破棄され、断罪される。そこまでは、ゲームで知っていた。


けれど――。


レティシアは少しだけ視線を横へ動かした。


人だかりの前方で、小柄な少女が心配そうにこちらを見ていた。その少女――フィオナは、ゲームの主人公だ。


平民でありながら強い聖属性の魔力を持ち、学園へ特例で入学した少女。本来の物語なら、レティシアから嫌がらせを受け、アルベルトたちに助けられ、この断罪の場では被害者として向こう側に立っているはずだった。


フィオナはレティシアを見ると、心配そうに胸の前で手を握った。その顔を見て、レティシアの表情がほんの少しだけ柔らかくなる。


今のフィオナは、ただのゲームの主人公ではない。レティシアにとって、大切な友人だった。


レティシアはアルベルトの隣へ視線を移す。


柔らかな金色の髪に、清楚な白いドレスを身につけた少女――クレア・ハーディー。


現在、聖属性魔法の使い手であり、この世界で聖女と呼ばれている少女だ。そして、レティシアは彼女をゲームで見た覚えがなかった。


(やっぱり、クレア様のようなキャラはいなかった)


レティシアが前世で何度も周回プレイした乙女RPG――『聖女の恋と王国の運命』。通称『聖恋』には、クレアという聖女は登場しなかった。


というより、クレアというキャラ自体存在しなかった。それなのに今、ゲームでは聖女がいた場所に、このクレアが立っている。


「レティシア」


アルベルトの声に、レティシアは視線を戻した。


アルベルトは明らかに怒っていた。その隣ではクレアが悲しそうに目を伏せている。まるで、自分のせいでこんな騒ぎになってしまったことを申し訳なく思っているかのようだった。


アルベルトはそんなクレアを一度見てから、再びレティシアへ向き直った。


「最後に一つだけ聞こう」


声が少し低くなった。


「クレアに謝罪する気はあるか?」


レティシアは一瞬だけ考えた。だが、考えたところで答えは変わらない。


「……何についての謝罪でしょう?」


広間がざわめき、アルベルトの顔が険しくなる。


「ここまで来ても、まだしらを切るつもりか」


「しらを切るも何も、身に覚えがありませんもの」


(しばらく学園から離れていたし、卒業式が近づいてからも学園の東棟には近づかないようにしてたから、本当に分かんない。ゲームの強制力くらいしか考えられないわ)


「レティシア!」


怒声が響いた。


レティシアは瞬きもせず、アルベルトを見る。アルベルトは一歩前へ出た。


「許すつもりはない。だが、自分のしたことを認め、謝罪するくらいは人として当然だろう」


何をしたというのか具体的な説明もないまま、ずいぶんと一方的だとレティシアは思った。


「お待ちください!」


声を上げたのはミレーヌだった。彼女の隣では、カレンも険しい顔でアルベルトを見ている。


「レティシア様のお話を何も聞いていないではありませんか」


「そうですわ。最初から犯人と決めつけるなんて、おかしいです」


「私も……きちんとお話を聞いた方がいいと思います」


最後に、ソフィーがおそるおそる続けた。


三人とも、この二年間を共に過ごしてきた友人だ。その姿を見て、レティシアはほんの少し胸が温かくなった。


アルベルトの顔がさらに険しくなる。


「黙れ! お前たちは口を出すな!」


三人が息を呑んだ。


「君たちはレティシアの本性を知らないんだ。今は分からないかもしれないが、いずれ私たちが正しかったと分かる!」


「何が正しかったと分かるのですか!」


今度はフィオナが人混みから一歩前へ出てきた。


「レティシア様が、いったい何をしたというのですか?」


「平民は口を出すな」


ノア・ベルフォードが、銀縁の眼鏡越しにフィオナを冷たく見た。


「でも――」


「君には理解できない話だ。平民は平民らしくしたまえ」


フィオナが唇を噛む。


アルベルトが声を上げた。


「お前が話さないなら私が言おう。クレアを闇魔法で拘束し、階段から突き落としておいて、まだ知らないふりをするつもりか! ここまで来て自分の非を認めることすらできない女だったとはな!」


「私が階段から突き落とした?」


(ゲームの罪状と同じだわ)


「聖女として皆から慕われるクレアが、自分の立場を脅かすと思ったのだろう!」


レティシアはクレアを見る。外傷らしいものはもうないため、聖魔法で治療したのだろう。


群衆の中から男子生徒の声が上がった。


「レティシア嬢がそのようなことをするとは思えない。それだけで彼女が犯人だと決めつけるのは早くないですか?」


「それだけではない、闇魔法が使われていたのだ」


アルベルトは自信に満ちた表情をしていた。


「一つお聞きしても?」


レティシアが聞いた。


「何だ」


「なぜ、闇魔法が使われていたと分かったのでしょう?」


それまで黙っていたノアが、待っていたとばかりに口角を上げた。


「そんなことも分からないのかい?」


得意げな表情のまま説明を続ける。


「現場に残された魔力を《残留魔力鑑定》にかけた。結果は闇魔法。つまり、クレア嬢を拘束した魔法が闇魔法だったことは証明されている」


「なるほど」


レティシアは頷いた。


残留魔力鑑定とは、空間や物体に残った、外へ放たれた魔法の残滓を調べるものだ。身体の内側や、身体にまとわせた強化・防御魔法までは基本的に残らない。


確かに、それなら闇魔法が使われたことまでは分かる。


「お前以外に誰がいる!」


グレン・ヴァルドが怒鳴った。


「闇属性は極めて珍しい! この学園で闇魔法を使えるのはお前だけだ!」


「そうですわね」


それは事実だった。少なくとも現在の学園で、闇魔法を使える者はレティシアしかいない。


だから疑われる理由は理解できる。


「そして、聖女であるクレア本人が、レティシアに突き落とされたと証言している」


なんでクレア様がそんな証言をするのだろうと、レティシアは思った。


(クレア様も強制力で動かされているようなところがあったから、そう証言しているのかもしれない)


「もう十分だ!」


アルベルトが腕を振り上げた。


「聖女クレアを殺そうとしたこの女を捕らえろ!」


「私が殺そうとした?」


レティシアが聞き返すと、アルベルトは怒りのまま言葉を続けた。


「聖女として皆から慕われるクレアに嫉妬したのだろう! 自分にはない聖魔法を持ち、聖女として皆から認められ、私からも信頼されるクレアが許せなかった。王太子妃としての立場を奪われることを恐れ、この愚行に及んだのだろう!」


「……」


「その嫉妬に駆られ、ついには命まで奪おうとした! 王太子妃となる者として、最低限の良識はあると思っていた。見損なったぞ、レティシア!!」


(嫉妬……)


レティシアはアルベルトを見る。


(聖女になりたいと思ったことはないし、アルベルトだってゲームでは格好いいと思っていた。でも実際に会ってみたら、この思い込みの強さだもの。とっくに恋愛対象ではなくなっていたわ。むしろ、どうにか婚約を破棄してもらえないかと考えていたくらいなのに)


「グレン!」


グレンが前へ出た。


「皆の傷を癒してきたクレアを害そうとするお前を、俺は許せない。澄ました顔をして、何度もクレアに嫌がらせをして……お前はいったい何を考えているんだ!」


(顔は設定でそうなってるのよ)


グレンがレティシアへ向かってくる。


正面まで来たところで、黒髪に黒を基調とした執事服の男が立ち塞がった。


「ヴィル?」


レティシアは思わず名前を呼んだ。


「お嬢様に危害を加えることは許さない」


「邪魔だ! その性悪女には痛い目を見せてやる!」


そう言って、グレンがヴィルへ殴りかかった。


その瞬間、鈍い音が響いた。


「ぐっ!?」


グレンの体が宙を舞って床へ叩きつけられ、そのまま意識を失った。


(グレンって、こんなに弱かったかしら?)


グレンが倒された瞬間、周囲の騎士たちが動いた。


「待て。ヴィルにはクレアが確認したいことがある」


アルベルトが騎士たちを制止した。


ヴィルは倒れたグレンを冷たい目で見下ろし、その手を執事服の内側へ伸ばした。


「ヴィル」


レティシアが呼ぶと、ヴィルの動きがぴたりと止まった。


「そこまでですわ」


「……承知いたしました」


ヴィルは何事もなかったように手を下ろした。


「それより、なぜあなたがここに?」


「王太子殿下の部下から伝言を受けました」


「伝言?」


「『レティシア様が、卒業式の最後を見届けてほしいと仰っているので来るように』と」


「私が?」


「はい」


当然、そんな伝言を頼んだ覚えはない。


レティシアはアルベルトたちを見る。


「グレン様!」


クレアが倒れているグレンへ駆け寄ると、その手から再び聖なる光が溢れた。


光に包まれたグレンが、しばらくして目を開ける。


「……俺は?」


「大丈夫ですか?」


「あいつ……!」


起き上がるなり、グレンはヴィルを睨みつけた。


「不意打ちしやがって!」


(あなたから殴りかかってましたけど……)


レティシアは口には出さなかった。


グレンは立ち上がると、今度はヴィルを警戒しながらレティシアへ近づいた。


「レティシア! こいつに動かないように命じておけ!」


(それは私に頼むことなの?)


ヴィルが一歩踏み出そうとした。


レティシアが小さく首を振ると、ヴィルの足が止まった。


グレンはレティシアの両腕を乱暴に後ろへ回し、押さえつける。肩に痛みが走った。


「今度は逃がさない」


「逃げるつもりはありませんわ」


ヴィルの目が細くなる。表情はほとんど変わらないが、長く一緒にいるレティシアには分かった。


(怒っていますわね)


「あなた……ヴィルさんですね」


クレアがヴィルへ近づいた。


「何でしょう」


ヴィルの声は冷たい。


クレアは悲しそうに彼を見る。


「かわいそう……」


ヴィルの眉がほんの少し動いた。


「……何がでしょうか」


「ずっとレティシア様に縛られていたんですよね」


「は?」


「もう大丈夫です」


クレアが胸の前で手を組む。


「今、私が自由にしてあげますから」


眩い光がヴィルを包み、大広間全体が白く照らされた。


やがて光が収まったが、そこには先ほどと何も変わらないヴィルが立っていた。


「……え?」


クレアが目を見開いた。


ヴィルは服についた埃を払うような仕草をする。


「今、何をされたのでしょうか」


「そんな……」


クレアの顔が青ざめていく。


「呪いを……あなたにかけられた服従の呪いを解いたはずなのに」


(クレア様も『聖恋』を知っている? まさか……転生者?)


ヴィルはしばらくクレアを見たあと、静かに答えた。


「何のことでしょうか? 私の意思でレティシア様に仕えております」


「……え? そんなはずない!」


クレアの声が初めて大きくなった。


クレアは再び聖魔法を放った。白い光がヴィルを包むが、何も起きない。


「もう一度……!」


三度目も結果は同じだった。


「どうして……」


クレアの顔から、先ほどまでの慈愛に満ちた表情が消えていた。


「ゲームと違うじゃない……! ここで解放されるはずだったじゃない!」


レティシアは思わずクレアを見た。広間もざわつく。


ゲーム――その言葉の意味を理解した者は、ほとんどいないだろう。だが、レティシアには分かる。


(やはり、クレア様も転生者だ)


「クレア嬢」


ノアの声が割って入った。


「そんな下民に近づく必要はないよ」


ヴィルを見る目には、露骨な侮蔑が浮かんでいる。


「主が主なら、従者も従者ということだ。侯爵令嬢ともあろう者が、こんなろくでもない人間をそばに置いている時点で程度が知れる」


「ノア様……」


「危険だ。クレア嬢は近づかない方がいい」


レティシアは念のため、ヴィルへ小さく首を振り、動かないよう合図した。


アルベルトが告げた。


「レティシア・ローレン。君との婚約は本日をもって破棄する」


ようやく来た。ゲームで何度も見た言葉だ。


「そして――国外追放とする」


広間が大きくざわめいた。


クレアは黙ったままレティシアを見ていた。その目が、一瞬だけひどく冷たく細まった。


「待ってください!」


フィオナが再び声を上げた。


「レティシア様は何も――」


「平民風情が黙れ! 自分の身分をわきまえろ」


ノアが怒鳴ると、フィオナの肩が震えた。


「ですが!」


「フィオナ」


レティシアが呼ぶと、フィオナがこちらを見る。


「危ないですから、下がっていてください」


「でも、レティシア様……」


「お願い」


フィオナは悲しそうな顔をし、しばらく迷ったあと、一歩だけ後ろへ下がった。


「国外追放とは、随分と重い処分ですわね」


レティシアはアルベルトを見る。


「理由を伺っても?」


「まだ分からないのか!」


アルベルトが苛立ったように息を吐いた。


「聖女は国の宝だ。君はその聖女の命を奪おうとしたんだぞ! 自分が何をしたか分かっているのか!」


アルベルトは笑顔でクレアを見た。


(さっきからあなたたち、本当の聖女を怒鳴りつけたけどね)


「その聖女を傷つけ、殺そうとした者は国の敵に等しい。昨日、父上を交えた会議でも確認された。これは私個人の判断ではない」


レティシアは妙に納得した。


(そういえば国王陛下、ゲームでもやたらと聖女に甘かったですわね)


聖女伝説が大好きな王で、聖女が現れれば国が栄え、聖女は神に選ばれた存在だという話を本気で信じている。だからゲームの中でも、聖女には色々と協力してくれていた。


「すでにローレン家へ使者を向かわせている」


アルベルトは少し間を置いた。


「連れていけ」


騎士たちが動き出した。


レティシアは抵抗せず、グレンに押さえられたまま大広間の出口へ向かう。


途中で振り返ると、フィオナ、ミレーヌ、カレン、ソフィー、そして静かな怒りを押し殺しているヴィルが、みんな心配そうにこちらを見ていた。


(ヒロインと仲良くしても、国外追放は避けられなかったか)


フィオナをいじめず、攻略対象たちとも仲良くしようと試みた。それでも最後には、悪役令嬢として追放される。


(でも処刑ではないから悪くはないわね。ゲームでは聖女だったフィオナと仲良くなったからか、今回は処刑を避けられたのかもしれない。アルベルトルートなら本来は処刑ですから、国外追放くらいなら問題ありませんわ。むしろ、婚約破棄になったのはよかったわ)


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胸糞王太子と王国に対するざまあに期待しています。
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