貴方の色に染まりたい
「……本当に白で良かったのかい? 君ならきっと赤いドレスだって似合うと思うけれど」
この国の結婚式において、ドレスの色に特段の決まりはない。平民は普段着より少し上等なワンピースを着たり、貴族から下げ渡された中古のドレスを貸してくれる衣装屋などもある。
最近は少しずつ外国からの布地や新しい形のドレスも流通し始め、これまでよりずっとファッションの選択肢も増えてきたところだ。
貴族の結婚披露では、相手の髪や瞳の色をイメージしたドレスを身に纏うことが多いらしい。互いの色をそれぞれ身に着けることで、仲の良さをアピールするそうだ。そういう意味で言うと、確かに私が選んだこのドレスはかなりシンプルで地味にも思えるだろう。
「結婚式の後の夜会では、赤いドレスも着る予定ですよ?」
「うん、それも楽しみだ。でも、君がそれほど白いドレスにこだわるということは……もしかして、何か思い入れでもあるのかな」
不思議そうに問うフェリックス様に、こんなことを言うのは少しだけ恥ずかしいけれど。
「ご存じの通り……私は五歳からずっと、庭師の休憩小屋で暮らしてきました。両親はあの日から私をいない者として扱い、成人する直前に姉の婚約が決まって家の籍から抜かれたのです。なので、侯爵令嬢として社交界にデビューすることは出来ませんでした」
「ああ、そうだったね。それがなければあの日俺は君に会えなかったと分かっていても……辛かった頃の君を助けられなかったことを心苦しく思うよ」
隣に座ったフェリックス様が、そっと私の手を包み込んでくれる。大きく温かなその手をきゅっと握り返せば、赤い瞳が優しく細められた。
「市井に下り、仕立て屋クルールを開いて……色々なご縁を頂き、たくさんの令嬢たちが私の店に来て下さいました。娘のデビュタントだからどうにか素敵なドレスを仕立てたいのだと、限られた予算の中で年若い私に対して頭を下げるご両親の姿は今でも忘れられません。親の愛情とは、これほど深いものなのかと感慨深く思ったものです」
あの時は、お母様がデビュタントで着たドレスを今の時流に合うよう直したのだったか。やはり時間と共に褪せてしまった色を私のスキルで真っ白に変え、出来上がったドレスを見せた時の彼女たちの嬉しそうな笑顔。あれを見た時ほど、私は自分のスキルを誇らしく思ったことはない。
「自分が歩んできた人生を後悔したことはありません。あの日々がなければ、それこそフェリックス様にも会えなかったでしょうし……彼女たちのように、私の力で笑顔に出来た人が確かにいましたから。けれど、ひとりの女性として……やっぱりデビュタントの白いドレスは着てみたかったなと、それだけが少し心残りで」
「ああ……なるほど」
同年代の友人もおらず、学校にも通わせてもらえなかった私が例え成人の歳にデビュタントへ参加しても、きっと心から楽しむことは出来なかっただろう。だから、あの頃に戻ってやり直したいとは思わない。娘の成長を祝い、おめでとうと笑いかけてくれる血の繋がった両親ももういないのだ。
デュラン家は結局、娘が犯した罪の責任を問われ子爵位に降爵された。それ以前にヴィクトリアが牢に入れられた時点で母は精神に異常をきたし、貴族女性が療養生活を送るための修道院に送られたそうだ。そちらへ移ってさほど経たないうちに、労働の最中の事故で亡くなったと聞いた。奇しくもそれは、ヴィクトリアが処刑されたのと同じ日のことだったとか……。
一方父は、娘と妻を同時に失い一気に老け込みながらもなんとか領主としての仕事をこなしていたようだ。けれどある朝、なかなか起きてこない主人を心配して侍従が寝室に入ったところ、眠ったまま息を引き取っていたらしい。元々何か病気があったのか、過労や心労が重なったせいか。結局その原因については分からなかったそうだ。
『今後一切我が家との関係を口にせず、繋がりや援助を求めることのないように』
最後に父と交わした会話の通り、私はもうデュランの娘ではなくなった。亡くなった両親の墓に行く気はないし、今後のデュラン家について口を出すつもりもない。王太子妃となった私に対して一度だけ手紙が来ていたようだけれど、それはフェリックス様が確認して処理して下さった。君は何も心配しなくていいよとの言葉に、申し訳ないけれど安心したのも確かだ。
ひとり残された弟は確か、成人したばかりくらいの年齢だったと思う。私は彼と直接顔を合わせたことがなく、姉の噂話でしかその存在さえ知らないためあまり実弟という実感がない。一応彼が家を継ぐことも出来たけれど、まだ年若く経験もないため遠縁の叔父に爵位を譲ったと聞いた。今後どのようにして生きていくのかは分からないけれど、考えてみれば私があの家を出て平民として働き始めたのとほとんど同じ年齢なのである。本人のやる気さえあれば、きっとなんだって出来るはずだ。願わくはそこで、やり甲斐のある仕事やいい出会いに恵まれればいい。
血縁者との縁は薄く、いい関係を築くことは出来なかったけれど。結婚という節目で白いドレスを着られたら……それがひとつの終わりであり、新たな一歩にもなると思うのだ。
「それから、実は……もうひとつ意味があるのです」
「というと?」
「私は色変えのスキルを授かって、触れたものを望む色に変えられる力があります。だからこそ、私自身はこの真っ白な色を身に纏い……染まるならば、貴方の色でありたい、と。そういう、願いを込めて……」
こんなこと、はしたないと思われるだろうか。熱い頬を軽く押さえつつ、ちらりとフェリックス様の表情を見上げる。
ぴたりと隣に座った彼は何かを耐えるようにぐっと歯を噛みしめ、ふぅっと長い溜息を吐いた。
「えっと、あの、ごめんなさ──」
「……可愛すぎる」
幻滅されてしまっただろうかと、繋いだ手を解こうとした私の身体が強く引き寄せられた。ぎゅっと強く抱きしめられた耳元で、フェリックス様の呟きが聞こえる。耳をくすぐる吐息はなんだかとても甘く、心臓の鼓動が早鐘を打った。
「真っ白いドレスを着た君と、式を挙げる日が待ち遠しいな……望み通り、頭の上から足の先まで全て俺の色で染めてあげるから」
「はっ、はぃ……お願いします……」
覚悟しておいてと少し意地悪く笑い、口端にちゅっと口付けられる。
彼の本気が凄すぎて、私の覚悟は全然足りなかったと知るのは──もう少しだけ後のことだ。
お読みいただきありがとうございました




