異変
――明治三十八年。
肌を刺すような寒さの残る早春。
俺は怪我を負った親友である雪之丞と、はぐれた隊に合流するため、満州の平地を歩いていた。
「戦争は終わりだ、日本に帰るぞ」
「ああ、満州でくたばるのは嫌だ……寒いな、鹿之助」
「帰る頃には暖かくなるさ」
しばらく歩くと林が見えてきた。
「……。」
「寝るな!貴様」
「……鹿、水が飲みたい」
「水筒は空だ。隊にもどるまで我慢しろ」
「……頼む」
「……」
雪之丞の出血は激しく地面には血痕を残していた。
最期の頼みなのだなとこの時思った。
「……水の音だ」
川が林の中で流れている様な音が聞こえ、俺は雪之丞を座らせた。
「汲んでくるから、動くなよ」
「……ああ」
一度俺は時間を確認すると懐中時計は二時を指していた。
俺は川を探しに林に入ると、妙な感覚があった。
「……気のせいか」
気にせず水の流れる音を頼りに林をしばらく歩くと川があった。
俺は水筒を水で満たした。
そこで違和感に気づいた。
肌を刺すような寒さがない。
むしろ、春のような暖かさを感じた。
聴いたことのない鳥の鳴き声が響き、とても静かだった。
俺は胸騒ぎを覚え、雪之丞の元へ走った。
しかし、走っても走っても林を抜けない。
方角は間違えるはずがない。俺の足跡を辿ってきたのだから。
しかし、林の途中で俺がつけた足跡はプツリと途絶える。
「雪之丞ー!!」
俺は大声で呼んだが、返事はない。
雪之丞がいた所には花が咲き乱れている。
「雪之丞!どこだー!」
どこを探しても雪之丞はいなかった。
それどころか、先程まで歩いていた平地すらない。
(そこまで遠くには入ってないはずだ)
俺は懐中時計を見ると二時を指していたはずだった時計が、十一時を指していた。
三時間『戻って』いる。
(馬鹿な、どういう事だ?壊れたのか?いや、それにしては壊れ方がおかしい)
途方に暮れていると、子供の泣き声が聞こえた。
(こんなところに子供?)
それも、泣き方が異常だ。
まるで助けを求めるように泣いていた。
(雪之丞……すまん)
俺は泣き声のする方向へ走った。




