新しい家族
クラプフェンを一つと、紅茶と果物を食べさせていただいた。
そんなにたくさん食べられるわけではないから、残してしまうことが申し訳ないと思っていたら、私の気持ちを汲んでくれたようにルーゼが残りのお食事をたくさん食べてくれた。
アルベール様はルーゼを指でつつきながら「ずいぶんよく食べるのだな。うまいか?」と言って、にこにこしていた。
お食事を終えた私をアルベール様は抱き上げようとしたのだけれど、「せっかくですから、歩きたいです」と言うと、私の手を引いて立たせてくださった。
美しい庭園を手を繋ぎながら、ゆっくり並んで歩く。
薔薇の塀は背が高くて、二人きりで薔薇の迷路の中に迷い込んでしまったように思える。
花にとまっている青い蝶がひらひらと飛び立って、再び花にとまって蜜を吸っている。
背の高い木に生っている赤い実を、小鳥が啄んでいる。
ルーゼは私たちの傍を、白い翼をぱたぱたと羽ばたかせて飛んでいる。
アルベール様に「俺の中に戻らないのか?」と問われたけれど、そんな気はなさそうだった。
「君の母上は、どんな方だった?」
「お母様は……穏やかな人でした。いつも、優しくしてくれました。でも、今思うと、色々なことに耐えていたのかもしれません。だから、病気になったのかもと、思います」
「耐えていた?」
「はい。……お父様は、お金を稼ぐことが得意な人でした。公爵家も、お父様のお陰で裕福に。けれど、滅多に家に帰ってこなくて、……よく考えれば、お母様が亡くなってから後妻としてすぐに現れた、義理のお母様とそのころからよい関係だったのかもしれません」
「浮気ということだな」
「はい」
「君は母上に似たのだろうな。我慢強く、苦痛を表に出さない。凜として咲く百合の花のようだ」
「……お母様に似ているのなら、嬉しいと思います。優しく、綺麗な人でした。私の、憧れです」
お母様の顔も声も、だんだん思い出せなくなってきている。
けれど、お母様と一緒にいたころは、私は幸せだった。
きっと私が悲しい思いをしないように、不安にならないように、お母様は気丈に振る舞ってくれていたのだろう。
「しかし……君の父は、最低な男だな。俺は今でも、許せない。……リィテ、あの男のことは、忘れろ。他の男のことも」
「はい。……大丈夫です、アル様。私は、アル様だけです。……他の男性に触れられると思うと、怖くて、体が竦んでしまいますから」
「他の男が君に触れるなど考えたくない。そのような男がいたとしたら――そうだな。殺すしかない」
「アル様……」
「すまない。つい、癖が。いや、だが、俺は本当にそうするだろう。だから、リィテ。俺の傍から離れてはいけない」
「はい。……私を、離さないでいてくださいますか?」
「当然だ。絶対に、離さない」
想像だけで嫉妬をしてくださるアルベール様がなんだか可愛らしくて、私は微笑んだ。
アルベール様は繋いでいる私の手を引き寄せて、手の甲に軽く口づける。
「即位の儀式を早めよう。君との婚礼の儀式を同時に行いたい。……恋愛にも順序があるように、結婚にも順序があるとは思うが、君からの了承はもう得たのだから、構わないな?」
「はい。もちろんです、アル様」
不安が――全くないというわけじゃない。
けれど、きっと大丈夫だ。
アルベール様が私を守ってくださる。その気持ちに応えたい。
私は、私のできる限りの努力をしよう。この国の王妃として、認めていただけるように。
「美しいドレスを作ろう、リィテ。君と過ごす部屋を整えて……それから、婚礼の儀式が終わったら、君を抱きたい。いいか?」
「……はい」
「怖くは?」
「アル様。……私、男性が怖いのだと思っていました。けれど、アル様は怖くない、です。アル様に触れられると、熱くて、……体が、とけてしまうみたいで、……恥ずかしい、ですけれど、とても、幸せ、です」
「リィテ……」
アルベール様は不意に胸をおさえると、よろよろとうずくまった。
「アル様! どうしました、お加減が……?」
「あまりにも可愛くて、衝撃を受けているところだ……リィテ、可愛い。駄目だ、可愛い」
「アル様……」
私はおろおろしながら、アルベール様に手を差し伸べる。
差し伸べた手を引き寄せられて、アルベール様の腕の中に閉じ込められる。
抱きしめられると、薔薇の香りと土の香りが強く感じられる。
庭園の通路に座り込んで抱きしめられると、綺麗なドレスが汚れてしまうことが気になった。
けれど、私の首にアルベール様が顔を埋めてくるので、その背中に手を回した。
「リィテ……可愛い。可愛い。可愛い」
「……落ち着いて、アル様。お洋服が……」
「落ち着けない。服など、どうでもいい。可愛いな、リィテ。君の可憐な声が、俺に愛を囁いてくれる。夢のようだ」
首筋に、唇が触れる。
びくりと震える私の耳に――愛らしい声が、響いた。
「兄上! 転んだのですか?」
「お兄様、転んだのですね」
「お姉様、お怪我はないですか?」
とても愛らしい顔立ちの少年と、ふわりとしたドレスを着た妖精のような少女が二人、私たちの元へと駆け寄ってくる。
アルベール様は私の首筋から唇を離して「あぁ、隠れていたのに。見つかってしまった」と、小さな声で言った。
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