溺れるほどの愛情を
私は――何か、よくないことを言ってしまったのだろうか。
アルベール様の憤りに見開かれた瞳に、不安げな私の姿がうつっている。
あぁ、私。
不安そうな顔をしている。
エルデハイムでは何が起っても、感情を表に出さないようにしていた。
そうするように、しつけられていたから。
そうしなければ、お父様から罰を受けたから。
けれど、今の私は公爵令嬢ではない。何者でもない、リリステラだ。
だから、なのだろうか。仮面をかぶって取り繕うことが、できなくなってしまっている。
「リィテ」
「……はい」
妾と言ったのが、いけなかったのだろうか。
アルベール様から頂いた言葉に、浮かれてしまって。何者でもない私は、妾さえ、勿体ない――。
「リィテ。二度と、言うな」
「アル様、申し訳ありません、私……っ」
「君を妾にするなど……! そんなわけがないだろう! 俺が愛するのは、君だけだ、リィテ」
「アル様……?」
「言葉が足りなかったのだろうか。リィテ、俺は君を愛している。図書室で泣いていた君を見て、それから君と言葉を交わして――誰に貶められても、背筋を伸ばして顔をあげている君は、強く気高く美しかった」
叱られるのだと、身を硬くしていた私は――アルベール様の絞り出すような声に、その言葉に、ぱちりと瞬きをした。
瞬きをすると、涙がこぼれる。
悲しくも、怖くもないのに。透明な雫が、頬を伝って落ちた。
「けれど俺は、君の奥にある優しさを、聡明でありながら幻獣に憧れる無邪気なところを知っている。心の底から、君が欲しいと思った。恋をしたのはこれがはじめてだ、リィテ」
「でも、私は……」
「何の覚悟もなく、君をフェデルタに連れてきたりしない。これでも、皇帝になる者だ。君の立場は理解しているつもりだ。念のために伝えておくが、俺には婚約者はいない。恋人もいない。そのような関係になった者も、一人もいない」
「……っ、はい」
ぐいっと、顔が近づく。
吐息が触れあうほどに近づいて、視界がぼやける。
もう一度唇が触れあって、離れていく。
「リィテ。好きだ。俺が君を攫ってきたのは、俺の妻にするためだ。後宮などという場所には、幾人もの妻がいるのだと君が思うのも無理はないが、俺には君だけだ。他の女などいらない」
「でも、アル様」
「君は、俺が嫌いか?」
私は首を振った。
嫌いなわけがない。でも――。
「……好きです。でも、私は……アル様に、ご迷惑をかけたくないのです」
「迷惑?」
「何も持たない他国の私は、言葉も、まだうまく、話せません。……王妃として、相応しくない、です」
「リィテ。王は愛する女性を自由に娶ることができる。一番偉いのだからな。相応しくないなどと、言うな」
「アル様、いけません。お気持ちは、嬉しいです。ですが……」
「どれほど言葉を費やせば、君の心は自由になるのだろう。余計なことに惑わされずに、俺だけを見てくれるのだろう。俺を愛してくれるのだろうか」
「……私は、アル様が好きです。だから、……アル様が私のせいで、困るのは、嫌なのです」
「俺はリィテを愛しているのだから、誰にも文句を言わせない。文句を言った者は、全員消し炭にしてやろう。……すまない。今のは言い過ぎた」
困ったように「感情的になると、口が悪くなるのだ、俺は」とアルベール様は言った。
それから、私の頬や額に、唇を落とす。
「今度から、君が、俺から逃げるようなことを言うたびに、キスをしよう。君が俺の愛を疑わなくなるまで、何回も。……愛を疑わなくなっても、したいな。ともかく、リィテが可愛いと感じたら、する。いいか?」
「……あ……あの、それは……」
「愛を疑った君への罰だ。それから、可愛すぎる罰、だな」
「アル様……っ」
幾度も唇が落ちる。額に、目尻に、耳に。髪に。
そのたびに体が震えて、熱を持って。
おかしくなってしまいそうだった。
「……アル様、私、もう……」
「もう、何?」
「分かりました……分かりました、から……っ、だめ、です……もう、終わりに」
「リィテ。可愛い。なんて可愛いのだろうな、リィテ。好きだ。リィテ……結婚しよう、今すぐに」
「……っ、はい、アル様、アル様……っ」
首筋に、鎖骨に、唇が触れる。
恥ずかしくて、皮膚がぞわりとして、甘く淫らな感覚で体がいっぱいになる。
くたりと体から力が抜けていく。
アルベール様は嬉しそうな笑みを浮かべると、私を力強く抱きしめた。
私はアルベール様の事を体にじゃれつく猫のようだと思ったけれど、猫ではなくて、もっと大きくて獰猛な獣みたいだった。
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