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もう一度、はじめまして



 緋色のドレスに着替えた私は、侍女の方々に手を取ってもらって立ち上がる。

 レベッカさんが扉を開くと、広い通路の壁にアルベール様が腕を組んで寄りかかっていた。

 扉が開いたのに気づいたように、閉じていた瞳を開き顔をあげると、大股で部屋へと入ってくる。

 ずかずかと部屋に入ってきたアルベール様は、私の姿を上から下まで眺めた。

 それから、私の腰を徐に掴んで、軽々と抱き上げた。


「軽い……」


「で、殿下、せっかく準備をしたのですから、お待ちくださいと申し上げたではないですか……」


「一刻も早く俺の愛しのリリステラに会いたかったのだ。いいか、レベッカ。これは――初恋だ」


「それはようございました。ですが、殿下」


「二十歳にして俺は恋に落ちた。初恋とはすごいな、リリステラ以外の全ての人間が、すごくどうでもよく思えてしまうな」


「今、殿下は王として結構最低なことを言っているのですが、気づいていますか? 一途なことは大変よろしいと思いますが、リリステラ様が怯えてしまいます」


「怯える? 怯えているのか、リリステラ……俺が、怖いだろうか」


 レベッカさんを筆頭に、侍女の方々がアルベール様を睨み付けている。

 アルベール様は悪びれた様子もなく、幼い子供にするように抱き上げた私を一度降ろして、それからもう一度今度は横抱きに抱き上げた。


「俺が怖いか、リリステラ」


「……怖くは、ありません。アルベール様は、私を助けてくださった方ですから」


 ただ、驚いてしまった。

 こんなにはっきり、誰かから好意を向けていただいたことなんてなかったから。


「そうか。よかった。女性というのは血が苦手だろう? 二度も、怖い思いをさせてしまったから、残酷な男だと怯えられたらどうしようかと思っていたんだ。女性の前で剣を抜くというのはあまり歓迎されたことではないからな」


 二度――というのは、街で襲われていた私を助けてくださったとき。

 それから、断罪から私を助けてくださったときのことだろう。

 私はまだ、きちんとお礼も言えていない。


「あ、あの……アルベール様。私」


「リリステラ。美しいな! 俺は女性の美醜にあまり興味がない方ではあるのだが、君だけは美しいと感じる。緋色のドレスがよく似合っている。……それは、俺たちの思い出の色だろう。ふふ……嬉しいな、嬉しい」


 アルベール様は黙っていると少し威圧感のある方だけれど、笑うと幼くなる。

 眉をさげて、目を細めて笑顔を浮かべるアルベール様がどこかお可愛らしくて、私はきゅっと口をつぐんだ。


「リリステラ。君は、丸一日眠っていた。俺は心配で、どうにかなりそうだった」


「そんなに、眠っていたのですか……?」


「あぁ。ずっと君の寝顔を見て、君の頬に触れて、その美しい手に口づけていた。だが、レベッカに追い出されてしまってな。苦痛に倦み疲れたあとの寝起きの顔など見せたい女はいないのだと言って。俺はどんな君でも、美しいと思うのだが」


「同意もなく眠っている女性に触れるのは、許可できかねます。リリステラ様の侍女として、私にはリリステラ様を守る義務があるのです」


 二人で話をしていたときのレベッカさんは、明るく賑やかな方という印象だったけれど、アルベール様と話しているレベッカさんは、冷静で厳しいという感じがする。


「それでこそ、俺の選んだ侍女だ。皆、リリステラのことをよろしく頼む。もしこの王宮に、リリステラの身を脅かすようなものがあれば、すぐに俺に言うように」


 侍女の方々は、「わかりました」「もちろんです殿下」と言って、礼をする。

 私は結局お礼も言えないまま、アルベール様の精悍な顔を見上げていた。

 アルベール様は私の視線に気づいたように、金の瞳で私を見つめて、太陽みたいな明るい笑顔を浮かべた。


「悪夢は見なかったか? 心穏やかに眠れただろうか。レベッカはヒーラーだ。君の心が癒されるように、香を焚き、部屋を整えてくれたのだが」


「とてもよい香りがしました。……ありがとうございます、レベッカさん。りんぱ、も、気持ち良かったです」


 私は少しつっかえながら、言った。

 フェデルタ語については家庭教師の先生から教えられていたから、文字を書くことはできる。言葉を聞いて理解することもそこまで苦ではないけれど、フェデルタの方々と話すのはこれがはじめてだから、実際に言葉を紡いだ経験はほとんどない。

 通じただろうかと少し不安になったけれど、レベッカさんがにこにこしながら「喜んで頂けて嬉しい。毎日、リリステラ様を癒させていただきますね」と言ってくれたので、ほっとした。


「女性たちの間で流行っているというマッサージのことだな。……俺も、ヒーラーの資格を取るべきか。リリステラ、俺も君に触れたい」


「え……」


「というのは冗談で、八割本気だ。だが今は、食事にしよう。よく寝た君は、美しい風景を眺めながらゆっくり食事をするべきだな。そのあとは、王宮を案内しよう。いいか?」


「はい。……ありがとうございます、アルベール様」


「あぁ。……そうだ」


 アルベール様は自信に満ちた、一番星みたいな瞳をきらきらと輝かせながら私を見つめる。


「改めて自己紹介をしよう。アルベール・フェデルタだ。リリステラ。はじめまして」


「……あ」


 私はアルベール様の立派な軍服に似たお召し物を、きゅっと握った。

 それから、精一杯の笑顔を浮かべる。


「リリステラです。……全てを失いましたから、ただの、リリステラです。……はじめまして、アルベール様」


「……可愛いな。大変だ。可愛い」


「……えっ、あ……」


 アルベール様はふと真顔になったあと、ぐりぐりと私の頭に自分の顔をすりつけた。

 なんだか、猫みたいだった。





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