リリステラ、磨かれる。
レベッカさんに連れられて、私は広い浴室へと案内された。
後宮の浴室というのは驚くほど広い。この量のお湯をどうやって運んで、どうやって沸かしているのかしらというぐらいに。
脱衣所でテキパキと寝衣を脱がされると、私の体には薄手の布が巻かれた。
私は大人しくしていた。ここは私の国ではないので、礼儀も作法も違うだろう。
レベッカさんのしてくれることに抵抗する気はない。
アルベール様の妾になれるのだとしたら、私は喜んでそれを受け入れるべきだ。
死の淵から、救っていただいたのだから。
「リリステラ様、私には一級ヒーラーの資格があります。ですから、私のマッサージはとても気持ちいいと思うので、安心して身を任せてくださいね。お肌もツヤツヤになりますし、リリステラ様は細いのでその必要はないとは思うのですが、リンパも流れてスッキリ爽快です」
「りんぱ……?」
「エルデハイムではしませんか、リンパマッサージ。フェデルタの貴族の間では、今、大流行しているのですよ」
私は暖かな石の台座のような場所へとうつ伏せで寝かされる。
浴室の中はよい香りが漂っていて、石造りの大きな浴槽にはたっぷりお湯が張られているけれど、広いせいか熱気はあまり感じない。
石なのにあたたかいし、妙にふわりとしていて痛くない。
不思議な場所だ。
「さぁ、リリステラ様。今までの大変だったことを全て忘れて、ゆっくりしてください」
布を折りたたんで作ってある枕に顔を埋めて、私は何が起こるのだろうと内心緊張していた。
背中は──お父様に、幾度も叩かれた場所だ。
だから、体に緊張が走ってしまう。怖くない。怯えているわけではないのに。
どうしても、思い出してしまうのだ。
レベッカさんは私の体に巻いている布を外すと、とろりとした蜜のようなものを私の背に塗った。
繊細な手のひらが、慈しむようにして私の体を滑る。
「とっても肌が綺麗です、リリステラ様。私の手で、もっと研いて差し上げますね。アルベール様に美しい姿を見ていただきましょう」
「……ん」
私は、返事の代わりに小さく吐息を吐き出した。
確かに驚くほどに気持ちよくて、体が雲の上にふわりと浮かんでいくようで、すぐに眠気が襲ってくる。
凝り固まった体の筋肉が、一つ一つほぐれていくようだった。
緊張も、恐れも、手が滑るたびに剥がれ落ちていく。
いつの間にか、私はうとうとしていた。
レベッカさんに起こされた時にはどういうわけかうつ伏せから仰向けになっていて、髪まで綺麗に洗われて、体に薄い布がかけられていた。
「リリステラ様、気分は悪くないですか?」
「……すごく、気持ちよくて。寝てしまいました」
「最上級の褒め言葉です。さぁ、最後にお湯に浸かりましょう。リリステラ様がお休みになってくださって、私は嬉しいです」
広い浴槽に浸かって体を伸ばす。
今までの私が、お湯に溶けて消えていくみたいだ。
目を伏せると、エルデハイムで最後に見た光景が、瞼の裏側に映る。
腕を落とされたジョシュア様。もがき苦しむラウル様とミリアさん。悲鳴をあげる、私の家族だった人たち。
あれはアルベール様の行ったことだけれど──私の齎した呪いのようだ。
私がそう望んだから、皆を苦しめた。
けれど今となってみれば──気怠い諦念のようなものが、残っているだけだ。
憎しみも。怒りも。本当にそこにあったのか、私にはわからない。
私は命を断つつもりだった。
最後の、意趣返しのようなものだった。
本当に、呪われて欲しいなんて思っていなかった。
エルデハイムにいる人たちに、私は興味を持つことができない。そこまで繋がりのある人なんて、誰もいない。
アル様、だけだ。
浴室から出ると、レベッカさんの他にも侍女の方々が待っていてくれた。
体をふかれて、髪を乾かしてくださる。
体に良い香りのする香油が塗られて、手早く体を採寸される。
ガウンを着せられて、たくさんのドレスなどの服が並んだ部屋に連れていかれた。
大きな鏡の前に置かれた背もたれのない椅子に座った私に、侍女の方々はてきぱきと下着やコルセットや靴下を着せてくださる。
ドレスを着る段階になって、レベッカさんと他の侍女の方々との些細な揉め事が起こった。
「アルベール様の瞳の色に合わせて、黄金色のドレスはどうでしょう」
「フェデルタのドレスは趣味が悪いと思われてしまいますよ、レベッカさん。アルベール様の黒髪に合わせて黒いドレスはどうでしょう」
「黒! 黒はないですよ、黒は! アルベール様はどうして金色と黒なのでしょうね……リリステラ様は白い肌に、美しい銀の髪をしていらっしゃいますから、何色のドレスでも似合ってしまうと思うのですが」
「リリステラ様にお聞きしてみましょうか?」
「それがいいかもしれないですね」
レベッカさんと侍女の方々はそう話し合いを終えると、じっと私を見つめた。
婚約者の方の髪や目の色をしたドレスや装飾品を身につけるというのは、どこの国でも一緒なのだろう。
けれど私の立場は、おそらく妾。
正妻の方や、側妃の方々に申し訳ない。
「……私は、……緋色が。もし、よければ、ですが」
それはアルベール様の色ではないけれど、アルベール様と話をした図書室の窓の外の、夕焼けの色だ。
一日の中で、一番落ち着く、優しい色。
緋色ならきっと、他の方々を苛立たせることも少ないだろう。
それに、フェデルタでは緋色の髪をしている方が多く、赤はお祝いの場にもよく使われる、祝福の色と言われている。
レベッカさんは「とてもいいですね。赤はお祝いの色です。リリステラ様は、よくご存知ですね!」と言って、微笑んでくれた。
緋色の美しいドレスを着せてもらい、髪を結って金の髪飾りで飾ってもらう。
皆に「美しいです」とか「よくお似合いです」と褒められるたびに、くすぐったくて落ち着かない気持ちになる。
褒められることが少なかったから、戸惑ってしまう。
できる限りの感謝を伝えたくて「ありがとうございます」と微笑むと、侍女の方々もにっこり笑ってくれた。
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