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【コミカライズ配信中】傷だらけの公爵令嬢は、隣国の皇太子に溺愛される  作者: 束原ミヤコ
一章

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アルベール・フェデルタ次期皇帝



◆◆◆◆


 フェデルタの皇帝は、神の血を引いている。


 フェデルタの神とはすなわち、幻獣ルーゼである。

 幻獣ルーゼは全ての幻獣の王だ。大いなる翼を持つもの。空を駆け、風を起こし、炎を起こし雷を起こす。雨を降らせ、嵐を呼ぶもの。

 人心を操り、幻を見せる──我らが人間よりも古より生きる者である。


 かつて幻獣ルーゼが王と選び、その血を与えた者の末裔がフェデルタ皇家。


 そしてフェデルタ皇家の中でも皇帝になるものだけが、その血の中に眠る幻獣ルーゼを呼び出すことができる。


 俺は皇家の長男として生まれて、皇帝となるように育てられた。

 ルーゼの力が父から譲渡されたのは俺が十八歳の時。二十歳になれば皇帝に即位する取り決めである。

 今のうちにルーゼの力に慣れろと言われた。


 力の譲渡は皇帝の刻印の譲渡でもある。

 父は俺の心臓のある部分に触れた。すると胸にルーゼの証が現れた。

 黒い翼の刻印である。翼を持つもの──ルーゼを表している。


 ルーゼには、獣としての意思は普段ない。俺の中にルーゼはいるが、呼び出さない限りは静かにしている。

 ルーゼの力は強く、よほどのことがない限りは呼び出したりはしない。

 

 その力は呼び出さずとも俺の中にあるものだ。呼び出す必要のある時は、おそらくは敵を圧倒的な力でねじ伏せる必要のある時か、よほどの怒りにかられたときか。

 そんな日は、おそらくは来ないだろうと思っていた。


「エルデハイムに留学をなさる? 何故今更。それは必要なことなのですか?」


 即位の儀式を間近に控えた、エオラシスの月。

 俺は側近であるジオニスを執務室に呼び寄せていた。

 ジオニス・エストーニャは俺の幼い頃から従者を務めてくれている、俺の片腕のようなものである。

 燃えるような赤毛とフェデルタ人らしい翡翠の目をした、笑わない男だ。


「必要だから言っている。即位をしてしまえば、身動きがとれなくなるだろう? 今のうちに調べておきたいことがある」


「それはいつ思いついたのですか?」


「昨日。寝る前」


「昨日の思いつきでエルデハイムに留学を? 寝言ですか、アルベール様。そもそもアルベール様はいまだに婚約者も選ばず皆を困らせているのですよ。いい加減になさい」


「そうは言ってもな、ジオニス。好きな女がいないのだから、仕方ないだろう」


「皇帝の結婚とは、好きな女と添い遂げるものではありません。血筋を残すために、優秀な血筋の女との子をもうけるものです。それこそ、何人も側妃がいてもいいのですから、適当に選べばよろしいかと」


「胸の大きさやら、顔のよさで?」


「足の綺麗さや、尻の形でもいいです」


「冷静な顔をして、最低だなジオニス」


「好きな女性がいらっしゃらないのです。では、見た目の好みで選ぶしかないのでは?」


 このやりとりは、今までにも幾度かしたことがある。

 俺は執務机に頬杖をついて嘆息した。

 頭では理解しているのだが、気が進まない。

 父や母にも注意をされているし、妹たちにも呆れられている。弟にもうるさく言われた。

 俺は父と、今は亡き母の子供である。母は俺を産んでからすぐに亡くなり、その後父は長らく独り身でいたが、家臣たちからの勧めもあり、若い嫁を娶った。

 妹が二人、弟が一人生まれた。

 といっても、フェデルタの皇帝とは長兄であり、ルーゼの力を譲渡されたものと決まっているので、跡目争いとは無縁だ。

 それでも、王宮などという場所は人が多く、人が多ければいろいろな思惑で溢れるものである。

 父はできるだけ揉め事を起こさないようにと思ったのだろう。

 再婚を遅らせたせいで、俺と妹弟たちの間には、十歳もの差がある。つまり全員まだ幼いのだ。

 

 その幼い妹弟たちに「兄様、しっかりしてください」「さっさと結婚してください」と言われているのだから、多少は思うところがある。


 だがやはり、結婚というのは好きな女性としたいと思う。

 今まで幾度も晩餐会が開かれ、多くの着飾った花嫁候補が挨拶に来た。

 だが、特に誰とも結婚したいと思えなかったのだ。


 フェデルタの貴族令嬢たちが悪いというわけではない。彼女たちはしっかりとした教育を受けているし、皆可憐で美しい。

 話をしていてつまらないというわけではなかったが、思慕の感情を抱いたりはしなかった。

 好きでもない女と結婚はしたくない。

 結婚をしたら抱かなくてはいけないのだ。子供を作ることは皇帝の務めの一つである。


 好きでもない女を好きだと偽って優しく抱くなど、不実ではないのかと思う。

 抱いたところで好きになれなければ、毎夜暴力を行うのと同じだ。

 そんなことをジオニスに話したら「乙女ですか」と言われた。

 乙女の何が悪いのだと思う。


「ともかく、だ。結婚の話はさておき、俺はエルデハイムに留学に行く。あちらの国を知りたいのだ」


「ご存知でしょう、アルベール様。ある程度のことは」


「ある程度はな。だが実際にあちらの国で暮らしたわけではない。王太子ラウルとは話をしたことがあるが、正式の場では挨拶をする程度。それ以上のことは、形式的なことしか口にしないだろう。あれは俺と同じ年齢だったか、それとも一つ下か。ともかく、即位が近いだろう?」


「そうですね。けれど、あのような小国を詳しく知ったところで」


「エルデハイムは同盟国だ。過去の盟約によりそれが続いている。だが、実際は同盟国とは名ばかりで、我が国があちらを守っているだろう? こちらの国の軍を割き、そして、ルーゼの力を使ってな。……果たしてそれが必要なことなのか、俺は疑問だ」


「エルデハイムは不要だということですか」


「不要か必要かを、確認したいのだ。俺の思いつきは正しいだろう。いつもな。ルーゼの力がそこにあるからだと俺は思っている」


 ルーゼは時々、俺に何かを伝えてくることがある。

 それは形のない神託のようなもので──俺の場合は、そうしなければならないという、ふとした瞬間の激しい衝動のようなものでそれが現れる。

 エルデハイムに行かなくてはいけない。

 今の俺は、その気持ちでいっぱいだった。




お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

ずっと暗い話が続いていましたが、少し明るくなるかと思います!

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