アルベール・フェデルタ次期皇帝
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フェデルタの皇帝は、神の血を引いている。
フェデルタの神とはすなわち、幻獣ルーゼである。
幻獣ルーゼは全ての幻獣の王だ。大いなる翼を持つもの。空を駆け、風を起こし、炎を起こし雷を起こす。雨を降らせ、嵐を呼ぶもの。
人心を操り、幻を見せる──我らが人間よりも古より生きる者である。
かつて幻獣ルーゼが王と選び、その血を与えた者の末裔がフェデルタ皇家。
そしてフェデルタ皇家の中でも皇帝になるものだけが、その血の中に眠る幻獣ルーゼを呼び出すことができる。
俺は皇家の長男として生まれて、皇帝となるように育てられた。
ルーゼの力が父から譲渡されたのは俺が十八歳の時。二十歳になれば皇帝に即位する取り決めである。
今のうちにルーゼの力に慣れろと言われた。
力の譲渡は皇帝の刻印の譲渡でもある。
父は俺の心臓のある部分に触れた。すると胸にルーゼの証が現れた。
黒い翼の刻印である。翼を持つもの──ルーゼを表している。
ルーゼには、獣としての意思は普段ない。俺の中にルーゼはいるが、呼び出さない限りは静かにしている。
ルーゼの力は強く、よほどのことがない限りは呼び出したりはしない。
その力は呼び出さずとも俺の中にあるものだ。呼び出す必要のある時は、おそらくは敵を圧倒的な力でねじ伏せる必要のある時か、よほどの怒りにかられたときか。
そんな日は、おそらくは来ないだろうと思っていた。
「エルデハイムに留学をなさる? 何故今更。それは必要なことなのですか?」
即位の儀式を間近に控えた、エオラシスの月。
俺は側近であるジオニスを執務室に呼び寄せていた。
ジオニス・エストーニャは俺の幼い頃から従者を務めてくれている、俺の片腕のようなものである。
燃えるような赤毛とフェデルタ人らしい翡翠の目をした、笑わない男だ。
「必要だから言っている。即位をしてしまえば、身動きがとれなくなるだろう? 今のうちに調べておきたいことがある」
「それはいつ思いついたのですか?」
「昨日。寝る前」
「昨日の思いつきでエルデハイムに留学を? 寝言ですか、アルベール様。そもそもアルベール様はいまだに婚約者も選ばず皆を困らせているのですよ。いい加減になさい」
「そうは言ってもな、ジオニス。好きな女がいないのだから、仕方ないだろう」
「皇帝の結婚とは、好きな女と添い遂げるものではありません。血筋を残すために、優秀な血筋の女との子をもうけるものです。それこそ、何人も側妃がいてもいいのですから、適当に選べばよろしいかと」
「胸の大きさやら、顔のよさで?」
「足の綺麗さや、尻の形でもいいです」
「冷静な顔をして、最低だなジオニス」
「好きな女性がいらっしゃらないのです。では、見た目の好みで選ぶしかないのでは?」
このやりとりは、今までにも幾度かしたことがある。
俺は執務机に頬杖をついて嘆息した。
頭では理解しているのだが、気が進まない。
父や母にも注意をされているし、妹たちにも呆れられている。弟にもうるさく言われた。
俺は父と、今は亡き母の子供である。母は俺を産んでからすぐに亡くなり、その後父は長らく独り身でいたが、家臣たちからの勧めもあり、若い嫁を娶った。
妹が二人、弟が一人生まれた。
といっても、フェデルタの皇帝とは長兄であり、ルーゼの力を譲渡されたものと決まっているので、跡目争いとは無縁だ。
それでも、王宮などという場所は人が多く、人が多ければいろいろな思惑で溢れるものである。
父はできるだけ揉め事を起こさないようにと思ったのだろう。
再婚を遅らせたせいで、俺と妹弟たちの間には、十歳もの差がある。つまり全員まだ幼いのだ。
その幼い妹弟たちに「兄様、しっかりしてください」「さっさと結婚してください」と言われているのだから、多少は思うところがある。
だがやはり、結婚というのは好きな女性としたいと思う。
今まで幾度も晩餐会が開かれ、多くの着飾った花嫁候補が挨拶に来た。
だが、特に誰とも結婚したいと思えなかったのだ。
フェデルタの貴族令嬢たちが悪いというわけではない。彼女たちはしっかりとした教育を受けているし、皆可憐で美しい。
話をしていてつまらないというわけではなかったが、思慕の感情を抱いたりはしなかった。
好きでもない女と結婚はしたくない。
結婚をしたら抱かなくてはいけないのだ。子供を作ることは皇帝の務めの一つである。
好きでもない女を好きだと偽って優しく抱くなど、不実ではないのかと思う。
抱いたところで好きになれなければ、毎夜暴力を行うのと同じだ。
そんなことをジオニスに話したら「乙女ですか」と言われた。
乙女の何が悪いのだと思う。
「ともかく、だ。結婚の話はさておき、俺はエルデハイムに留学に行く。あちらの国を知りたいのだ」
「ご存知でしょう、アルベール様。ある程度のことは」
「ある程度はな。だが実際にあちらの国で暮らしたわけではない。王太子ラウルとは話をしたことがあるが、正式の場では挨拶をする程度。それ以上のことは、形式的なことしか口にしないだろう。あれは俺と同じ年齢だったか、それとも一つ下か。ともかく、即位が近いだろう?」
「そうですね。けれど、あのような小国を詳しく知ったところで」
「エルデハイムは同盟国だ。過去の盟約によりそれが続いている。だが、実際は同盟国とは名ばかりで、我が国があちらを守っているだろう? こちらの国の軍を割き、そして、ルーゼの力を使ってな。……果たしてそれが必要なことなのか、俺は疑問だ」
「エルデハイムは不要だということですか」
「不要か必要かを、確認したいのだ。俺の思いつきは正しいだろう。いつもな。ルーゼの力がそこにあるからだと俺は思っている」
ルーゼは時々、俺に何かを伝えてくることがある。
それは形のない神託のようなもので──俺の場合は、そうしなければならないという、ふとした瞬間の激しい衝動のようなものでそれが現れる。
エルデハイムに行かなくてはいけない。
今の俺は、その気持ちでいっぱいだった。
お読みくださりありがとうございました!
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ずっと暗い話が続いていましたが、少し明るくなるかと思います!




