初めての中級錬金術
前世で異世界転生モノを読み漁っていた私は赤ん坊の時からそれなりに努力した。
それこそおぎゃーしか言えない赤ん坊の頃からテンプレに従って魔法を試し、魔力をバンバン上げていく。
毎日私のことを可愛がる家族は願い通りの美形揃いだ。
眼福眼福。
そんなチート生活ももう5年目です。
我ながら可愛いと思うわぁ。
前世では勉強嫌いだったけど、一度読めば覚えられるし、無駄に頭の回転も良くなっている今では正直勉強も楽しい。
既に家中の本を読み終わってしまったので、今は家族に王立図書館から本を借りてきてもらって読んでいる毎日だ。
勿論、魔法、剣の訓練も欠かさない。
「アン、本を借りてきたよ」
「ガスパルおにーさま、ありがとうございます!」
侍従達によって積み上げられていく本にワクワクが止まらない。
魔法はほぼカンストしたので、今は錬金術に邁進中なのだ。
魔道具作りまくってクオリティオブライフを上げていく予定。
「え、これこの子が読むのかい?」
「そうだよ、リカルド。僕の妹は誰よりも可愛くて賢いんだ」
3歳年上の我が家の三男が連れだったリカルドと呼ばれる美少年にそう胸を張る。
我が家の面々も顔面偏差値がかなり高いが、リカルドは我が家のふんわり可愛い系とは違ってクールで賢そうなタイプの違うイケメンに育ちそうだ。
個人的には家族よりもリカルドの方が私の好みである。
「お兄さま、こちらの方はどなたですか?」
「僕の友達のリカルドだよ。リカルドは錬金術に詳しいから、本の選定を手伝ってもらったんだ」
「それはありがとうございます、リカルドさま。アンセルマです。よろしくお願いします」
私は座っていたソファから立ち上がって目上の人にも粗相のない様にきちんとした挨拶をする。この歳にしては出来過ぎだが、まぁ許容の範囲だろう。
何せ大人でも難しそうな本をこれだけ読み込んでいるのだから挨拶くらい出来たって不思議ではない。
むしろお兄様と同じ歳だとして8歳で転生者でないなら錬金術中級以上の専門書の選定を出来るリカルドの方がどうかしている。
「これはご丁寧に。アンセルマ嬢は錬金術に興味があるの?」
「錬金術というか、魔術具が作りたいのです。生活が便利になるように」
「便利、って例えばどんなもの?」
「えーと、こういう時計とか」
そう言ってポケットから取り出したのは懐中時計だ。
この世界には基本持ち運び用の時計がない。
教会の鐘や屋敷内にある振り子式の時計で時間を知る。
魔法の訓練で外に出ると時間が曖昧になってしまうので試しに作ったものだ。
前世の記憶でゼンマイ仕掛けの時計を作れれば良かったのだが、生憎時計の中身なんて知ってるわけない。
だが2日に1回くらい魔力を込めれば時計の針を一定の角度回転させるくらいは初級の錬金術で十分作成可能だった。
なので時計の針と文字盤の構造だけ考えて設計図を作り、職人さんに動かない時計もどきを作ってもらって最後に魔法を込める仕上げだけ自分でしたのである。
上手くいったので家族と侍従の分も作った。
だからこの屋敷にいる大人達は基本同じものをもっている。
リカルドは受け取った時計をまじまじと見て怪訝な顔をした。
「これはまだ市場には出ていないよね?」
「うーん、わかりません。自分のために作っただけなので、他の人にも渡したかは父様に聞いてみないと」
「他には?他には何を作ったのかな?」
「えーと」
「お風呂!」
そう胸を張って答えたのはガスパルだ。
正直アンセルマ自身、もはや何を今まで作ったかをちゃんと覚えていない。
不便だなーと思ったら簡単なものなら自分で作ってみたり、大人にお願いして設計図通りに作ってもらっていただけの成り行きばかりなのだから。
「お風呂?」
「普通お風呂は朝に入るものだろう?でもアンは寝る前にお風呂に入りたいって言うんだ。それでお風呂の中に水と魔術具を入れると丁度いい温かさで保たれる魔術具を作ったんだよ」
「その魔術具を見せてくれる?」
「お風呂場に行かなくても、ポットがありますよ」
「ポット?」
「お茶用のお湯を作る魔術具です」
通常お風呂はどこの家でも身支度の一環として朝入るものらしい。
光熱費節約の為、パンを焼く熱を利用してお湯を沸かすからだそうだ。
アンセルマももっと小さい時は朝入らされていた。
だが日本人としてお風呂は夜に入るものという固定概念を覆すことが出来ない。
それに外で訓練をして汗だくになったまま布で拭くだけというのも、布団にそのまま入るのも耐えられなかったのだ。
お金持ちだから頼めば夜にお風呂を沸かす財力くらいはあるが、その為に台所でお湯を沸かして冷めぬうちに次々運ぶというのを頼むのが申し訳なくて水を沸かして温度を保つ魔術具を作ったのだ。
ちなみに水は水魔法を習得したので自分で出すことが出来る。
チートな私に出せるのは聖水なので、穢れが落ちて我が家は皆お肌ツルツルだ。
魔石に刻む数字を変えれば温度設定を変えられるので、ポットにも応用したというわけだ。
いつでもお茶が飲めるように部屋の隅に置いていた空のポットをリカルドに示す。
原理もクソもない。空気で水を押せば出てくるエアーポットの設計図は簡単に描くことができた。それに魔石をくっ付けて中の水を温め一定の温度に保つだけだ。
基本紅茶なので100度に設定してある。
一通りリカルドがエアーポットを観察したのを見計らってアンセルマはポットに魔法で聖水を入れる。蓋を閉じて付けられた魔石に魔力を込めて少し経つと魔石の色が変わった。お湯が沸いた合図だ。
ティーポットに茶葉を入れてお湯をポットから直接注ぎ入れる。本来はティーポットに茶葉をそのまま入れて茶漉しを使ってカップに葉が入らない様にするらしい。
しかしそれも面倒なのでティーポットの内側に茶漉しを付けてもらったものである。
シュコーシュコーと音を立ててお湯を入れるのにも、茶漉しがティーポットの内側に付いているのもリカルドは注意深く観察しているようだ。
ただじっとアンセルマの動きを冷静に見守っていた。
「アンセルマ嬢、中級の錬金術を学んで何を作りたいの?」
「まだ中級で何が出来るか分からないので考えてないですけど、初級だと魔石にひとつの機能しか付けられないでしょう?だからこの時計は一定の間隔で針を回すという魔術だけしか付けられてないんですけど、中級になると3つの機能が付けられると聞きました。だから指定した時間になったら音が鳴るってしたいです。あとはポットの温度を自由に設定できるようにする、とかですかね?」
懐中時計を持っていたって時間を忘れてやり過ぎてしまう事もある。
あと出来ればデジタル表示にしたいんだよね。
「時間になったら音が鳴る、ね。どんな音?」
「うーん、ピピピピ、ピピピピみたいな?」
「時間の指定はどうやってするの?」
「文字盤をダブルク…2回トントンってしてから設定したい4桁の数字を指で書くとか?」
「なるほど、簡単で良いね。アンセルマ嬢、時計を持ってこっちにおいで」
手招きされて向かいに座っていたアンセルマは言われた通りにリカルドのすぐ横に立った。
リカルドは手を引いて自分の隣にアンセルマを座らせるとアンセルマを抱き込む様にして覆いかぶさり、時計を両手で包み込む様に持たせてから自分の両手でその上から包み込んだ。
「アンセルマ嬢、付与する時みたいに魔力を出してみて」
「こうですか?」
「上手だね。いいかい?・・・カスペール!」
リカルドが呪文を唱えるとエフェクトが掛かったのを知らせる様に重ねた手の中から時計が発光した光が漏れる。
「ほら、アンセルマ嬢、時間の指定をしてみて?」
促されてアンセルマは時計の文字盤をトントンとダブルクリックしてから1分後の時間を指定してみせた。
1分後、時計がアンセルマの声でピピピピ、と鳴る。
「私の声ぇ・・・」
「可愛くて良いと思うけどね?なぁ、ガスパル?」
「うん、可愛い!きっと父上も同じにして欲しいって言うよ!」
そう言うと控えていた侍従達もうんうんと同調する。
鳥の鳴き声とか、教会の鐘の音でって指定をしておくべきだった。
このままでは自分の声が家中で響く事になってしまう。
「あちこちから私の声が聞こえるなんて嫌です。他の人にはベルの音にします」
アンセルマは引き出しの中からもう1個の懐中時計を出してきてリカルドにこっちにも違う音を付けたいとせがんだ。
リカルドが一度お手本を見せてくれたからもう1人でも作れそうだが、もう一度出来る事なら体験しておきたい。
リカルドは良いよ、と嫌な顔せずに再びアンセルマを抱き込むと、アンセルマの願い通りに鳥の鳴き声を付加してくれた。
「この時計は誰の?」
「こっちも私のです」
「何故、2個必要なの?」
「二重付与の実験で失敗しても良い様に同じものを何個か作ってあるんです」
「こっちはもう使わないというなら、僕に譲ってくれないかな?」
抱き抱えられたまま、覗き込む様にお願いされてアンセルマは落ちた。
イケメンには弱い。気をつけよう。
三男のガスパルはリカルドの隣で新作のオヤツを頬張りながら2人のやり取りを見守っているだけだ。
いつもなら兄弟で競うようにベタベタに甘やかすくせに今日はリカルドにすっかり譲って生温かい感じで見守る兄の態度は少し気になった。だが今はこの機会を逃す手はない。
「リカルドさま、ポットの温度は100度に設定しちゃってあるんですけど、自由に設定出来る様にしたいんです。マイナス15℃とかプラス15℃とかで温度設定変えることって出来ると思います?」
「それはさっきのより簡単に出来るんじゃないかな。ルーベン、ポットをここに」
リカルドが近くに立っている自分の侍従に声をかける。
侍従はポットを取りに行き、リカルドとアンセルマが座る前にそのポットを置いた。
「アンセルマ、さっきみたいに魔石に触れて魔力を流して」
指示された通りに魔石に触れて魔力を流すと、リカルドは同じ様に手を重ねて再び呪文を唱える。
「カスペール!」
時計よりも簡単だと言われた通りに自分の掌を通過した術式も、取られた魔力も時計の時より小さいのが分かる。
しかしこの教えてもらい方はなかなか便利だ。
本を読んでよく分からないところは失敗を重ねて上手くいくまでやるしかなかったが、直接術式に触れると本を読まずとも理解する事が出来た。
今まで魔法を教えてくれた人達は誰一人こんな方法を使って教えてくれた事はない。
「リカルド様、今まで誰もこういう風に術式を教えてくれた事がないのですけど、リカルド様のおうちではこうやって術式を教えてもらうものなのですか?」
「教える?・・・もしかしてアンセルマは今の2つの術式を理解したのかな?」
「多分、理解出来たと思います」
頭の中に術式を思い浮かべる事ができる。
多分、こんなに綺麗な方程式なら失敗することもないだろう。
「じゃあ、ちゃんと理解出来たかやってごらん。この中に他に時計を持ってる人はいる?」
「持ってますよ。ララ、時計を貸してくれる?」
自分の侍女の時計を受け取りアンセルマは両手でそれを包み込む。魔力を込めて術式を思い浮かべながら呪文を唱える。
「カスペール!」
ちゃんと先程と同じ様にリフレクションが掛かった事を知らせる発光が起こった。
アンセルマは試しにダブルクリックして1分後にタイマーをセットする。
ララの時計には自分の声ではない、アンセルマが想定していた前世でよく聞いた電子音を設定した。
時間通りにピピピピと音が鳴ると、リカルドやガスパルよりも周りの大人達の方が驚いているようだ。
そもそも会話のレベルが5歳児と8歳児のそれではない。
「ちゃんと理解しているね。凄いな、アンセルマは」
「リカルド様の術式がとても綺麗だからですよ」
「アンセルマ、僕がアンセルマを通して術式を刻んだのは、君に術式を教える為ではなく、1回目の魔術をアンセルマの魔力で刻んでいたからだよ。普通、他人の術式を通したとしても通された方がその術式を理解するなんて聞いたことがないかな」
「えっそうなんですか?!せっかく御本を読まなくても綺麗な術式が覚えられて良いなって思ったんですけど」
「アンセルマはさっきから僕の術式を綺麗って言ってくれてるけど、同じ結果が得られたとしても途中の工程は人それぞれなんだ。だから人によって同じリフレクションでも違う術式になるのが普通なんだよね。それを綺麗って簡単に受け入れられるのはアンセルマと僕は魔力の馴染みが良いのかもしれないね」
にっこり笑ったリカルドの顔が眩しい。
なんて神々しいんだ。
このままだと目が潰れる。
アンセルマは咄嗟に両手で目を覆う。
身の危険を感じて、アンセルマは椅子からひょいと降りると、対面の自分の席に戻った。
リカルドはそれに少し寂しそうな顔をする。
「僕の隣は嫌かい?」
「嫌ではないですけど・・・話しづらいでしょう?」
「アンセルマが隣に居てくれた方が僕は嬉しかったんだけどな。じゃあ、さっきみたいにして僕が他の術式も教えるなら隣に座ってくれるかな?」
「それは勿論です。でも今は他に試したい術式が思い付かないです」
持ってきてもらった本は20冊程ある。
そこに何が出来る様になるのか目次だけでも読まないとリクエストも出来ない。
一個の術式を理解するのに1人だと何日も掛かるから、教えてくれるというなら教えてもらえる機会を逃す手はないとは思うので残念だ。
「じゃあ今日は急用が出来たのでここで失礼するよ。アンセルマ、また来週くるから続きは一緒に勉強しよう。ガスパルいいよね?」
「アンが望むなら僕は構わないよ。アン、どうする?」
「嬉しいです!」
「グロスター家は随分な隠し事をしていたものだな、ガスパル」
「なんのことだい?アンはまだ5歳になったばかりの女の子だよ?僕らみたいに歳の近い王族がいるわけでもない。家から出さないのは普通の事じゃないか」
ガスパルとリカルドがお互いニコニコと笑い合う姿がどこか怖い。
リカルドがアンセルマの事を途中から呼び捨てにしても何も言わないのはリカルドの方が地位が上なのだろうとは予想していた通りだ。
今の発言からすると三男がリカルドと友達になったのは王族のお茶会だという事なのだろう。
ガスパルには同じ歳の王子がいる。
将来ご学友という名の側近となるべく今からお茶会を月に一度お呼ばれして王宮に行く。
歳が同じ子供で男の子が侯爵家以上で一人しかいなかった為に名門伯爵家の三男であるガスパルもその仲間に入ることになってしまったのだ。
殿下と同じ歳と2つ上の侯爵家令嬢や1つ下のアンセルマとそんなに身分の変わらない令嬢がいるので3つ違いのアンセルマはそのお茶会には今のところ呼ばれていない。
父上も同じ家から2人も出しては公平性に欠けるだの、まだアンセルマは外に出すには幼いと出す気もない様だ。
歳が同じで殿下に相応しい貴族位の令息が居ない中ガスパルを出すのは仕方ないとしても、こぞって未来の王妃候補に娘を推す貴族の闘いに巻き込まれたくないという父様の意思表示は歓迎されている。
父様も兄様も権力に興味はありません、という顔をしているが、本当のところは王子の俺様な気性がアンセルマを嫁がせるには相応しくないとの判断らしい。
その為、アンセルマはあまり屋敷から出た事がなかったし、兄の友達にも今日初めて会ったのだ。
「はぁ、グロスター家が善良だと言っている奴らに本性を明かしたいところだ」
「何のことかな?僕はリカルドとアンが気が合うんじゃないかと思って紹介しただけだよ?」
「君たちの計略に落ちるのは癪だが、今回は有り難く乗せられておく事にするよ。僕も余計なゴタゴタに巻き込まれるのはゴメンだしね」
そう言ってリカルドは積み上げられた本の中から一冊選び出してそれをアンセルマに差し出した。
「アンセルマ、次に会うまでにこの本を読めるところまで読んでおいて」
「分かりました」
2人が見送る中、リカルドは早々に帰って行った。
よく分からないが、兄の企みが成功したようで何よりである。
「アン、リカルドと仲良くなれそうかな?」
「はい!とても綺麗な術式をいっぱい教えてもらえそうで嬉しいです!お友達を紹介してくれて兄様、ありがとうございます!」
「アンが喜んでくれたなら僕も嬉しいよ。他の男と仲良くなるなんて本当は嫌だけどね」
「じゃあ何でお友達を紹介して下さったのですか?」
「あぁ、どうして僕達は兄妹なんだろうね?!」
「兄様は私が妹で嫌なのですか?」
「嫌なわけがないさ!ただどうしても家族じゃダメな事があるんだよ」
「よく分からないですけど、私もガスパル兄様がお兄様で良かったです」
にっこり笑ってやるとガスパルは感動した様に僕もだよと言ってアンセルマの頭を撫でた。
事情は知らないが、有能なイケメンを紹介してくれてありがとう、兄よ。
これで想定以上に楽して錬金術を学ぶ事が出来そうだ。
るんるんで部屋に戻り、リカルドに指示された本の解読に取り掛かる。
リカルドが言った通り、錬金術の本にはちゃんとした公式が書いてある訳じゃない。
この術式はこういう魔法とこういう魔法を掛け合わせるとこういう理論でこういう現象が起きる、という理論が書いてあるだけだ。
魔力の大きさや性質が人によって違うので同じ分量でも違う魔法になってしまったりするので理論を理解して自分の加減でやってみるしかない。
リカルドの解き明かした解釈を受け入れすんなり習得したアンセルマはリカルドと魔力の大きさや性質、考え方が近いという事になる。
前世の記憶を持つチートなアンセルマに匹敵するなんてリカルドはかなりのツワモノに違いない。