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2話



彼女と出会ったのは4月に入ったばかりの頃。あの日も今日と同じ時間にこの道を通った際、酔っ払いに絡まれている彼女を見かけたのだ。この辺は人通りが少ないとはいえ住宅街なので比較的治安はいいはずなのだが、こういった輩はどこにでもいる。俺は特別責任感が強いというわけではないのだが、遠目に見た女性が明らかに嫌がっていたこと、酔っ払いたちが無遠慮に肩に腕を回し無理やり引っ張って行こうとしたため、素通りすることも出来ず止めに入った。


俺は背後から酔っ払いその①の肩を掴む。俺は背は高いが垂れ目で威圧感を与えない顔立ちのせいか舐められることが多い。


「あの、嫌がっているじゃないですか。手、離してください」


案の定、俺の声で振り返った酔っ払いは鼻で笑った。俺程度恐れる必要はない、と見下しているのが良く分かった。



「誰だよ兄ちゃん、この子の彼氏?」


「いえ、通りすがりの者ですが」


「じゃあ邪魔すんじゃねーよ!」


急に男が声を荒げ、その時男の吐いた息が顔にかかる。うっっ!酒臭っ!これは相当飲んでいるな、呂律も回っていないし。


「彼女が嫌がっているの分からないんですか、分からない程酔っているのなら早く帰って寝た方が良いですよ」


俺の言葉に馬鹿にされたと感じた男はただでさえ赤い顔を怒りで更に赤くし、「てめえ、馬鹿にしてんじゃねーぞ!」と突然殴りかかってきた。俺は咄嗟にその拳をよける。酔っ払いはその勢いのままバランスを崩し前のめりに転んだ。酔っ払っているせいか受け身を取れず顔面を強打したらしく顔を押さえ、痛みにうめき声を上げる。


「て、てめえ…よくもやってくれたな!!」


いやこの人が勝手に自滅しただけですが。しかし正常な判断力の残っていない酔っ払いその②も俺に殴りかかってきた。結局同じように自滅した2人は「覚えてろ!」という捨て台詞を残し逃げて行った。小説みたいな捨て台詞を本当に吐く人間がいるとは、しかしダサい、ダサすぎるぞ酔っ払い。呆然と酔っ払いの背中を見送っていると。


「あの、助けていただいてありがとうございます」


背後から鈴の鳴く声が。あ、そうだ絡まれていた女性!急いで振り返り「お怪我は?」と訊ねようとした俺は固まった。というか口と目をあんぐりと開けただらしない顔になっていることだろう。目の前の女性がとんでもない美人だったからだ。だが、桜色の唇は微かに震えているし心なしか顔色も悪い。そりゃあ、あんな質の悪い酔っ払いに絡まれて怖くないわけがない。俺は彼女を怖がらせないように慎重に訊ねる。


「いえ、俺何もしてないですし…それよりもどこか怪我していませんか?」


助けたと言っていいのか微妙なラインだ。あの男たちは勝手に転んだだけだし。が、もし俺が通りかからなかったら、と考えると背筋に冷たいものが走る。この時間ここを通って本当に良かった、と心から思った。


「いえ、あなたが助けてくれたので何ともないです」


う、微笑まれた。さっきから心臓がうるさい。美人の微笑み、とんでもない破壊力。


「そうですか、それは良かったです。この辺暗くなると人通りが少なくなるので気をつけてください。それでは俺はこれで」


あまり彼女と相対していると気持ちの悪いにやけ面を晒してしまう予感があったため、強引に話を切り上げこの場を後にしようとする。「人通りの多い所まで送りましょうか」と訊ねるべきか一瞬悩んだが、そこまでしたら親切を通り越して馴れ馴れしい。助けたからと言って下心満載の男、とゴミを目で見られる可能性も高かった。うう、名残惜しいけど彼女の中の俺が「助けてくれた親切な人」のままである今のうちに立ち去ったほうが得策だ。しかし。


「あ、待ってください」


呼び止められたため、足を止め振り返った。あれーおかしいな体が勝手に。


「?どうかなさいましたか」


「何かお礼をしたいのですが…今日予定はありますか?お食事でも」


彼女からの提案に俺は目を見開いた。パチパチと瞬きを繰り返す。ん?これはお誘いを受けているのか…20年間の人生でこんなこと一度もなかった俺が。貴族と言っても平凡な子爵家の三男、爵位は継げない、上2人の兄が分かりやすい美形なせいか一番下の弟は地味、と学生時代影で女子に言われていたのを知っている。髪色と目の色は同じ銀髪碧眼なのに、何だろうなこの差は、と一時期劣等感に苛まれていたものだ、今では何とも思わないが。


そんな俺は女性にお誘いを受けたことはおろか女性同士の会話で話題に上がったことすらない。しかし、今俺は女性からお誘いを受けている(しかもとんでもない美人)。俄かに信じがたいが、紛れもない現実であることはコッソリとつねった手の甲の痛みが証明してくれている。どうしよう、断るもの気が引けてしまう。いや、断る理由なんてないんだけど。


「え、あ、はい、今日の予定はもうありませんが…」


あ、まずい。声が上擦った。引かれた、と思い顔を上げるが俺の様子を可笑しいと思ったのかにっこりと微笑みながらこっちを凝視している。紫水晶の瞳が物凄く見つめてくる。え、何故にそんなに俺の顔を?何かついている?


「あの…」


「あ、申し訳ありません。お綺麗な瞳だと見惚れてしまいました、失礼ですよねお顏をジロジロ見るなんて」


申し訳なさそうに目を伏せる彼女を見て心臓な変な音を立てた。人から見た目(瞳の色)を褒められた経験なんてないんだが!嬉しいとかそういった感情よりも恥ずかしさの方が勝る。



「あ、ありがとうございます…?」


思わず礼を言っていた。今度は俺が顔を伏せる。暫く訪れる沈黙。き、気まずい…けど何も喋らないほうがもっと気まずい。何か喋らねば。


「…この近くに俺が良く行く店があるんですよ。少し狭いですが綺麗ですし!料理も美味しいんですよ!」


演説かよ、とツッコミを入れたくなる程声を張り上げる。いや彼女は食事でも、と言ってくれているのだから店の提案をするのは何らおかしいことではないはず。俺の行きつけの食堂兼居酒屋は夫婦が切り盛りしているこじんまりとした店だが、清潔感溢れる店内にリーズナブルな価格の美味しい食事。夜になると酒類の提供をしてくれる。ガラの悪い客は来ないし女性客もそこそこ訪れる。女性を連れていっても問題ない、はずだ。


俺の緊張した結果の奇行に対し嘲笑うでもなく、フフフと品のいい笑い声で応えてくれる。


「いいですね、私この辺りのお店に詳しくないので是非」



こうして俺は会ったばかりと女性と食事に行くことになった。



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