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17話




ドアのカギ穴に鍵を刺し、ガチャ、という音が夜のアパートメントに響く。2年住んでるこのアパートメントは過保護すぎる兄達の厳しい審査の目を通過した、そこそこ新しくセキュリティは割としっかりしている。家賃もそこそこの俺の中では優良物件だ。


ドアを開け一人暮らしには丁度いい玄関とやや長い廊下、キッチンへ続く木製のドアが目に入った。無造作に靴を脱ぎ捨てるとキッチンへ直行する。いつもの習慣で冷蔵庫からビールを取り出す前に先ほどエリックから渡された紙袋を手に取る。「是非使って欲しい」と笑顔で渡されたこれは一体何なのか、もう子供と呼べる年ではないのに柄にも無くワクワクしている。その道のプロからのプレゼントは何なのか、とベりべり紙袋を破ると中から出て来たのは長方形の小さい箱。同封されている二つ折りのメモ用紙。


『新品なので安心しろ』


やけに可愛らしいデザインのそれは…


(コン!)


それが何なのか気づいた俺は反射的に床に叩きつけた。やはり奴とは仲良くできないと再確認した。奴に相談を持ち掛ける男は恐らく「色々な意味で」初心者だ。そんな奴らに激励と称してこんな上級者向けの物を渡す神経が理解できない。悩みがなさそうな奴でも色々悩んでいるんだな、とほんの少し同情した俺の気持ちを返して欲しい。面白がっている節がある。


『いや避妊は大事だぞ、俺はカバンにいつも』


奴の言葉がフラッシュバックする。ちゃんと伏線は貼ってあった。それでも「これ」をプレゼントされるなんて予想できない。大事なのは俺も理解しているが、現物を渡してまで念押しすることないだろう。いや、世の中には例外と言うものが存在する。エリックに相談した奴の中に「そういう片鱗」を見せている要注意人物がいたことがあり、それ以来心配してこんなプレゼントを渡している可能性もある。話した感じから察するに本当に善意から渡した可能性が高いが。ああ、深く考えるのも馬鹿らしい。俺には縁のないものだ、と床からそれを拾い上げサイドテーブルの引き出しの中に放り込んだ。


気分転換に外の空気でも吸うか、とベランダへ続く窓をガラっ、と開けた。そういえば日中はカーテンを開けっ放しだ。野郎の部屋を除こうなんていう奇特な人間は居ないだろう、と思ってるので今日もカーテンは開け放たれている。


ベランダに出ると肌を生暖かい風が撫でる。もう7月、夜になっても暑い。空を見上げると星が良く見える。昼間は晴天だったな、とふと思い出す。目線を星空からやや遠くに見える建てられてから日が経っていない真新しい建物に移す。あれはこの近辺では一番新しく、そしてセキュリティ対策が万全のアパートメント。聞くところによると管理人の他に警備員が常駐しており、不審者は一歩も中に入れないという徹底っぶり。建物周辺をウロウロ彷徨うだけで怪しまれるらしいが、この部屋からは合法的にアパートメントを眺めることが出来る。


そういえば彼女もここから見えるアパートメントのどこかに住んでいるのだろうか、見える範囲のどこかが彼女の部屋だったり…とその瞬間、頭に浮かんだ邪念を振り払う勢いで首を左右に振った。今のは擁護しようがないレベルで気持ち悪い。


気分転換どころか余計邪な感情が湧いてくる。こういう時は読書をして気を落ち着かせよう。ベランダから室内に戻ると窓を閉め、今度はキッチリカーテンも閉めた。


キッチンと続いているリビングには不釣り合いなほどしっかりとした造りの本棚が配置されている。リビングの他に2つ部屋があるがうち1つを丸々書斎に変えている。実家に置いてあったお気に入りの本を引っ越す際に持ってきたのだ。引っ越し当初は「こんなに本を運び込んで床が抜けるのでは」と戦々恐々としていたが「抜けるわけないだろう、抜けたら不良物件だ」と引っ越しの手伝いに(呼んでもないのに)来ていた兄に呆れられたものだ。


本棚に近づき、並んでいる背表紙を指で順番になぞる。今日はどれを読もうかと思案し、一冊の本を棚から取り出し椅子に腰かける。前に一度読んだことがあるタイトルだが、軽く内容を忘れかけているのでまるで新刊を読む前と同じ気持ちでぱらり、と開く。


いつものように時間も経つのを忘れ、気が付いたら日付が変わっていた。急いでシャワーを浴びるために読んでいる途中の本にしおりを挟み、本棚の元の位置に戻した。








そして時が経つのは早いもので、イングリッドさんと映画を見に行く当日となった。



待ち合わせ場所は街で一番大きな映画館の前。周囲を見渡せば待ち人を待っているであろう男女の姿がチラホラ。映画が楽しみなのか、はたまた恋人、友人に会えるのが楽しみなのかソワソワ落ち着きのない様子。エリックに選んでもらった淡い青色のストライプ柄のシャツに身を包んだ俺も例に漏れずその中に入っている。



そんな俺は待ち合わせ時間の30分前に映画館に到着していた。浮かれすぎ、どんだけ楽しみだったんだと約2名がこの場に居れば呆れられること間違いなしだが、今日は勤務日なのでこの場に来ることは絶対にない。30分も早く来た理由。それは普段夜に会う際、殆ど彼女の方が公園に到着しており結果短時間でも待たせてしまうことが多かったため、こちらから誘った手前今回ばかりは待たせるわけにはいかないと思ったためである。


彼女が更に40分前に来ている可能性もゼロではなかったが、今は夏、午前中から気温は高め、そんな中長時間彼女を待たせてしまうのは心苦しい。目に見える範囲では姿が確認出来ずホッとしていた。

俺がソワソワと落ち着きがないのは何も浮かれているから、という理由だけではない。やけにクリアになった視界のせいでもある。普段、俺の前髪は目にかかる長さなので些か野暮ったい印象を与えるらしい。前髪長いと目が悪くなるぞ、と館長に度々心配される。それは俺も重々承知しているのだが、視界が開けてしまうとどうにも落ち着かないのだ。


そんな俺を見て普段から思うところがあったのか、買い物の一件でやけに馴れ馴れしくなったエリックにこう言われた。


「クラウス、前髪野暮ったいから切るか整えるかした方が良いんじゃないか。何なら俺がやってやるよ、手先器用だし」


エリックの右手に握られたケースに仕舞われたハサミにどうしても先に目がいった。何だそのハサミ、いつも持ち歩いているのかという心の声を飲み込んだ。その申し出をありがたいと思えれば良かったのだが、近づいてくるエリックのニヤケ面を認めた瞬間その気持ちもスン、と消えた。こいつ、プレゼントだけじゃ飽き足らずまだ俺を揶揄うつもりか。黙ったままジトッ、とした湿度の高い目で睨むと「冗談冗談」とハサミをパンツのポケットに仕舞うと遠い親戚が営んでいると言う美容院を紹介してくれた。身内贔屓だと思われるかもしれないけど、腕は確かだからと付け加えて。


なぜそこまでしてくれるのか、と言う疑問が尽きることはなかったが、奴の言う言葉を鵜呑みにするなら「初々しい恋愛」を現在進行形で経験している男たちをサポートすることで、自分の中の満たされない何かを潤しているのかもしれない。意図はどうあれ、手助けしてくれること自体は素直に嬉しかったので素直に受け取っておいた。


ちなみにエリックの親戚だという美容師さんはエリックと似た髪色のこれまた美形で、口が達者と言うかずーーっといつ息継ぎしているんだレベルでじゃべり倒していた。最初はそれなりに会話を続けようと試みていたのだが、途中から力尽きてしまい何を話したのか覚えていない。しかし、仕上がった自分の姿を鏡で見ると「え、誰これ」と思わず零すレベルの出来上がりだった。「お客様、かっこいいですし瞳の色もお綺麗ですから隠さないほうが断然いいですよ」とお世辞だろうが熱心に言われ、少し照れた。腕がいいのは本当だったようだ。整髪料を使い、こうするとより良くなりますよ、と勧められたのでその方法も目に焼き付けた。


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