16話
「ったく、館長に言われたから来てやったけど、俺も暇じゃないから」
その週の休館日、館長に頼まれたエリックに服を買いに行くと誘われた、渋々と言った感じで。口では面倒くさがっているのを隠そうともしなかったが。
「夏だから黒一色は避けろ」
「目の色に合わせて淡い青も…」
「いやモノトーンで固めるという手も」
「いっそ明るい色に」
「何だその毒々しい色!」
口調と態度の違いに風邪を引きそうになるほど、真剣に服を選んでくれていた。時々見ているだけで目がチカチカしてくる色遣いの服を勧めて来たので全力で断った。それを着こなせる人間はそうそう居ない。それはそれとして、エリックの奴面白がっているのがバレバレだ。本人は隠そうと言う気もないだろうけど。
「んだよ注文多いな」
「そんな毒キノコみたいな服じゃなければこんなに嫌がらねぇよ」
不服そうに口を尖らせるエリックの両手にはやはり派手な色合いのシャツが。
「お前の髪色、落ち着いているからいっそこれくらい派手な方が」
だとしてもこれはご遠慮願いたい。何ならお前が着て街を歩けと言いたいが、普通に着こなしそうなのが腹立つ。鼻筋の通った端正な顔立ちに濃紺の瞳と髪、俺より少し高い背丈にスラっとしつつも程よく筋肉の付いた均衡のとれた体躯なのは以前同僚にせがまれて肉体を見せびらかしていた際、チラ見して知っている。何でお前司書やってるんだ、軍か騎士団に入れと心の中で突っ込んだものだ。
実際今この瞬間も服屋の前を通る女性たちがこっちをチラチラ見ながら顔を赤らめているし、何なら店員さんですら見惚れてポーッとしている。誰を見ているか?俺の隣の紺色頭ですね。銀髪というより墨を一滴混ぜたような灰色の髪の男は眼中にないのだ。
「しっかし、クラウスからデートに来ていく服を選びたいから買い物に付き合えって言われた時は耳を疑ったわ」
厳密には俺の代わりに館長が伝えたのだが、それを抜きにしても酷い言われようである。実際問題同僚に飲み会(女子がたくさん来るタイプの飲み会)に誘われても好きな作家の新刊が読みたいから、等と言う理由で断ることも多かった。そんな「本と結婚しそうな」俺が異性と出かけるための服を買いに行く、というのが信じられないのは分かる。
「そうだな、俺も信じられない」
何言ってるんだ、と呆れつつも今度は真面目に落ち着いた色合いのシャツを選んでいる。そう言えば、エリックとは同期だがそこまで話したことがなかった。女癖が悪い奴と決めつけて意識的に距離を取っていたのだ。だが実際話してみると至極まともな印象を受けた。碌に話したこともない俺の買い物に付き合ってくれている(上司から頼まれたとはいえ、本当に嫌なら館長は無理強いしない)のだからいい奴なのは間違いない。人の内面を知らないうちに外見や普段の言動だけで、勝手にこういう人間だと決めつけ距離を取るべきではないと改めて思った。もしかしたら仲良くなれるかもしれない。
「まあ、詳しいことは知らんが避妊はちゃんとしろよ」
「…」
前言撤回、こいつとは根本的に相容れない。異性と出かけるというだけですぐそういう方向に話を持っていくのは如何なものか。無言のまま冷ややかな目を向ける。俺の視線に気づいたのか微かに肩を震わせたエリックがこちらを見る。
「え、何で怒ってんの」
「いや、最低だなと」
「何故罵倒される?」
「すぐそう言うことに繋げるのはどうかと思うが」
「?あー、さっきの?いや避妊は大事だぞ、俺はカバンにいつも」
「これください」
エリックの言葉を遮り、奴が選んでいた中で一番気に入った奴を手に取り店員の元に向かった。一人取り残されたエリックは「俺の扱い雑じゃね?」とボソッと愚痴っていた。
付き合ってもらったのに罵倒したり放置したりと、割と散々な扱いをしたにもかかわらず当の本人は気にした様子もなかった。一応失礼な態度を取った自覚はあったため、謝罪はしたが「?何で謝るんだ」とケロリとしており、拍子抜けした。細かいことは気にしないと言うことか。何もしていないのに負けた気分になった。
「…わざわざ付き合ってもらって悪かったな」
「別に良いってこれくらい」
「何かお礼を」
「本当に良いって…あ、じゃあ礼の代わりにこれ受け取ってくれ」
俺からの礼をやんわりと断ったエリックは背中に背負っていたリュックを下ろし、中から小さな紙袋を取り出し、俺に差し出した。さっき服を買って店を出た俺に「少し買いたいものがある」と10分程どこかに行っていた。これはその時買ってきたものか。
いや、待て。世話になったのはこっちの方なのに逆に物を渡されるとはどういうことだ。困惑する俺にエリックは語りかける。
曰く自分は俺が知っている通りまともな恋愛をしたことのない人間で、異性と出かけるために服を買いに行った経験もないし、今更そんな初々しいことは出来ないくらい自分は汚れ切っている。二股はしたことはないが短期間で付き合う相手が変わるのは本当の事なので、知らないだけで泣かせたり、恨んでいる相手は多い。元々自分はこういう人間だし今更変われない。その代わりと言っては何だが、俺のように相手との仲を進展させようと悩んでいる奴にこのように「プレゼント」を渡していると。ささやかなものだが是非使って欲しい、と言い残すと踵を返し去って行った。
俺はエリックから渡された紙袋に視線を落とす。持った感じは軽い、これだけでは中身を判断するのは難しい。
思いがけずエリックの内面の一部を知らされてしまった。何やら闇を感じずにはいられない、美形で何でも卒なくこなし、女性の扱いにも慣れている様子。てっきり悩み何てないと思ったいたが飛んだ思い違いだった。何があって今のエリックが形成されたかは知らないし聞けるほど踏み込んだ関係ではない。だから今は触れないでおく。
「色々あるんだなぁ」
呑気にそう呟いた俺は紙袋をカバンに突っ込むと帰路に就いた。




