勘違い野郎
「あ~、疲れた…」
フィルちゃん、マイアさんと合流して家に帰ってきた僕は、自室のベッドに寝転がって天井を仰ぎ見ながら、武具屋での自分の失態を思い返していた。
武具屋では色々な武器を試させて貰ったが、近接武器の方はからっきしで、何を使っても駄目だった。特に剣なんか思い切り石畳の床に振り下ろしてしまい、手がめちゃめちゃ痺れて涙目になっているところを、ビリルさんとガゼフさんに大笑いされたせいでトラウマものだ。もう二度と剣は使わん。
それとは逆に、どうやら僕には弓の才能があったらしい。30メートルくらい先にある藁の案山子に2発目で命中させたところ、ガゼフさんに「弓だけやってろ」とお墨付きを貰った。
防具は、魔物の革で出来た胸当てと脛あてを購入した。その時にビリルさんに魔物についても尋ねたのだが、後で教える、とだけ言われて特に情報を得ることは出来なかった。
「これから大変だなあ…」
部屋の隅に置かれた弓と革の鎧を見て、思わずため息が漏れる。
今日はもう休んでいいとビリルさんに言われたが、明日からはハードな日常が待っている。
朝は早起きして広大な畑の手伝いをし、昼過ぎからは体力トレーニングに弓の練習。夜はこの世界についてマイアさんから色々なことを教わらなければならない。
日本にいた頃には経験したことがない超ハードスケジュールだ。自分で言うのもなんだが、僕は努力家で結構色んな事に手を出してきたと思う。とはいえ、明日から始まるきつい日程(特にビリルさんによって行われる、俺の肉体改造計画)を想像するだけで少し憂鬱な気分になった。
軽く布団を被りながら少しの間仮眠をとっていると、階下から、夜ご飯が出来たから食べにいらっしゃい。とマイアさんの声が聞こえてきたため、体をベットから起こして、引き込まれるようにいい匂いのする方へ歩いていく。
今日はどんな料理が出るんだろう、と少し心を躍らせながらリビングへと行くと、その途端目に飛び込んできたのは、美味しそうな料理の数々であった。
どこぞの高級料理というわけではない。どちらかと言えば、素朴で田舎っぽいといったほうがしっくり来る。だが、皿の上に乗った食材達はどれも生き生きとして、鮮やかな色合いを網膜に映し出してくる。
驚きつつも席に座った僕は、脳裏に浮かんだ疑問を、隣の席で微笑んでいるマイアさんに投げかける。
「なんでこんなに今日の料理はすごいんですか?もしかして誰かの誕生日だったり…」
と言いかけて、ようやく俺はそこで気づいた。目の前に座るビリルさんの少し照れくさそうな顔、その隣で満面の笑みを浮かべながら両手にスプーンとフォークを握るフィルちゃん。
これは、僕の歓迎会の意味を込めての料理ということなんだろう。ビリルさんは、きっと前からこれを計画してくれていたに違いない。だから、町へ買い物に行った時もサプライズのためにマイアさん達と別行動を提案したんだ。
これまで経験したことがない温かさに、胸から何か込み上げるものを感じ、思わず目頭が熱くなってくる。
たった1週間の付き合い。それなのに僕は、この家族に対してまるで本当の家族と一緒にいるかのような安心感を感じていた。
目の前で白い湯気をホカホカと立ち上げているスープを一口飲み、そばに置かれている白いパンをかじる。
「柔らかいです……っ」
そのパンは、いつもご飯の時に必ず出ていた、スープに浸さないと食べられない固い黒パンではなかった。フィルちゃんがある日俺に教えてくれたのを覚えている。
「あたし、くろパンってきらーい。固いし、あじないし、たべづらーい。でもね、たんじょうびの日だけは白パンがたべれるんだ!すっごいふわふわで、たべたらぶわぁーーってなるんだ!それがまいとしすごいたのしみなの!」
フィルちゃんの誕生日の時だけってことは、相当に高くて、なかなか手に入らないものなんだろう。
それを、まだ出会って間もない俺に振舞ってくれている。
胸の内から染み出してくるものをついに抑えきれず、ついに片方の目から涙が流れてしまった。
それを見たビリルさんが、俯いて涙を隠そうとする俺を覗き込んで、動揺したように汗を流して慌て始める。
「お、おい、マサタカ、腹でもい、痛いのか?大丈夫か?く、くくく薬とか飲んだほうが…」
「プッ…いや、大丈夫ですって、ちょっと目にゴミが入っただけです」
ビリルさんみたいな強面で筋肉の塊みたいな人が、慌てて俺を心配する様子が可愛くて、思わず吹き出してしまう。
「なんか、僕なんかのために、ここまでしてくださって、ありがとうございます…」
涙を腕で拭いながら俺がそう声を出すと、なぜかみんなが「えッ?」という顔をした。
少しの間、沈黙が流れる。それを破ったのは、フィルちゃんだった。
「マサタカお兄ちゃん、今日、あたしのたんじょうびだよ?」
…どうやら僕は、自意識過剰だったらしい。
こうして僕は、「人の誕生日のための豪華なディナーを、自分のためのものだと勘違いして泣いてしまう」という黒歴史を増やしたのだった。