第711話 魔法使いに求める仕事 前編
銀翼騎士団の係員に聞いたところ、ノワールは冒険者ギルドのホロウボトム支部に呼ばれ、急いで出発してしまったのだそうだ。
さすがに理由までは聞かなかったそうなので、どれくらい待てば戻ってくるのかもよく分からない。
なので今回は、俺の方からノワールを探しに行くことにした。
「ん、もう帰んのか?」
「いや、次はギルド支部だ」
「了解っと。ノワールの奴、そっちに行ってたんだな」
留置所の玄関で待っていたガーネットと合流し、町外れの開放型ダンジョン『日時計の森』へと歩き出す。
グリーンホロウ・タウンからホロウボトム支部への道のりは一本道だ。
町を出る前に入れ違ったりしなければ、途中の山道も『日時計の森』の下り坂も分かれ道がないので、途中でノワールが帰路についても鉢合わせることができるだろう。
そう思って出発したのだが、結局『日時計の森』の第五階層――すり鉢状の地形の底にたどり着いても、ノワールと出くわすことはなかった。
「結構長引いてるみてーだな」
「うちの支店の方か、それともギルドに呼ばれたのか。どっちもありそうなんだよな」
「あの騎士も、行き先くらい聞いといてくれりゃよかったのに」
ガーネットが同じ騎士団だからこその理不尽な愚痴を溢しながら、散歩でもしているのと変わりない態度で、俺の後ろについて歩いている。
とりあえず正門を警備する騎士にノワールへの伝言を頼み、入れ違いに備えておいてから、まずは支店の方へと足を運ぶことにする。
かつては黄金牙騎士団の要塞として用いられ、魔王戦争終結後は冒険者ギルドに払い下げられて支部となった建築物。
ホワイトウルフ商店の支店は、そのうち民間に貸し出されたフロアの一等地の一つに設けられている。
本店と比べて面積が広く、従業員や商品の数も多い。
民間人の利用も見込んだ本店とは異なり、こちらは冒険者の利用だけに商店を絞っているため、商品のラインナップも専門的なものが中心となっていた。
そんな店舗の一角に、顔馴染みの冒険者の姿があった。
「ルークさん。こっちでお見かけするのは珍しいですね」
「ナギか。ありがとな、いつも利用してくれてるみたいで」
少々小柄な東方人の少年、キリガクレ・ナギ。
サクラと同郷だが立場を異にする一族の出身で、最初はサクラと反目しあっていたが、今はお互い気に入らないながらも冒険者として協力している少年だ。
「まぁ、ここら一帯で一番の武器屋ですから。わざわざ山を降りてまで他に行く価値は見いだせませんよ」
ナギは相変わらずのシニカルな態度で応対しながら、東方風の投擲用短剣を手に取って、どの商品がしっくり来るかをしきりに確かめている。
「……それに、俺向きの武器を置いている武器屋なんて、都会でも滅多にありませんから。消耗品を補充するなら一択です」
「物珍しさで買う奴も結構いるんで、売れ行きは意外と悪くないんだよな」
そんな世間話をナギと交わしていると、支店長のナタリアに話を聞きに行っていたガーネットが引き返してきて、分かりやすく首を横に振った。
「ノワールの奴、こっちには来てねぇってさ。呼んだ覚えもないそうだ」
「じゃあギルドからの呼び出しか。とはいえ支部も広いし、ダンジョンの方に行ってるかも……」
「ああ、それならフローレンス支部長の執務室だと思いますよ」
ナギがさも当然のようにそんなことを言ってきたので、俺とガーネットは顔を見合わせてから揃ってナギの方を見た。
「メリッサも一緒に呼び出されてましたからね。防御魔法のことで相談があるとか何とか」
「……なるほど。どうりで何か足りないなと思ったら、メリッサがいなかったのか。いつもは一緒にいるよな」
「別行動くらい取りますよ。そちらみたいに護衛とかじゃないんですし」
呆れ顔のナギに礼を言って、さっそくギルド支部長の執務室へと足を向ける。
本来なら、支部長はアポなしで気軽に会える立場ではない。
しかし自慢ではないが、俺の場合は少しばかり立場が特別だ。
領主、騎士団長、支部長の昔馴染み。
どれを切り取っても、普通と違う扱いを受けられる理由としては充分で、警備担当の冒険者もほぼ顔パスで執務室の前まで通してくれた。
「少々お待ちください。フローレンス支部長は魔法使いの方々と会議中ですので、ひとまずルーク殿がいらっしゃったとだけお伝えして参ります」
警備担当の冒険者が執務室に入っていく。
フローレンスの返答を待つ間、俺とガーネットは執務室の扉の前の廊下で、立ち尽くしたまま待たされることになった。
「……なぁ、ルーク。さっきチラッと中が見えたけど、魔法使いが結構集まってたな。ノワールとメリッサだけじゃなかったぞ」
「みたいだな。一体何の相談をしてるのやら……まぁ、陽動作戦なり突入作戦なりに関わる案件なんだろうけどさ」
冒険者ギルド支部の支部長が、ギルドに所属していない魔法使いを集めて相談するのなら、その労力に見合うだけの必要性があるということ。
しかし騎士団長に話が回ってこない辺り、作戦内容を揺るがすような用件でもないはずだ。
そんなことを考えながら、しばらく待っておくつもりで壁に背を預けていると、意外なくらいに早く警備担当の冒険者が戻ってきた。
「お待たせしました。ルーク殿にもお話を聞いていただきたいとのことでしたので、お時間がよろしければお入りください」




