第710話 とある妹の贖罪
機巧技師であるアレクシアとの話し合いが終わった次は、車の両輪ともいえる魔道具側の担当者との話し合いだ。
ノワールもアレクシアと同じく、ヘルの計画に巻き込まれたことで、再現された古代魔法文明の一端を垣間見て、その知識を現代に反映させるための研究をしている。
もちろん、突入作戦に向けた製品製造も並行しているわけだから、多忙ぶりもアレクシアと同様なはずだから、邪魔をしない程度に様子を伺わせてもらうとしよう。
ただ、魔法や魔道具は機巧に輪をかけて理解が難しいので、説明を聞いても理解はできないかもしれないのだが。
「……というわけで、進捗状況を確かめにきたんだが」
「タイミング測り直した方がよかったんじゃない?」
ノワールが魔道具を製造している作業場に赴いたところ、入れ違いになる形でノワール本人は席を外していた。
代わりにそこで作業に従事していたのは、ノワールと生き写しのようにそっくりでありながら、正反対の真っ白な髪をした女――ノワールの双子の妹のブランだった。
ここは銀翼騎士団の管理下にある拘置所に併設された作業場。
選択の余地がなかったとはいえ、魔王戦争において魔王軍に与して王国と敵対したブランに、魔法使いにしかできない専門的な労役をさせることで刑罰にあてるための設備である。
「進行状況を確認できればそれでいいからさ。専門知識はさっぱり分からないしな」
「それにしたってね……私があなたに何をしたのか、忘れたわけじゃないんでしょう?」
「もちろん。ファルコンが初歩的なミスをやらかしたときに、帳尻合わせのために俺を切り捨てようって言い出したのは、確かお前だったよな」
まるで世間話のようにそう答えると、ブランは苦々しく顔を歪めて視線を逸らした。
多分これは気まずさを誤魔化そうとしているんだろう。
不思議なもので、パーティーの一員として『奈落の千年回廊』に挑んだときは、ブランが何を考えているのかさっぱり分からなかったが、今は何となくだが理解できるようになっていた。
きっと、前と比べて俺に心の余裕ができたことで、以前は見落としていた機微に気付けるようになったのだ。
「前にも言った気がするけど、俺は昔の恨み辛みを引きずるつもりは、もうないんだ。そんなこと言っていられないくらいに毎日が忙しくて、本当に充実してるからな」
ダンジョンの奥底に置き去りにされて死線を彷徨った一件で、ファルコンやブランを恨んでいたのは事実だが、今も恨んでいるといえば嘘になる。
ファルコンと女剣士のジュリアは魔王ガンダルフの実験で竜人に改造され、自我を縛られて魔王軍の手先になった後、最終的に自ら進んで竜人化の研究に協力すると告げて王都に連れて行かれた。
ブランは改造を受けず自分の意志で魔王に従った後、左腕を失ってアガート・ラムの虜囚となり、心身ともに追い詰められた末に身柄を確保され、この通り銀翼騎士団の預かりとなっている。
武器屋を始めてからの充実した人生と、あのとき俺を見捨てた面々の辿った顛末は、俺の中の憎悪をクールダウンさせるには充分過ぎた。
「まったく……羨ましいわ、ほんと。できれば代わってほしいくらい」
「はは、そいつは無理な相談だ。けど、お前も前よりは顔色が良くなってるんじゃないか?」
「……あなた達に捕まる前と比べたらね。あのときは本当に身も心も最悪だったから」
ブランは自嘲気味な笑みを浮かべながら、作業台の上で魔道具の組立作業を続けている。
しなやかな最新型の義肢に置き換えられた左手も、支障なく精密に動いているようだ。
「で、進捗状況なんだけど。私は製品の組み立てしかしてないから、研究の方がどうなってるかは知らないわ。それはあの子に聞いてちょうだい」
「分かった、後でノワールとも話しておくか。組み立ての方の進捗は?」
「もちろん順調よ。予定より早く終わるかもね」
「そいつは良かった。正直かなり無茶な発注だったから、ひょっとしたら間に合わないかと思ったぞ」
陽動部隊も突入部隊も、多くの機巧と魔道具を必要とする。
機巧技師はアレクシアの伝手でちょっとした組合ができるくらいに集められたが、個人の研究を重視する魔法使いは少々集まりが悪く、魔道具の需要を満たしきれるか怪しいところだった。
けれどその辺りが順調なら、残りのリソースを安心して新装備の開発に振り分けることができそうだ。
用件も済んだので、そろそろお暇しようと思ったところで、ブランが作業の手を止めて遠慮気味に話しかけてきた。
「ねぇ……これから大きな作戦があるみたいだけど、やっぱり……ノワールも参加するの?」
「多分な。グリーンホロウにも魔法使いが増えてきたとはいえ、一緒に戦った経験がある奴はほんの一握りだ。できれば白狼について来てもらいたいと思ってるよ」
もうじき白狼騎士団が臨むことになる作戦は、誰がどう考えても魔法使いの援護を必要とするものだ。
古代魔法文明の残滓と対峙するというのに、古代魔法はおろか現代の魔法にすら備えられないようでは、文字通り死にに行くようなものである。
そして、お互いの性格や戦闘スタイルを理解し合っていて、なおかつ充分な実力を備えた騎士団外の魔法使いとなると、ノワール以外には辛うじてメリッサの名前が挙がるくらいだろう。
「……これはお願いというか、提案でしかないのだけれど……私も何かの形で、その作戦に関われないかしら」
「お前が?」
ブランの表情は真剣だ。
何かしらの他意があるようには感じられない。
「本命の作戦に組み入れろとは言わないわ。後方の雑用でもいいの。アガート・ラムの本拠地に殴り込むのなら、私もほんの少しでいいから関わって、あいつらに意趣返しをしたつもりになりたいの」
「作戦内容をどこから聞いたんだ。お前に伝えたはずは……」
「銀翼騎士団の連中、何度もしつこいくらいに事情聴取をしてくるのよ。アガート・ラムについて思い出したことはないかって。そんなことされたら、嫌でも察するに決まってるじゃない」
なるほど、確かにそれはそうだ。
以前に白状したはずのアガート・ラム情報をしつこく聞き返され、なおかつ戦いの備えとしか思えない魔道具を大量発注されたら、誰だって『アガート・ラムと大規模に事を構えるつもりなのだ』と分かってしまうだろう。
「一時保釈となると、さすがに俺が決められることじゃないな。ちょうど銀翼騎士団の偉い奴が来てるから、話くらいは通しておくよ。ブランがノワールの力になりたがってますってさ」
「なっ……! そ、そういう意味じゃ……!」
ブランは白い頬を微かに赤らめて反論しようとしたが、すぐに口を噤んで押し黙った。
そして俺が作業場を立ち去ろうとする寸前に、視線を逸らしながらポツリと呟く。
「……ありがと」
「期待はするなよ」
俺はブランの横顔に遠くから笑いかけ、ノワールに会いに行くために分厚い扉を潜っていった。




