第709話 アレクシアと新兵器
第三階層突入作戦の前にやるべきことは、これでおおよその方針が固まったといえるだろう。
陽動作戦の最終準備は冒険者ギルドに引き継ぎ、本命の突入作戦も王宮主導の連合部隊に引き継ぐことになる。
どちらも以前は白狼騎士団が担ってきた準備だったが、無事に適切な相手へ引き継ぐことができ、多少は肩の荷が下りた気分だ。
後は本番で俺達が担う役割――突入作戦と並行しての情報収集と、作戦に向けた新武装を急ピッチでの開発を進めていくだけである。
「……とはいえ、急にねじ込んだ案件ですから、納期がヤバいことなってるんですけどね!」
アレクシアが作業台で金属を加工しながら、妙にテンション高く現状を笑い飛ばした。
俺は今、アレクシアが代表を務める機巧技師組合の作業場を訪問し、技師達に任せていた作業の進捗を確認させてもらっていた。
依頼していた内容は新装備の開発だけでなく、既存の製品の増産も含まれているので、組合の機巧技師達もフル回転で働いており、報告内容もなかなかに膨大だ。
それを整理もせずに持ち帰るわけにはいかないので、俺も作業所の机の一角を貸してもらい、一通り目を通しながらアレクシアと会話をしている、という状況である。
「納期については、ほんと悪いと思ってるよ」
「いえいえ、お気になさらず。私もやりたくて請け負った案件ですし。まぁ、そういう意味では自業自得といいますか」
笑って作業を続けるアレクシアの横顔は、本当に楽しそうで活力に満ちていた。
もちろん働き詰めで疲労の色は見え隠れしているが、それを踏まえてもなお輝いて見える。
「……それで、さっきから何を作ってるんだ?」
「新しい武器ですよ。ルーク君もあの世界で見たことがあると思いますよ」
アレクシアはにやりと笑って、ちょうどL字に近い形に加工された金属塊を手に握り、少し離れたテーブルにいる俺から見えやすいように差し出してみせた。
それはまさしく、ロキの記憶を再現した仮想世界で目の当たりにした、古代魔法文明の武器――銃であった。
若き日の魔王ガンダルフが愛用し、ドワーフのイーヴァルディが信頼性を疑問視していた、当時の古代魔法文明においても最新鋭の武器だ。
もちろん仮想世界で目にした現物ほどの精緻さはない。
金属の形をどうにか似せた粗削りの模倣品だが、一目でそれと分かる程度の類似性は実現されている。
「何だって!? 作れたのか!」
「いえいえ、まだまだこれからですよ」
思わず声を上げて驚く俺に、アレクシアは悪戯っぽく笑いながら首を横に振った。
「原理自体は割と単純なんです。金属製の筒の奥で瞬間的な爆発を起こして、その勢いで金属の球を飛ばすだけ。もちろん強度やら精度やらの問題はありますけど」
「どうやって爆発させてるんだ?」
「現物は錬金術で調合した砂状の薬品を使っていました。とはいえ錬金術は専門外でして、一体どうやって調合していたのかさっぱりなんですよね」
「となると、やっぱり魔道具頼りか」
アレクシアは俺の意見に「そうなりますね」と同意を示した。
「爆発系の魔法を瞬間的かつ小規模に発動させる、使い捨ての道具……そう考えると、うちが量産してる呪符のお家芸みたいなとこありますし。後でノワールと相談してみようと思います」
「安全性を考えるなら、わざわざ爆発させずに風の魔法でふっ飛ばせばいいんじゃないか?」
「それも手ではありますね。問題は威力が引き出せるかどうかですけど」
若き日のガンダルフが『銃』を振るっていた光景を思い出す。
トリガーを引いて高速の遠隔攻撃を放つという点だけで比較すれば、クロスボウと同じ系統に属する武器であると言えるだろう。
クロスボウは弦を引き絞った反動で矢弾を飛ばすが、銃は筒の奥で爆発物を起爆させた衝撃で弾丸を飛ばす。
こうして考えると、ホワイトウルフ商店が製造販売している呪装弾は、矢弾を風の魔法などで加速させるものもあるので、クロスボウと銃の中間的な武器だったと言えるかもしれない。
――つまり、アレクシアが作ろうとしている新兵器は、決して荒唐無稽な代物ではない。
呪装弾が弦の反動で飛翔し、風の魔法で更に加速させるところを、爆発なり突風なりの魔法による初期加速に一本化して、弦と弓を廃止する。
これによって、いちいち時間をかけて矢弾を弦と弓に装填する必要がなくなり、筒状の本体に呪装弾を装填するだけで発射が可能となるのだ。
「うん……かなりよさそうだ。クロスボウの代替として凄く有効だと思う。撃ち出す弾も単なる金属球じゃなくて、呪装弾と同じように魔法効果を付与すれば……」
「でしょう? 現状の設計ですと、一発ごとに装填する必要があって、ガンダルフが使っていたような連射式にはなっていないんですけど……それでもクロスボウの代替と考えれば充分でしょう」
俺はアレクシアと一緒に心を躍らせる一方で、この武器の考案が今で良かったと心から思っていた。
こいつは間違いなく、対人戦闘でも死ぬほどに有効だ。
威力自体は攻撃魔法やスキルを駆使した白兵戦に及ばないかもしれないが、クロスボウと同じく『戦闘向けスキルを持たない人間でも戦力になれる』という点が実に危うい。
携行性でも速射性でもクロスボウに勝る射撃兵器――そんな代物が大陸統一戦争の最中に出現したなら、間違いなく大量生産されて各戦線に放り込まれ、数え切れないほどの屍を築き上げていたことだろう。
しかし現在は戦争もほぼ収束し、なおかつ極秘の重要作戦に投入する新兵器という立場上、大量生産して売りに出すこともできない代物だ。
当面は第三階層攻略戦のみに供給して、それ以降の扱いについては陛下と王宮に託すことにすれば、想定外の事態を引き起こすこともないだろう。
「そうだ! ルーク君にもクロスボウの代わりに一挺造りましょうか」
「いいのか? 護身用の武器が持ち歩きやすくなるのはありがたいな」
「せっかくですから、義肢に仕込んでみたりします? 肘から手首にかけて金属の筒を通してですね……」
何やらとんでもない構想を語るアレクシアに、俺はただ苦笑を返すことしかできなかった。




