第703話 二人の騎士団長の悪巧み
「一つご提案があります。銀翼騎士団も第三階層の攻略戦に……いえ、犯罪組織アガート・ラムの討伐に参加なさいませんか」
俺が真っ向からぶつけた提案に対し、カーマインは不敵な、あるいは興味深いと言い表せるような表情で、俺の言葉の続きを待っている。
「地上で暗躍していたミスリル密売組織……その追跡と壊滅は銀翼騎士団の職掌のはずです。後になって尋常ならざる集団と分かったとはいえ、ミスリル密売組織の検挙という名分が消えることはないでしょう。それに……」
俺は視線を一瞬だけ隣のガーネットに向け、それから再びカーマインを正面から見据えた。
「アガート・ラムはアージェンティア家にとって仇のはず。それなら……」
「参戦希望なら既に陛下にお伝えしているよ」
カーマインの返答は至極簡潔なものであった。
「だけど『参戦したい』と名乗りを上げても、それだけで願いが叶うようなものでもないからね」
やはり俺が提案するまでもなく、銀翼騎士団は第三階層攻略戦への参戦を希望していた。
けれど、今のところ芳しい成果は得られていないようだ。
「今回の作戦で投入される戦力は、第二階層からの陽動担当を担う冒険者パーティーと、第四階層からの突入担当としての連合部隊――王国側戦力と魔王軍側戦力、選抜された冒険者達、そして要石としての君達、白狼騎士団からなる連合部隊だ」
「……団員の一部は陽動部隊に派遣するつもりではありますが、概ねその通りですね」
「そして銀翼騎士団に参戦の余地があるとすれば、それは連合部隊に組み込まれる王国側戦力としてだろう。つまり、全ては陛下が僕達を選ばれるかどうか次第だ」
「陛下ならきっと選んでくださいます」
かもしれないね――カーマインはそう返答して苦笑を浮かべた。
「だけど、騎士団同士のパワーバランスの調整は大変なんだ。十一の騎士団の源流は、ウェストランド王国に併合された敵国の軍事組織。ほんの一昔前まで敵対していた者同士だからね」
「存じています。どれかの騎士団に影響力が偏るようなことがあれば、他の騎士団からの反発が避けられないのでしょう」
「その通り。そして残念ながら、アガート・ラムは大層な人気者でね。数多くの騎士団が我こそはと名乗りを上げている。軍事担当の黄金牙どころか、神殿統括の虹霓鱗に魔法使いを統括する翠眼に……」
カーマイン曰く、戦力の派遣を希望していないのは、本来の公務がそれどころではない二、三の騎士団くらいらしい。
虹霓鱗や翠眼は、古代魔法文明の残滓ともいうべきアガート・ラムに、自分達の研究テーマの手掛かりを求めて近付きたがっているのだろう。
航路の警備をしている騎士団に何の関係が……と思わなくもないが、アガート・ラムは広範囲に渡って暗躍をしていたので、貿易航路警備の騎士団達も苦汁を舐めさせられていたらしい。
そこに『王宮が選抜した戦力を送り込む』という話が持ち上がったものだから、自分達にも一枚噛ませろという要求が後を絶たないのだそうだ。
「ルーク団長。君のお誘いは本当に嬉しいと思っている。だけどそれを踏まえても、僕達が連合部隊にどれだけの戦力を送り込めるのかは未知数だ」
「…………」
「それに、仇討ちの望みはガーネットに託してある。白狼騎士団が仇を討ってくれたら、それだけで充分だよ」
事情は分かった。
だけどこっちが納得するかはまた別の話だ。
「王宮側の事情は理解しました。ですが、こちらにも理由があります。もちろん、俺個人の私情の他にも、です」
銀翼騎士団にも参戦してほしいと考えている原因に、私情が混ざっていないと言えば嘘になるし、そこを否定するつもりはない。
これまで幾度となく世話になってきた人達に本懐を遂げてもらいたいと考えるのは、人間として当然の感情だろう。
「俺達、白狼騎士団に与えられた公務は、王宮や他の騎士団と、ダンジョン『元素の方舟』を探索する冒険者の仲立ちだけではありません。このダンジョンに秘められた真相を明らかにすることも、我々の役割の一つです」
だからこそ白狼騎士団は、虹霓鱗や翠眼といった学者気質の強い騎士団から、騎士というよりも研究者と呼ぶべき人員が派遣されている。
虹霓鱗のヒルドに翠眼のアンブローズ。
単に調停役をするだけでいいなら、彼らのような才能を抱え込むのは無駄でしかない。
「攻略戦が好調に進めば、恐らく……いえ、間違いなく、アガート・ラムは証拠隠滅と情報の抹消を図るでしょう。これまでの密売に関する資料も、古代魔法文明から引き継いだ技術のデータも、自分達と道連れに消滅させてしまうに違いありません」
もちろんこれは、俺達が戦いに勝利できそうならの話ではある。
だが『まさか消されるとは思わなかった』では済まない重大問題だ。
「なので我々白狼騎士団は、連合部隊の第三階層攻略と同時進行で調査を行いたいと思っています」
「へぇ……! それはまた大胆な方針だ!」
「古代魔法文明の遺産には、無理を押すだけの価値がある。そう確信していますからね。この身を持って、嫌というほどに」
俺は誇張ではなく本気でそう思っている。
これまでに幾度となく垣間見てきた古代魔法文明の記録の残滓は、現代文明を大きく凌駕する高度な文明の存在を提示してきた。
調査研究を命じられた騎士団として、十五年も冒険者としての活動を続けてきた人間として、貴重な情報をむざむざと破棄されてしまうことだけは避けなければならない。
「ですが、白狼騎士団単体ではハッキリ言って戦力不足です。冒険者から引っ張ってくるにしても、腕利きは陽動や攻略に回さざるを得ません。ですが銀翼騎士団なら……」
「事件調査の証拠の押収も、貴重な研究資料の回収も、実際にやることは殆ど同じ。連合部隊の攻勢に乗じて、アガート・ラムが隠し持っている情報を根こそぎかっぱらっていくわけだ」
「……ええ。ですから、俺は『王国側戦力としての参加』ではなく『白狼騎士団と行動を共にする戦力』として参加を提案しているんです」
思わずにやりと笑ってしまうと、カーマインも同じような笑みを返してきた。
正式な攻撃部隊の編成に関しては、ほぼ全ての騎士団が『我こそは』と名乗りを挙げていて、正直に言ってかなり競争率が高い。
しかし、本命の攻撃部隊ではなく副次的な目的……白狼騎士団による情報の回収に同行するという名目ならどうだろう。
アガート・ラムと戦って打ち破りたいから、という理由で志願している騎士団は乗ってこないはずだ。
「これはあくまで、貴重な情報の確保が目的ではありますが、そうした資料は厳重に警備されているはずです。もしかしたら前線に出ない幹部級との接敵もあるかもしれません」
「なるほど確かに、戦力を揃えたい理由がある。幹部級をそれなりに仕留められたら、例の件の報復としても面目は立つだろうね」
「後で正式に王宮へ要請を出しておきます。ひょっとしたら虹霓鱗や翠眼からも派遣希望があるかもしれませんが、むしろちょうどいい隠れ蓑になると思います」
各騎士団のパワーバランスというややこしい事情の裏を掻き、銀翼騎士団にも心置きなくアガート・ラムと対峙してもらう――そのための手段としては、恐らく最良の一手であるに違いない。
そして、攻略部隊とは別枠でアガート・ラムに挑むことになるため、連合部隊のその他大勢として参戦するよりも、ガーネットの復讐心を強く満たすことができるはずだ。
悪巧みでもしているかのような気分でカーマイン団長と笑い合う俺を、マークが何やら見てはいけないものを見てしまったような顔で見やっていたが、とりあえず今は気にしないことにした。




