第702話 白狼と銀翼の作戦会議
会議室には銀翼騎士団の副長にして、この支部のリーダーを務めるフェリックスと、白狼騎士団の事務を一手に担うソフィアも当然のように同席していた。
むしろこの二人がいなければ、実務担当者を無視して話を進めることになってしまう。
とりあえず白狼騎士団側の席に腰を下ろそうとしたところ、ソフィアの隣に座っていたマークが、さり気なく身を乗り出して小声で話しかけてきた。
「どうして自分まで連れてこられてるんですか。俺なんかがいたって、大して役に立てないと思いますけど」
「いいからいいから。まずはソフィアを手伝って書記役でもやってくれ」
「……無茶振りされても困りますからね」
マークは露骨に『何か期待されても困る』という顔をしながら、渋々ながらに筆記用具の準備を始めた。
その一方で、部下のフェリックスと何事かやり取りしていたカーマインが、話を切り上げるや否やマークの方に好奇心を向けてきた。
「おや? ひょっとして、彼がマーク・イーストン卿かな? 君の血を分けた弟だとか何とか」
「ええ、お互い個別に騎士叙任を受けましたので、それぞれ違う家名を賜ることになりまして」
「彼の方は、紫蛟騎士団のジャスティン・イーストン団長から苗字を貰ったのかな。いやぁ、なるほど。彼がそうなのか」
反対側のテーブルから興味深そうにマークを見やるカーマイン。
当のマークはといえば、上級騎士団の団長からこんな視線を向けられていることに困惑し、無言で俺に説明を求めてきている。
しかし俺が何か言うまでもなく、カーマインは興味関心の理由を自分から説明した。
「ルーク卿の弟なら、僕にとっては将来的に義理の弟のまた弟になるわけだ。だからこうして顔を合わせておきたいと常々思っていてね。いやぁ、それにしても、兄弟でよく似ているなぁ」
今更な事実を改めて言葉にされて、マークは驚きに目を丸くする。
そして不意打ちの流れ矢を食らわされたガーネットは、他言できない感情を噛み潰しながらカーマインを睨みつけていた。
この場面で平然とガーネットを弄りに回ることができるあたり、つくづくカーマイン団長は大物だと言わざるを得ない。
「カーマイン団長。そういうのは、本人がいないところでやることじゃないのでは?」
「それもそうか。次はアルマも交えてやりたいものだね」
とりあえず、ガーネットが爆発する前に話題を切り替えようとしたところ、カーマインもあっさりとそれに乗って話を切り上げてしまった。
「さて、それでは本題に入るとしよう」
見るからに優男な外観も、どこか陽気な声色もそのままに、カーマインの雰囲気が威圧感のあるものへと変化する。
彼が間違いなく騎士団長であると、万人に理解させるに足る気迫。
マークも目の前の青年の気配に息を呑み、ぐっと口を噤んで姿勢を正した。
「対アガート・ラム戦闘――第三階層攻略戦。その間のグリーンホロウ・タウンの警備方針についての話し合いだ。白狼騎士団と銀翼騎士団が膝を突き合わせる理由といえば、まぁそれくらいのものだろう」
白狼騎士団に与えられた公務は、ダンジョン『元素の方舟』の探索における冒険者側と王国側の仲立ちと、該当ダンジョンに秘められた秘密の研究と解明――そして、魔王軍やアガート・ラムとの戦いに向けた諸般の準備の進行。
そしてカーマイン団長率いる銀翼騎士団の公務は、大陸各地の治安維持と犯罪捜査。
こちらから銀翼に協力を要請することがあるとすれば、やはり治安維持に関して力を借りたいという形になってくる。
「ええ、第三階層の攻略に向けて様々な準備をしてきましたが、グリーンホロウ・タウンの治安維持の問題に関しては、やはり銀翼の力をお借りしなければ」
「冒険者を雇って警備を担当させるというのは?」
「難しいですね。状況が状況だけに、依頼を出しても食いついてもらえませんよ」
俺は臨席している他の騎士達にも伝わりやすいように、肩を竦めて首を横に振り、どうして冒険者に警備依頼を出すことが難しいのかを説明する。
「攻略作戦は第二階層からの陽動と、第四階層からの本命に分かれているわけですが、陽動の方は表向きには『冒険者パーティーによる探索』であると偽装されています」
「そうだね。アガート・ラムが第三階層に潜んでいるという事実は、今のところ世間には伏せられている。だからこそギルドに協力を仰いだわけだ」
「ですが、事情を知らない冒険者にしてみれば、選び抜かれた冒険者パーティーが新発見された階層に踏み込もうという瞬間なのです。自分が参加できなくても間近で見届けたいと考えるものでしょう」
他の騎士達の何人かが、納得したように短く息を吐く。
新階層への突入という大イベントを目の前にして、その現場の間近に――例えば例の湖畔や最寄り拠点の中立都市に――詰めかけて立ち会うのではなく、ダンジョンの外で何の脅威があるのかも分からない警備業務に従事する。
果たしてどれくらいの冒険者がそんな選択をするのだろう。
もしかしたら最新の探索成果が飛び込んでくるかもしれない。
もしかしたら追加人員の募集が掛けられるかもしれない。
にもかかわらず、面白みもなく探索心も満たされない警備業務に――?
「……募集を掛けても大して成果がないのは目に見えてますから、グリーンホロウの守りを冒険者に頼るのは避けました」
「なるほどね。さすがは冒険者出身というだけはある。生え抜きの騎士にやらせたら、土壇場になって大慌てしそうだ」
両騎士団の会議は、こんな風に落ち着いた雰囲気で進んでいった。
俺が騎士になる前からの付き合いがある人々というだけあり、お互いのことはきちんと理解できているので、無駄な衝突や認識の齟齬も起こらない。
どれくらいの人員を、どのタイミングで、どんな名分を隠れ蓑に投入するか。
決めなければならないことは山程あったが、さすがは治安維持を公務としている騎士団だけあって、その辺りは実に頼りがいがある相手である。
「さてと……今日この場で決められることは、だいたいこれくらいかな」
「……カーマイン団長」
会議を纏めにかかるカーマイン。
しかし俺には、この機会に尋ねておかなければならないことがあった。
「一つご提案があります。銀翼騎士団も第三階層の攻略戦に……いえ、犯罪組織アガート・ラムの討伐に参加なさいませんか」




