第682話 魔力プラント探索 後編
「げえっ! 親方!?」
この時代風の衣服に身を包んだアレクシアが、イーヴァルディの乱入に慌てふためいて後ずさる。
「待ってろって言わなかったか? どうしてこんなところにいやがるんだ?」
「いやいや、あのですね、これには深い理由が……」
イーヴァルディは答えさせる暇もなく問い詰め続け、アレクシアもアレクシアでのらりくらりと誤魔化そうとしている。
二人の思うままにさせていても、いまいち話が先に進みそうにない。
仕方がないので、俺はガンダルフの許可を得てから、班を代表してノワール達から話を聞くことにした。
「……俺が事情を聞いてきますね」
「任せた。とても相手をする気になれん」
しかし当然というべきか、ノワールとヒルドは今の俺がどこの誰か分からないようで、見知らぬ少年が訳知り顔で近付いてくることを不思議がっているようだった。
こういうときは手っ取り早く理解してもらうのが一番だ。
部屋の隅へ来るように手招きし、怪訝そうについてきた二人に――アレクシアはまだイーヴァルディに捕まっている――端的な言葉を投げかけた。
「やっぱり、二人とも巻き込まれてたんだな。ガーネットはいないのか?」
「え……? も、もしか、して……君、は……」
「ま、まさか! ルー……!」
俺はヒルドが驚きの声をあげようとしたところで、自分の口元に指を立てて『大声を上げるな』というジェスチャーをした。
ヒルドはすぐさま俺の意図を察し、声を潜めて続きを口にした。
「……ルーク団長、ですか?」
「ああ。再現された登場人物の立場に据えられて、姿まで変えられたらしい。意識とか記憶とかには影響がない……と思うんだが」
「なるほど。実は私も、こんな風にエルフの姿を与えられたようでして。この時代はエルフが街で暮らしているのも普通だったんですね」
俺もまた、ヒルドが言外に伝えたがっていることを理解する。
ヒルドは自分が魔族であることを隠していたが、この世界に引き込まれた際にノワールやアレクシアに露呈しそうになってしまい、エルフの姿を与えられたのだと説明したのだろう。
適当に口裏を合わせてほしいと視線でも訴えてきているようだ。
「そんなことより、どうして三人揃ってこんな場所にいるんだ? ここが危険だって知らなかったとか言うんじゃないだろうな」
「詳細は長くなるので省きますが……私とノワールは、この世界に引き込まれた際に『とあるバウンティハンターチームの一員』という役割を充てがわれました。ここにいるのは、そのチームが廃棄プラントの魔物退治に乗り出したからなんです」
恐らく、アルファズルが言っていたもう一つのバウンティハンターチームのことだろう。
「チームメイトとは別行動をしているんだな」
「はい。この部屋の装置が重要なものかもしれないということで、分析を進めておくように言われました。他のメンバーは施設内を探索中だと思います」
俺がロキの立場を押し付けられ、エリカがフラクシヌスの店の従業員を演じさせられているように、他の連中も何らかの役を与えられているのは、むしろ妥当な展開といえるだろう。
それがバウンティハンターのチームの一員であったなら、なるほど確かに、ワイルドハントやドラゴンネストのようにここへ来ていてもおかしくはない。
――だが、ここに作為を感じないといえば嘘になる。
この世界がロキの記憶の再現であるのなら、魔力プラント跡地に三組のバウンティハンターチームが居合わせることも、実際にあった出来事である可能性が高い。
つまり、彼女達がその役割を与えられたこと自体が、俺達をこの場に集合させるための配役なのではないかという疑いは、どうしても拭いきれなかった。
「ちなみにアレクシアは、チームが補給に立ち寄った工房で出くわしました。少しでも気心の知れた相手がいてほしかったので、今回の作戦にお誘いしたのですが……」
「……呼ばない、方が……よかった、かも……?」
「どうしてこっちでも師匠に困らされるんだって、愚痴をこぼしていましたしね……」
俺達のやり取りが一段落したのを見て取ったのか、後方からガンダルフが現状報告を要求してくる。
「どうだ、事情は聞き出せたか」
俺よりも先にヒルドが振り返り、そしてガンダルフとエイルの存在に気が付いて、大袈裟にびくりと体を震わせた。
「ガ、ガガガ……エエエ……」
「落ち着け、面白い鳴き声になってるぞ。詳しくは後で説明するけど、今の俺の役割っていうのは、アルファズルが率いるバウンティハンターの一人なんだ」
「……嘘ぉ……い、いえ、ありえない話じゃないんでしょうけど……」
小声でヒルドに落ち着くように言ってから、部屋の入口付近で佇むガンダルフに返事を投げる。
「やっぱりアルファズルが言っていた連中で間違いないようです。他にも何人か来ていて、今はチームを分けて別行動中のようですね」
「了解だ。それなら話は早い。予定通り、撤収させるか我々と……」
そのとき、エイルが片耳を抑えて顔を顰めた。
「フラクシヌスから緊急連絡! プラントの主と思しき魔物……え、何……生命体? とにかく、よく分からない何かと遭遇したって!」
「曖昧すぎる! 明確に表現しろ!」
「文句はあっちに言って! とにかく正体不明の何かと遭遇、攻撃を受けたため応戦中! すぐに合流しろって! 場所は地下の第三魔力採取塔!」
焦りに満ちたエイルの声に、周囲の空気が一気に硬く引き締まる。
魔物とも人間とも断言できない何か――凡百の素人ならともかく、アルファズルやフラクシヌスがそう表現せざるを得なかったという事実が、事の異様さを何よりも色濃く物語っている。
そしてこの場で判断を下すべきサブリーダーのガンダルフは、誰から求められるでもなく迅速に指示を出した。
「至急、第三魔力採取塔に急行するぞ。そこの女共。施設からの即刻退去を推奨するが、ついて来るというなら止めはしない。無論、守りもしないがな」




