第680話 魔力プラント跡地にて
「これは……凄いですね。ちょっとした城みたいだ……」
「まぁ、この手のプラントは必要な設備を丸ごと抱え込んでるからな。必然的にでかくなるもんだ」
車窓から谷間を見下ろして率直な感想を口にすると、助手席のイーヴァルディが補足を加えてきた。
建物全体の規模自体は城にも匹敵するが、見た目は城とは似ても似つかない。
大きな直方体が幾つも横に繋がったような形をしていて、居住性はほとんど考えられていないようである。
「アルファズルとフラクシヌスはプラントの正面にいるようだ。このまま下りるぞ」
ガンダルフはハンドルを切って谷底への下り坂を進み、プラントの正面ゲートから敷地内へと入っていった。
そして俺達の到着を見て取ったのか、建物の方から人間と樹人の二人組――アルファズルとフラクシヌスが姿を現した。
フラクシヌスの方は前の再現と変わっていないが、アルファズルは五年分の時間経過を反映し、少年らしさが更に薄れた青年になっている。
魔眼を隠す大きな革眼帯や、右側が白く変色した頭髪もそのままだが、集団を率いるリーダーとしての雰囲気は増しているように思える。
「遅かったな、ドラゴンネストの連中に先越されたぞ」
「あの程度、いようといまいと関係あるまい」
ガンダルフはアルファズルの軽口を受け流し、車から降りて合流するよう俺達に促した。
「まずは状況を説明しろ。先行するだけの理由はあったのだろう」
「ああ。別のハンターチームの待機組が持ち帰った観測資料に、少し違和感があったんだ。とはいえ断言できるほどでもなかったから、俺とフラクシヌスだけで確認しておこうと思ってさ」
そしてフラクシヌスはアルファズルからの視線を受け、リーダーの代わりに先行調査の結果を説明し始めた。
「端的に言いますと、土壌の魔力濃度の不自然さです。この魔力プラントは施設の老朽化を理由に閉鎖されたのであり、魔力枯渇が原因だったのではありません。この場合、通常はプラント閉鎖後には土地の魔力濃度が増大するはずなのですが……」
「ええと……プラントは土地の魔力を吸い上げて街に送り込む施設で、それが閉鎖されたら、吸い上げられていた分が溢れるはず……ってことですか?」
「はい、理屈はそれで間違いありません」
喩えるなら、井戸水や湧き水をポンプで常に汲み上げているようなものだ。
汲み上げ続けている間は水が貯まることはないが、そのポンプが停止すれば水が溢れ返ってしまうだろう。
しかし、アルファズルとフラクシヌスが言うには、こうした当たり前の増大が起こらなかったらしい。
「魔力プラントの稼働中と比べれば微増はしています。しかし微増で収まること自体が不自然と言えます」
「ちょっと待って。周りの植物がここぞとばかりに魔力を吸い取って、土壌の魔力が増えないケースも普通にあるでしょ」
エルフらしく植物に着目したエイルの発言に、植物の魔族であるフラクシヌスは否定と肯定が半々の答えを返した。
「ええ、ありえますね。ですから私が先行して調査を行ったのです。しかしご覧の通り周囲は岩山のままで、数少ない植物も大して魔力を帯びていませんでした」
「む……確かに冷え冷えとしてるなーって思うけど……」
プラント周辺が緑豊かになっていれば良かったのですがね――フラクシヌスはそう付け加えて首を横に振った。
土地の魔力が枯渇したのでないなら、魔力プラントが閉鎖すれば周囲の土地はかつての魔力豊かな環境を取り戻す。
このとき、土地の草木が溢れた魔力を吸い上げていたのなら、土壌から検出される魔力の濃度は高くならない。
しかし――ここはそのどちらにもならなかった。
相変わらず草木に乏しい荒れ地のまま、土地を流れる魔力の量もさほど増えていないのだという。
「まったく……遠回しにもったいぶる意味なんてないでしょうに」
炫日女が荷台に積んでいた大太刀を背負いながら、呆れたように口を挟む。
「植物じゃないなら動物です。都市の消費量に匹敵する魔力を吸い上げている魔物がいる――差し引き微増ならこれくらいしか可能性はないでしょう」
「俺もそう考えてるよ。だけど現場を見ないことには断定できなかったかったし、分かったところで独断専行での突入はすべきじゃないからな」
「ドラゴンネストの連中は止めなかったんですね」
「忠告はしたさ」
アルファズルは炫日女に軽く肩を竦めてみせた。
先程のリザードマン達の態度から察するに、危険だからと言っても聞かなかったのだろうと察しがつく。
「フラクシヌスに植物を分析してもらっている間、俺も魔眼で周囲を観察してみた。少なくとも建物の周囲に魔力が流れ出している様子はない。施設内のどこかに集められて、溜め込まれているんだろうな」
「魔眼だけで分かるくらいなら、私が魔法を使うまでもなさそうですね。またお荷物になりそうです」
残念そうな、あるいは安堵したような顔をするエイルに、アルファズルは軽く肩を叩いて笑いかけた。
「何言ってるんだ。これからプラントの主を探すんだから、お前がいてくれないと困るだろ」
「……しょうがないなぁ」
そう言われて嬉しそうに口元を綻ばせるエイル。
アルファズルは対照的に不機嫌さを滲ませた炫日女にもすかさず声を掛けた。
「主が見つかったら、そのときはよろしくな。大物が出てきたらお前頼みだ」
「仕方ないですね……一刀両断にしてやりますよ」
一瞬にして二人の少女の機嫌を取ったアルファズルに、俺はガンダルフやイーヴァルディと肩を並べて、何とも言えない視線を向けていた。
「……なぁおい、お前ら。どっちが勝つか酒でも賭けんか」
「断る。露呈したら命を懸ける破目になるだろうからな」
「右に同じく……」
アルファズルはそんな俺達のリアクションを知ってか知らずか、何事もなかったかのように作戦の開始を宣言した。
「それじゃあさっそく廃墟の探索を……と言いたいんだが、実はもう一組、ドラゴンネストとは別のチームが入り込んでるんだ。俺達の周辺調査が終わる前のことだったから、あまり強くは引き止めなかったんだが……もしも施設内で発見したら、離脱させるか同行するように言っておいてくれ」




