第648話
「……は? くそっ、こんなのもアリなのかよ!」
思わずガーネットと同じような悪態をついてしまう。
マザーヒュドラの体内に視えたメダリオンの所在――それはこれまでの魔獣達とは全く違う状態を示していた。
「体の中を動き回ってるんだ! しかも絶え間なく!」
「ちっ、どっかで聞いたようなやり口だな!」
ガーネットが思い浮かべたであろう魔族のことは、俺も真っ先に連想した。
魔将ヴェストリ、土の魔法を使いこなすダークエルフ。
奴は地中を潜行する魔法を応用し、自身が生み出した巨大なゴーレムの内部に身を潜め、常に動き続けることで狙いをつけられないように立ち回っていた。
やっていることはあれと同じだ。
違いは外殻がヴェストリのゴーレムよりも巨大であることと、狙うべき対象が非常に小さいこと。
――そして、今回は俺達の戦力がたった二人しかいないということだ。
「まさかヴェストリのあの戦術……この魔獣を研究したものだったのか?」
ヴェストリの戦い方がアガート・ラムの戦力と類似していたのは、今回が初めてではない。
人間大の土人形を操る物量作戦と、それらを合体させて巨大なゴーレムとする二種類の戦法を自在に切り替えていく戦術も、アガート・ラムが第二迷宮に残したと思しき人形と酷似していた。
そもそも何らかの装置を埋め込んだマッドゴーレムを遠隔操作し、魔法まで遠隔発動させるという離れ業からして、アガート・ラムの人間達を模倣したように思えてくる。
「だったら同じ手段でやり合うか!?」
ガーネットが俺を担いでマザーヒュドラの突進を回避する。
相手の戦い方がひたすらに本能的なのが不幸中の幸いだ。
桁違いの巨体と再生力に戦術的思考まで上乗せされていたら、こうやって逃げに徹することすらできなかっただろう。
「駄目だ、手数が足りない! 片っ端から切り刻んで端に追い込んでいくなら、もっと大勢で追い詰めないと……それよりチャンドラー達はまだなのか!?」
水路横に根を張った背の高い木に着地し、島の中央へと『右眼』を向ける。
そこは俺達の知らぬ間に、文字通りもう一つの戦場と化していた。
水路の合流点を囲む広い縦穴の内外が、数え切れないほどの醜い半魚人と、大小様々な大きさの蛇に埋め尽くされている。
「まずいな、あっちはあっちで眷属に囲まれてる……!」
「マジか、なんてこった! 分断して各個撃破でも狙ってやがるのか?」
「だったら評価を改めないとな。相当に厄介な相手だぞ、こいつは」
あちらの戦況自体は危なげなく推移しているが、あまりにも総数が多いため、完全に片付け終わるにはまだ時間が掛かるだろう。
そしてこちらがもう一体のメダリオンの魔獣と戦っていると知らない以上、急いで増援を寄越そうという発想には至らないかもしれない。
性懲りもなく突進を繰り返すマザーヒュドラ。
ガーネットも完璧にタイミングを測りきれるようになり、絶妙なタイミングで跳躍しようとし――
「……ぐうっ!」
――踏み切りの瞬間、苦痛に顔を歪めて回避が遅れた。
足場にしていた樹木ごとマザーヒュドラの突進に巻き込まれ、二人して地面に投げ出される。
何度か地面を転がったところでガーネットが何とか体勢を整え、追撃の牙が目前に迫ったところで大きく跳んで距離を取る。
「……くそっ、急に体が痺れて……」
「何だって!? ガーネット、剣を見せろ!」
ガーネットの剣にべったりと付いたマザーヒュドラの血を『右眼』で見た直後、俺はすぐさまその剣身に右手を走らせ、血を残らず【分解】した。
「多分、麻痺毒だ。普通のヒュドラの血も有毒だけど、傷口に浴びない限りは効果がない代物だぞ。返り血が近くにあるだけで痺れるなんて、一体どういう毒性をしてやがるんだ……!」
「なるほどな……考えなしに突進を繰り返してるもんだと思ってたけど、こっちが痺れて動けなくなるの待ちだったってわけか」
マザーヒュドラが外傷を受けて血を流すほど、標的が血液の麻痺毒で動けなくなる確率が上がっていく。
単調な突進という隙だらけの攻撃の繰り返しは、裏を返せば反撃によって流血させられる機会を自然に増やせるということでもある。
並大抵の攻撃はどれほど食らっても致命傷にならず、攻撃を受ければ受けるほどに毒をばらまく――俺達は『右眼』とメダリオンの力によって、早々に超再生力と麻痺毒に気付けたからまだよかった。
もしも看破する手段を持たなければ、中途半端な攻撃が逆効果になると気付いた頃には、とっくに手遅れとなっている可能性もあっただろう。
「気をつけろ、ガーネット。どうやらあっちも、俺達に戦術を見抜かれたと気付いたらしいぞ」
マザーヒュドラは思考停止にも思える突進の繰り返しを止め、俺達と正面から対峙する位置にとぐろを巻き、枝分かれした何本もの首を大樹のように広げた。
それらの首の一つ一つが、それぞれ異なる方向から俺達に狙いを定めながら、血のように赤い舌をしきりに出し入れし続けている。
「さーて……どうするよ、ルーク。何か手はあんのか?」
「あるにはある。だけど試したこともない方法で……お前が毒にやられるリスクもあるな」
「よし、それでいくぞ。ぶっつけ本番もハイリスクもいつものことだぜ」
ガーネットの返答に躊躇は一切なかった。
こんなことは日常茶飯事だと、俺の考えた策なら信頼して身を預けられると――ガーネットの言外の思いが伝わってくる。
ならばそれに答えないわけにはいかないだろう。
リスクを承知の作戦を伝えようとした矢先、どこからともなく飛んできた高速の飛翔体がマザーヒュドラの眼前で弾け、閃光と煙幕を撒き散らした。
「んなっ……!?」
「アレクシアか!」
驚愕するガーネットの傍らで、俺はすぐさまその射撃地点を推測し、そこにいるであろう人物の名を叫んだ。
「はい! やっぱりトラヴィスさんの読み通りでしたね!」
水路横の高台で大型弩級を携えたアレクシアが、白い歯を見せてにかっと笑う。
それにつられて、俺も知らず知らずのうちに口角を上げて笑っていた。
「作戦変更だ、ガーネット。アレクシアがいるなら、もっと確実にやれそうだ」




