第649話
「作戦変更だ、ガーネット。アレクシアがいるなら、もっと確実にやれそうだ」
広範囲に広がった煙幕がマザーヒュドラの視界を遮っている間に、急いで高台のアレクシアと合流する。
「おや、いい作戦でも思いつきましたか?」
「一応な。時間がない、説明しながらやるぞ」
「了解です! 何だろうときっちりこなして見せますよ!」
俺は即座にガーネットと氷狼のメダリオンの融合を解除して義手に戻し、同時に炎狼のメダリオンを発動させる。
ガーネットの体から生えた耳と尻尾が金色に変化し、纏う魔力の質も変化する。
薄れていく煙幕を突き抜けて、マザーヒュドラが俺達のいる高台に猛進する。
「ちょっくら足止めしてくらぁ! さっさと準備済ませろよ!」
跳躍の反動で足元を陥没させながら、ガーネットが一直線にマザーヒュドラの頭の一つに殴りかかった。
更にその首を足場に、他の首とも戦闘を繰り広げ始め、マザーヒュドラ本体が俺達の方へ接近することを食い止める。
剣を使えば神経毒の流血を誘う。
だからあえて打撃での足止めを図ったのだが、これでは決定打を与えることは到底不可能だ。
けれど、アレクシアが来たことで状況が変わった。
「高火力の呪装弾は持ってきたか? できれば炎属性の焼夷弾がいい。ありったけ用意してくれ」
「もちろんです。どの首に叩き込みます?」
「いや、狙いはガーネットだ」
アレクシアは大型ケースから呪装弾を取り出そうとした格好でぴたりと動きを止め、目を丸くして俺を見上げた。
ガーネットには高台に移動するまでの間に作戦を説明していたが、アレクシアにはまだ伝えていない。
だが、驚いている暇もなければ議論をしている時間もない。
できるだけ早く納得してもらうだけだ。
「通常サイズのヒュドラの効果的な討伐方法は、兎にも角にも切断面を焼くことだ。首を切り落としてすぐに松明を押し付ける程度でもいい。再生も毒の血もまとめて対処できる」
「……あっ! そっか、魔獣スコルのメダリオン!」
「今のガーネットは、浴びた灼熱を吸収して自分の攻撃に乗せられる。切断面に焼夷弾を当てようとするより遥かに効率的にな」
アレクシアは俺とガーネットが立てた作戦を一瞬で理解し、大型弩級に大火力焼夷弾の呪装矢弾を装填した。
灼熱を帯びた剣で首を刎ねる――理論上、ヒュドラを最も効率的に討伐できる攻撃方法だ。
焼き尽くされた傷口は再生を大幅に阻害し、流血を防ぎ、ヒュドラが脅威である理由の全てを封殺する。
もちろん、マザーヒュドラほどの規格外の巨体と高速再生の前では、並大抵の斬撃と熱量では通用しないだろう。
しかし魔獣スコルの因子を得たガーネットならば、充分な熱量さえ与えてやれば容易に有効打を与えられるはずなのだ。
「装填完了! いきますよ、ガーネット君! 持ち込んだ在庫、全弾ぶっこみますから受け止めてください!」
「おう! さっさと来やがれ!」
アレクシアが手慣れた動きで呪装弾を連射する。
それらはガーネットを掠めるように高速で飛翔し、すれ違いざまにミスリル合金の刃によって両断され、内蔵された灼熱の魔力の爆風を撒き散らす。
一発、二発、三発――全てが例外なく切り捨てられ、その度に渦を巻く灼熱がガーネットの体に吸い込まれ、金色の毛並みを更に輝かせていく。
「腹八分目にも程遠いが……こいつ程度なら充分だ!」
太陽から溢れ落ちた雫の如き輝きが、マザーヒュドラの無数の首の一本の根本に降り立って、目も眩むほどの残光を生じさせながら瞬く間に首を駆け上がる。
そして首が防御行動を取るよりも更に疾く、灼熱の魔力を帯びた斬撃が頸部を両断し、巨大な頭部を一太刀の下に斬り落とした。
灼けた傷口からは血の一滴すらも噴き出さず、新たな頭部が生えてくる様子もない。
ガーネットは一息つくこともなく隣の首へ飛び移り、今度は頭部を縦に両断して息の根を止めた。
「よしっ、作戦通りだ!」
俺は高台からガーネットの戦いを見守りながら、ぐっと拳を握り締めた。
魔獣マザーヒュドラは、魔物のヒュドラが持つ特性を極限まで拡張した怪物である。
故にヒュドラが持つ弱点も引き継いでおり、相応に出力を増大させた対抗策であれば有効打を叩き出すことができる――俺の読みは外れていなかった。
予想だにしないダメージを受けたマザーヒュドラは全ての首で咆哮し、そして胴体と幾本もの尾を含めた全身を激しく捻じり、岩山がひっくり返ったかのような勢いでのたうち回り始めた。
「ルーク君! ガーネットを振り落とすつもりですよ!」
「分かってる、次は俺達が気張る番だ」
握り締めた右拳を眼前に翳し、内蔵したハティのメダリオンに魔力を込める。
「魔獣因子、限定解放――【合成】開始」
指先から肩口まで、義手の表面を刺々しくも分厚い氷の層が余すとこなく覆い尽くし、さながら氷の篭手のような形を成していく。
そしてメダリオンと同じく内蔵された素材を元に、大型弩級サイズの氷の矢弾を生成する。
「ちょっと借りるぞ。悪いけど照準は頼んだ」
アレクシアに左肩を寄せて氷の矢弾を装填し、そして大型弩級全体にも氷の魔力を纏わせていく。
「……心得ました。右目がどうにかなる前にケリを付けましょう」
「そんなに悪いのか?」
「悪いというか、気付いてないんですか。今のルーク君の右目、回りの亀裂から魔力が噴き出しっぱなしですよ」
「何だ……それなら気付いてるよ」
アレクシアはその間にも正確に大型弩級の狙いを付け、のたうち回るマザーヒュドラの真下めがけて氷の矢弾を撃ち込んだ。
着弾と同時に、大樹の枝のように入り組んだ氷の棘がマザーヒュドラに襲いかかり、その巨体を僅かに浮かせると共に首の動きの自由を奪う。
すかさずガーネットが灼熱の刃を走らせる。
更に宙を舞う数本の首。
この調子なら――そう思った矢先、マザーヒュドラの胴体に突如として亀裂が走り、背中が二つに割れて内部から何かが飛び出してきた。
それは巨大な、しかしマザーヒュドラと比べれば矮小な一体のサーペント。
出現の勢いのままに弧を描き、湖に逃れんとするその正体を、俺の『右眼』は確かに捉えていた。
「ガーネット! メダリオンはそいつの頭の中だ! 逃がすな!」




