第622話 ストラテジー・ミーティング 前編
数日後――俺は事前の予定通り、今後の活動方針を話し合うためのミーティングに出席することにした。
会場は開放型ダンジョン『日時計の森』第五階層に位置する、冒険者ギルドのホロウボトム支部の会議室だ。
アガート・ラム関連に限らず、俺達がダンジョン『元素の方舟』についての話し合いをするときは、必ずと言っていいほどギルド支部を利用させてもらっている。
たとえ話し合いの内容にギルドが関わらない場合でも、この傾向は変わらない。
理由としては、やはり立地という条件の良好さが一番大きいだろう。
安全性の高い『日時計の森』と、危険性の高い『元素の方舟』の境界線付近に位置し、地上と『元素の方舟』のどちらからもアクセスしやすいというのは、両方から出席者を集めるには最適なのだ。
厳密には、すぐ近くに黄金牙騎士団のホロウボトム要塞もあるわけだが、あちらは純然たる軍事基地であるため、部外者を気軽に入れにくいという問題がある。
そういうわけで、今日もギルド支部の会議室を丸ごと一つ借り切って、今後のグリーンホロウのあり方を左右する会議が幕を開けた。
「――それでは僭越ながら、本会議の進行役は私ソフィア・ウェッジウッドが取り仕切らせていただきます」
出席者全員を見渡せる席に腰掛けたまま、会議の始まりを宣言する。
これでもう何度目か覚えてはいないが、ここ最近のミーティングは白狼のメンバーの誰かが司会進行を勤めることが多くなっていた。
冒険者ギルドと各騎士団の仲立ちをするという、白狼騎士団の本来の公務を考えれば、会議の進行を担うのも当然といえば当然である。
「出席者様方の紹介は……さすがに必要ありませんね。幾度も会議を重ねてきたお馴染みの方々ですから」
今回、ミーティングに参加している面々は、ソフィアが言う通り『いつもの連中』と呼んで差し支えない顔触れだ。
まず冒険者ギルド側からは、支部長のフローレンス。
俺と同年代という、ギルド支部長にしては若い年齢の女性であることに対し、もはやこの場の誰も懸念を覚えることはない。
そしてフローレンスの部下である数名の支部職員に加え、今日はグリーンホロウを拠点とする四人のAランクも全員出席を果たしていた。
黒剣山のトラヴィス。
二槍使いのダスティン。
ドラゴンスレイヤー、セオドア・ビューフォート。
百獣平原のロイ。
普段は自分達の役割を分担してこなしているので、全員が同時に会議の席に顔を出すことは意外と少ない。
トラヴィスとロイは緑と水に満たされた第二階層から第三階層に至る経路を探し、ダスティンとセオドアは逆に灼熱の第四階層から第三階層への侵入を図る下準備のため、該当階層の安全確保に勤しんでいる。
次に騎士団側からの出席者も、黄金牙騎士団側の司令官であったり、銀翼騎士団の副長にしてグリーンホロウ駐屯部隊の責任者であるフェリックスと、まさしく現場の最高権力者が顔を揃えている。
ちなみに白狼の側からは、司会進行役であるソフィアの他、いわゆる有識者ポジションとしてエルフのヒルド――まだ正体は隠しているが――に加えて、魔法使いのアンブローズも出席していた。
それと護衛役のガーネットとアシスタント名目のレイラもいるが、特にレイラは基本的に会議の内容には口を出さないことになっている。
「……大丈夫か? キツそうならいつでも言えよ」
「は、はい。平気です」
隣に座ったレイラに小声で話しかける。
レイラは強い緊張感に襲われている様子で口を引き結び、ちらちらとトラヴィスの方に視線を向けては、再び逸らすということを繰り返している。
竜王騎士団のハインドマン家の一員とはいえ、彼女自身がこうした場に参加することは滅多になかったはずだ。
そのせいか、重大極まりない議題を取り扱うミーティングに居合わせているという事実に、どうしようもないプレッシャーを感じてしまっているようだった。
さっきからしきりにトラヴィスを見ているのは、少しでも緊張を解して粗相をしないようにという努力なのだろう、多分。
「まずはご報告を一つ。先日、魔王軍……もといガンダルフ軍から、対アガート・ラムを念頭に置いた第三階層侵攻作戦の提案が送られてきました」
ソフィアはさすがの安定感で滞りなく会議を進行させている。
なお、魔王軍ではなくガンダルフ軍と呼び替えたのは、戦争時と同じ呼び方をするのは外部からの受けが悪いという判断と、後はイーヴァルディもまた魔王の一人なのでややこしいから、といった理由が合わさった結果である。
別に魔王軍という呼び方が禁じられたわけではないので、今後もその場その場で使い分けられていくことになるだろう。
「まずは魔王ガンダルフが提案する作戦について、簡潔に説明いたします」
そしてソフィアはレイラに視線を向け、優しい声で「図示をお願いします」と頼んだ。
「は、はい!」
レイラは席を立ってソフィアの背後の黒板に移動し、手元の参考資料に何度も視線を落としながら、白墨で『元素の方舟』の簡略図を記入していく。
地表の真下には『奈落の千年回廊』とも呼ばれる第一迷宮が広がり、第一迷宮とこの『日時計の森』から繋がる先が、かつて『魔王城領域』と呼称された岩と荒野の大空間――第一階層。
その下に第二、第三、第四階層と続き、それぞれの階層の間に第二、第三、第四迷宮が存在するとされている。
魔王ガンダルフの現在の居城は、第四階層から更に深い場所に位置しているが、あの城は今回の作戦には関係がないので図からは省略されていた。
ソフィアは簡略図を描き終えたレイラに短く礼を言い、指示棒の先端を第四階層に当てて、それからゆっくりと第四迷宮を経て第三階層へと動かしていく。
「ガンダルフ軍がアガート・ラムに対する反抗計画の要として、前々から見定めていた第四階層経由の隠し通路。そこからウェストランド軍とガンダルフ軍の連合軍による攻撃を行う。これが本命の侵攻経路です」
「そしてこの前段階として――」
指示棒の先端が、今度は第二階層へと向けられる。
「地上側から『第二階層経由』の陽動作戦を実行し、アガート・ラムの迎撃態勢に綻びを生じさせる。これが魔王ガンダルフが提案する侵攻作戦です」




