第613話 いざプレゼンテーション
それから俺は、ノワールやアレクシアと綿密に連携をしたうえで、対アガート・ラムを念頭に置いた新装備の開発に取り掛かった。
もちろん最初から完成形を作り出す必要はなく、改良を重ねていく過程の第一段階を踏み出した程度だが、それでも大事な工程であることに変わりはない。
武器屋の仕事の合間を縫って会議を重ね、材料を潤沢に用意して試作品を仕上げ、ようやく部外者に見せられるところまでもっていく。
――そして今日、俺達は冒険者ギルド支部の会議室を借りて、試作品についての説明をすることになった。
「では、ホワイトウルフ商店とグリーンホロウ機巧技師組合が共同制作いたしました、対熱線兵器用防具についてご説明いたします」
壇上で弁舌を振るっているのは、俺ではなく正確な仕組みに詳しいアレクシアだ。
俺とノワールは傍らの椅子に腰を下ろし、アレクシアの仕事ぶりを見守っている。
当然ながら心配など全くしていない。
アレクシアは俺達の中で最もこうした場面に慣れた人間で、これまでに何度も大仕事を成し遂げてきた実績があるからだ。
そして会議室の席でアレクシアの説明に耳を傾けているのは、冒険者ギルド支部の幹部達と高ランク冒険者の面々、そして黄金牙騎士団の指揮官級の騎士達だ。
支部長のフローレンスやAランク冒険者の面々など、俺にとっての顔見知りもだいたい揃っている。
大規模パーティを率いるトラヴィスがいるのは当然だが、ダスティンまで当たり前のように出席しているのは少しばかり意外であり、またこの件の注目度の高さを伺わせる証拠でもあった。
「まずは現物をご覧頂きましょう」
アレクシアの合図に従って、俺は部屋の隅から外套を掛けておく台座を、演壇の前まで押して移動させた。
それは厚手のコートとしか言いようのない服飾だ。
見るからに頑丈そうな作りをしていて、ちょっとやそっとのことでは破れそうにもない。
「基本的な構造は、第四階層の高熱対策で製造している、ミランダ裁縫店協力の耐熱装備を発展させたものになります。第四階層用装備の性能は皆さんも御存知のことでしょう」
全く新しい概念のものを作り出すのは難しい。
どれだけ時間と資金と物資を注ぎ込んだところで、肝心要のアイディアが浮かんでこなければどうしようもない。
こういうのはノワールとアレクシアが普段からやっているように、思いついたアイディアをいつか役に立つときのためにとストックしておいて、必要に応じて引っ張り出して使うものだ。
それに、新しいアイディアというのは『使い物になるかどうか』も定かではないので、既に実績がある装備品をベースにするのは有効な手法である。
……まぁ、こんなことを言い訳みたいに説明しなければならないような人間は、この場には一人もいないのだが。
「ベースとなった耐熱装備は『必要最低限の出力で長く保たせること』に主軸を置いていましたから、そのまま流用したところで要求性能はとても満たせません」
「仮にコートが熱線に耐えられたとしても、着用者が余波で焼けてしまうのではないか?」
黄金牙の騎士の一人が説明に割り込んで疑問を投げかける。
「もちろんそれも検討済みです。コートの表層で熱線を防いだとしても、着用者への被害を完全に防ぎ切ることは困難でしょう。実際、最初に作ったテスト用装備は、コートだけが無傷で人体に見立てた木材だけが丸焦げでしたからね」
ちょうどよく腹部辺りで受け止められたならまだしも、顔の近くに浴びてしまえば顔面が黒焦げだ。
そういうものだと割り切って運用するのも一手なのだろうが、せっかくなので今回はもう少し欲張った設計にしてある。
「端的に説明しますと、このコートは魔力防壁を発生させる基点です。耐熱装備と同様に、コートの内側の布地そのものを、ある種のスペルスクロールとして仕立て上げてありますが、込められた魔法は単純な冷却ではありません。そもそもの話、アガート・ラムの武器は熱線兵器以外も驚異的ですからね」
模擬戦でガーネットが不覚を取ったように、たとえ熱線兵器への対策を完璧に講じたとしても、アガート・ラムにとっては数ある攻撃手段の一つが使えなくなったに過ぎない。
ならばいっそ、もっと汎用性を持たせた方がいいのではないか――それが俺達の出した結論だった。
「内側全体に施された魔法紋は、銀翼騎士団のガーネット卿の剣に施された魔力防壁の文様と、冒険者ギルドのサクラ嬢が特注した東方呪術仕様の特殊装備を組み合わせたものになります。これらについては、ここにいる皆様方には説明の必要はありませんね」
アレクシアは防護外套の裾や袖を取って広げてみせたりしながら、装備の仕組みを詳しく説明し始めた。
「本装備は魔道具と機巧を組み合わせた制御装置によって制御されておりまして、まずは常時発動の機能として感知結界に近いものを展開しています。ボウガンの矢弾サイズでも感知できる精度で、効果範囲内に高速で移動するものが侵入した場合、その事実が制御装置にすぐさま伝達されます」
この辺りの詳細な仕組みは、正直に言うと俺の理解の範疇を越えている。
もちろん『右眼』でしっかり観察すれば、そういう役目を持つ結界だということまでは分かるのだが、何をどうしたらそうなるのかはさっぱりだ。
「高速投射物の接近を感知すると、次は通常の魔力障壁と属性を相殺する東方呪術を組み合わせた特殊障壁を、着用者から一定の距離を置いて生成します。これにより、アガート・ラムの攻撃手段として想定されるものは、おおよそ遮断することができるでしょう」
「素晴らしい性能だな。しかし、そう上手い話ばかりではないのだろう?」
黄金牙の司令官の指摘を、アレクシアは苦笑を浮かべながら肯定する。
「ええ。まず第一に、この装備品はすぐに使い潰される消耗品となるでしょう。通常のスペルスクロールが魔法の発動と引き換えに崩壊するように、このコートも全力の障壁を展開すれば、その一回で崩壊して塵と化します」
ただし障壁はしばらく持続するので、一発しか防げないわけではない、という補足も忘れずに付け加えられる。
一発ではなく一戦での使い捨て。
そう表現するのが最も実態に即しているだろう。
「後はコストの問題ですね。ガーネット卿の剣も、凄い量のミスリルを使っているからこその堅牢な防壁なわけですし、本装備も市場価格に換算すれば一着で家が一軒建つくらいかなと」
「な、何っ……!?」
想像以上のコストに黄金牙の司令官が怯みを見せる。
しかしここですかさず攻めに転じるのが、アレクシアという機巧技師の実力の一端だ。
「おっと! それはあくまで、市場に流通しているミスリルを買い集めた場合の試算です。グリーンホロウにはルーク・ホワイトウルフというお人がいるのですから、王宮からの採掘制限の緩和許可さえ降りれば、コストなんか気にせずミスリルを用意できるのです!」
「う、うむ……確かに……」
「でしょう! というわけで、ひとまずはこの案で勧めていきたいと!」
そう言って、アレクシアは壇上で会心の笑みを浮かべたのだった。




