第612話 不知火桜の依頼 後編
「……完成のためには、どうも多量のミスリルが必要になりそうだとのことで。もちろん代金はお支払いしますので、在庫の都合をつけてはいただけないでしょうか……」
なるほど、そういうことだったかと、内心で納得する。
俺がサクラに頼まれそうなことはいくつか候補があったが、こればかりは俺以外に持ちかけるのが難しい案件だ。
ミスリルは魔力との親和性が高く、魔法や魔道具と組み合わせるには最高の材料だが、基本的にダンジョンでしか入手できない希少金属であることが災いし、その流通と取り扱いが法律で厳しく制限されている。
採取、加工、販売……全ての段階に王宮の認可が必要なだけでなく、それぞれの量にも制約があり、職人がまとまった量を入手することすら難しいのが現状である。
例えば王都の場合、ミスリルは王都の職人組合がまとめて仕入れ、組合員の職人に分配する方式を採っているのだが、全ての職人の需要を同時に満たすことはできていなかった。
名実ともに西方大陸で最大の都市である王都ですらこれなのだから、他の土地の状況は推して知るべしというものだ。
その点、俺は『奈落の千年回廊』こと『元素の方舟』第一階層、つまりは岩壁に偽装されたミスリル製のダンジョンの壁を【分解】し、安定した量のミスリルを入手することができる。
「もちろん無理にとは申しません。ルーク殿がミスリルを採取できる量にも上限があり、しかもアガート・ラムとの戦いに向けて準備が必要な情勢ですから、私個人に融通できるミスリルがなくとも当然です」
サクラの言う通り、俺も無制限にミスリルを採取できるわけではなく、その上限には法的な縛りが設けられている。
今後の需要増大を考えれば無駄遣いはできないわけだが……。
「心配するなよ。もちろん必要なだけ用意させてもらうし、何なら開発に協力させてもらいたいくらいだ」
「ほ、本当ですか!?」
サクラは喜色も露わに身を乗り出したが、すぐに気を取り直して態度を落ち着かせた。
「いえ、大変ありがたいのですが、本当によろしいのですか? しかも開発の協力までとは……」
「もちろん俺としてもメリットがあるからこその提案だ。神降ろしの影響を抑え込む魔道具が完成すれば、こちらとしてもありがたいことになりそうだからな」
言うまでもないことだが、これはサクラに昔から世話になっているから特別に……なんていう、気まずさを与えてしまうような理由からの判断ではない。
ホワイトウルフ商店の店長として、白狼騎士団の団長として、サクラの提案が渡りに船だったから全面的に乗っかろうとしているだけなのだ。
「アガート・ラムの人形達が灼熱の光を放つ攻撃手段を持つことは、もちろんサクラも覚えているよな。先日、アガート・ラムが魔王軍を撃破したときに使った兵器を、実際に目の辺りにする機会があったんだが……あれは本当に強烈な代物だった」
「……噂だけは冒険者仲間から窺っています。何でも、魔将やAランクと一対一で渡り合う代物だったとか」
「俺の見立てだと、まだ一対一ならダスティンに分があるかな。もちろん今は魔王軍との戦いから更に強化されている可能性もあるし、何より敵兵の一体一体がその水準という時点で……っと、話が逸れた」
軽く咳払いをしてから、話の流れを本題に引き戻す。
「ともかく、俺は店長としても団長としても、アガート・ラムとの戦いに臨む皆に、そのレベルの敵と渡り合える武装を提供する義務がある。一対一で勝てるとまではいかなくても、何とか集団戦が成立する程度は最低条件だ」
ガーネットが魔獣スコルの力で熱線を吸収していたように、サクラも神降ろしを発動させればあれを無効化できるのだろうが、一人や二人だけが耐性を持っていても意味はない。
中立都市を襲撃した人形達ですら、人数としては恐らく総戦力のほんの一握り。
少数精鋭だけで正面から打ち倒せるような相手ではないに決まっている。
「ところがお前も知っての通り、アガート・ラムの兵器は桁違いに強い。遠くから熱線を連発されてお前やガーネットだけ生き残っても、それは戦いとしては惨敗だ。せめて遠距離攻撃から身を守れる手段くらいは作らないと勝ち目がない」
これは魔王軍がアガート・ラムに敗北したことからも明白だ。
サクラも頷いて俺の意見に同意する。
「熱線を防ぐ壁程度なら、氷のノルズリや土のヴェストリが作れたでしょうね。熱線を意に介さない肉体の持ち主なら火のスズリがいる。嵐のアウストリの能力なら数の不利があっても覆せたはず……にもかかわらず、魔王軍は敗れ去った……」
「全盛期の魔王軍ですら抗いきれなかった以上、あちらから都合よく『アガート・ラムに勝てる手段』を引っ張り出せる見込みもない。だから人類側がまともに戦えるかどうかは、遺憾にも俺の肩に掛かってしまったわけだが……」
俺の背負った役目の重さを今更ながらに実感したのか、サクラが同情やら尊敬やら哀れみやら何やらが入り混じった表情を浮かべる。
そんなサクラの眼差しをまっすぐに見返しながら、俺は口の端を上げて宣言した。
「だからお前に協力したいんだ。神降ろしの暴走を抑え込むのみならず、灼熱の余波すら防ぎ止める魔導具。内側からの被害を阻止できるなら、文字通り裏を返せば外からの被害を封殺できるはずだろう?」
「……な、なるほど!」
サクラが驚きに目を丸くして椅子から立ち上がる。
「確かに可能かもしれません! 真なる神降ろしの余波として放たれた灼熱の総量は、あくまで私の目算ではありますが、中立都市で目撃した熱線兵器の熱量を凌駕していたはず……!」
「もちろんそのまま流用できるとは限らない。だけど少なくとも、改良を施すベースにはなるはずだ。それに、対アガート・ラム用装備の開発と製造のためとなれば、王宮だってミスリル取り扱い量を引き上げてくれるだろうしな」
俺はサクラの反応に満足しながら、すっと手を差し出した。
「協力してくれるか、サクラ」
「はい、もちろん! 喜んで!」
そしてサクラは、その手を力強く握り返してきたのだった。




