第611話 不知火桜の依頼 前編
――その後、アガート・ラムの兵器との模擬戦は、それを操るヴェストリとの連絡が途絶したことでひとまず終了となった。
ヴェストリは第四階層から遠隔操作で人形と鎧を操っていたが、ダスティンが放った攻撃によって制御の要である頭部が破壊されたことで、ヴェストリ側からの干渉が途切れてしまったのだ。
もちろん俺のスキルで物理的には完全に【修復】したけれど、一度霧散して消えてしまった術式までは元に戻せず、再接続に一手間掛かってしまうとのことだった。
というわけで、兵器は魔王軍からの貸与という形で黄金牙騎士団の管理下に置かれ、ノルズリはヴェストリへの愚痴を零しながらダンジョンの奥へと帰り、俺達も地上へ戻ることにした。
――今後に期待しているぞ――
ダスティンが口にしたこの一言は、決して単なる定型句ではなく、あいつが俺に求める役割を前提とした本音だったはずだ。
今回、俺は魔獣ハティのメダリオンを自分なりに使いこなす手段を見出した。
しかし、これはあくまでガーネット達の足を引っ張らないための自衛手段の模索であり、メダリオンを使って戦うことは俺に求められる役割ではない。
あいつが求めたであろう俺の役割――それは武器屋として、白狼騎士団の団長として、アガート・ラムの戦力に対応しうる装備品を現場に供給することだ。
アガート・ラムを念頭においた兵器開発自体は、王都など違う場所でもしているはずだが、ホワイトウルフ商店は他のどこと比べても格段に距離が近い。
それはつまり常に最新の情報を入手しやすく、最新の成果を迅速に提供しやすいということを意味する。
また、白狼騎士団の団長として、ダンジョン内の魔族とも深い関わりを築いてきたというのも、他の場所の人達には持ち得ないアドバンテージだ。
今回の模擬戦はまさしくそれらの最たるものである。
魔王イーヴァルディ討伐を最優先事項と定めたダスティンにとって、俺が挙げる成果を期待するのは当然のことだろう。
「(とはいえ、どうしたものかな)」
ヴェストリに見せつけられたアガート・ラムの兵器の性能は、地上の人間達が扱う兵器のそれを遥かに凌駕していた。
かつての魔王戦争の折、魔王軍が人間とドラゴンを融合させた竜人を生み出し、対アガート・ラムの戦力として有力視していたのも頷ける暴れぶりである。
ドラゴンは灼熱の第四階層に生息する魔物であり、自身も激しい炎を武器とするため、熱に対して強い耐性を持つ。
更には鱗の物理的な強度も高く、しかも魔王軍の竜人は人間サイズで機敏な飛行が可能という贅沢な仕様であった。
完成した竜人が、改造を受けた勇者ファルコンのような性能を発揮するのであれば、きっと対アガート・ラムの戦いで大きな戦力となったことだろう。
……そんな話をガーネットにしたところ、だったらファルコンに首輪でも付けて戦わせるかと冗談を言われてしまったが、さすがにそれは難しそうだ。
ファルコンは竜人化の研究を――もちろん元に戻すことが主目的だ――進めるために必要な数少ない存在であり、戦いのために連れ出すのは王都の方からも渋られそうだし、ひょっとしたら研究成果が反映されてドラゴンの要素が薄れてきているかもしれない。
それに何より、アガート・ラムという『古代魔法文明の残党』を相手取るにあたって、今更ファルコン一人が加わったところで誤差のようなものだろう。
決してファルコンが弱いという意味ではなく、仮にダスティンが二人に増えたとしても同じことを言っている。
必要なのは全体の底上げ。
手段は様々に存在するのだろうが、武装の充実という点においては、恐らく俺が最も期待されている立場なのだ。
――そして、こんな大役をどうこなすかに頭を悩ませていたある晩のこと。
サクラが仕事終わりのタイミングを狙って、閉店後のホワイトウルフ商店を訪れた。
もちろん断る理由などなく、リビングに招いてゆっくり用件を聞くことにする。
前々から、サクラとは時間を取って話をするという約束をしていた。
ようやくお互いのスケジュールが噛み合い、約束を果たすときが来たというわけだ。
「申し訳ありません、ルーク殿。こんな時間にお手間を掛けさせてしまって」
「いや、むしろ今日の今日まで時間が取れなくて悪かったな。早いに越したことはない用事だったんだろ?」
「ええ、まぁ……いえ! ルーク殿のご都合がつく日取りこそが吉日ですので!」
サクラの大真面目な反応に思わず口元を綻ばせてしまう。
うっかりするとこのまま雑談で時間を使ってしまいそうだったので、さっそく俺の方から本題を聞き出すことにした。
「それで、何か俺に頼みたいことがあるんじゃないか?」
「はい……実は私、個人的な依頼として、ノワール殿とアレクシア殿に、とある魔導具の設計をお願いしていたのです。それがこちらなのですが……」
サクラがテーブルの上に差し出した手書きのスケッチを手に取り、軽く目を通してみる。
どうやらまだデザインや形状も固まっていないらしく、雑多な案が何パターンも書き連ねられていた。
しかしその用途を読み解こうとするより先に、サクラが自分の口で依頼内容を説明してくれた。
「端的に申し上げますと、それは神降ろしの制御を目的とした魔導具です」
「ナギから提供された東方呪術の知識を使った……っていう奴だな」
「……ええ、まぁ。それです」
サクラはナギの名前が俎上に載せられた途端、何とも言い難い表情で口元を歪めた。
「この魔導具は神降ろしの暴走を防ぎ、なおかつ周辺に撒き散らされる灼熱の魔力を抑え込む役目を担っています。しかしながら、スズリとの一件で神降ろしの真なる力の存在が判明し……」
「現状の設計では出力が不足してしまう、とか?」
「ご明察の通りです。これまでの神降ろしが、いわば蛹のようなものに過ぎなかった以上、真なる意味での神降ろしにも対応させたいと思ったのですが……」
そしてサクラは、申し訳無さそうに俺の目を見た。
「……完成のためには、どうも多量のミスリルが必要になりそうだとのことで。もちろん代金はお支払いしますので、在庫の都合をつけてはいただけないでしょうか……」




