第564話 しばしの休息と二人の語らい
――その後、俺達はひとまず謁見の間を後にして、第五迷宮の一画に設けられた部屋で休息を取ることになった。
魔王軍からの要請を受諾するかどうかの正式な返答は、この休息の間に陛下と文官達で意見を取り纏めてからということだったが、おおよそ結論は固まっているようだった。
即ち、魔王軍との休戦協定の締結である。
魔王ガンダルフ自らの口から語られた、アガート・ラムが地上の人間に危害を加える理由は、これまでに俺達が得てきた情報と矛盾しないものであった。
古代魔法文明人と現代の人間を繋ぐ間の歴史に、ロキの神獣と同じ原理で生み出された生命体が含まれていたことを、アガート・ラムの創設者たる魔王イーヴァルディが嫌悪し、地上の人間を『人間』とは認めなくなったのだと。
魔王戦争以降、地上に対する攻撃を行っていない――俺に対する手出しは例外として――魔王軍よりも、アガート・ラムへの対応を重視するのは当然の判断といえるだろう。
「にしても、魔王軍の本拠地のど真ん中で寛ぐことになるとはなぁ」
ガーネットが呆れたように呟きながら、部屋に備え付けの椅子にどっかりと腰を下ろした。
第五迷宮の廊下と謁見の間が宮殿じみた内装だったのと同じく、この部屋も相応の豪華さを誇っている。
一体どんな用途で使われている部屋なのかは知らないが、それなりに気合を入れて俺達を迎え入れたことは、あらゆる点からひしひしと見て取れた。
「妙な仕掛けがないのは念入りに確認したんだし、今から拠点まで往復するわけにもいかないだろ」
「分かってるって。別に嫌だとか言ってるわけじゃねぇよ。単にまさかこんなことになるとは思わなかった、っつー話でさ」
この部屋に居合わせているのは俺とガーネットの二人だけなので、ガーネットは家にいるのと変わりない態度で一息入れている。
ただし、アダマントの剣はいつでも素早く抜き放てるように備えたままだ。
「お前の【解析】に『叡智の右眼』に、メリッサやアンブローズの魔法に、ギルドマスターや使節団が連れてきた連中のスキル山盛り。これだけやってまだ見抜けねぇ仕掛けがあるんなら、迷宮に入った時点でオレ達全員洗脳されててもおかしくねぇからな」
ガーネットはそんな風に現状を振り返りながら、顔を動かして俺の右腕に手をやった。
俺の肩から伸びている方ではなく、丁寧に箱詰めされたままの生身の右腕の方を。
「……右腕、まだくっつけねぇのか」
「ああ。見たところ、斬り落とされた直後とほとんど変わらずに保存されてるからな。一旦このまま持って帰って、どうやって保存してるのか分析してもらおうと思ってさ」
「腕を取り出したら効果が消えるかもしれねぇからか。ったく、ホント抜け目ねぇな」
魔王軍は約定を守り、俺の右腕を完璧に保全したまま返却した。
どうやってそれを実現したか究明できれば、また新たな製品の開発に繋げられるかもしれない。
右腕を受け取ってすぐにそんな考えに至るあたり、俺もつくづく武器屋稼業に染まりきってしまったようだ。
「お前が構わねぇんならいいんだけどよ……そういやガンダルフの奴、あれこれ惜しみなく喋ってやがったけど、お前にしてみりゃまだまだ物足りないんじゃねぇか?」
ガーネットは豪奢な背もたれにぎしりと体重を預け、白い魔力照明に照らされた天井を見上げた。
「アルファズルとお前の関係、これっぽっちも説明しやがらなかっただろ。オレ達にとってはそっちの方が重要だってのによ」
「仕方ないさ。今のはあくまで、アガート・ラムに関する情報を教えさせるための場だったんだ」
俺も別の椅子を左手で移動させ、ガーネットの正面まで持ってきてから腰を下ろした。
「陛下も言っていたけど、連中が知っていて俺達が知らない情報はまだまだたくさんあるんだから。今日のところは解明の足がかりを掴んだだけでも充分だ」
「急いては事を仕損じるってか。身につまされるぜ」
しみじみとそう言って短く息を吐くガーネット。
彼女から俺への問いかけが一段落したと見て取って、今度は俺の方から質問を投げかける。
「お前こそ、あれで充分だったのか?」
「あん? 何の話だ?」
「アガート・ラムに関する情報だ。ガンダルフから聞いた程度でよかったのか?」
ガーネットは椅子に座ったまま天井を仰いでいた格好から、おもむろに首を振って前のめりに姿勢を変えると、自分の膝に頬杖を突いて俺を見上げた。
「満足だぜ。連中が心置きなくぶっ潰せる連中だと確信できたからな。オレがやりてぇことと、騎士としてやるべきことが一致してるんだぜ。こんなに気楽なことはねぇだろ」
その言葉にも、口元に浮かべた不敵な笑みにも、一切の嘘偽りはないと断言できる。
ガーネットは魔王ガンダルフから提供されたアガート・ラムの情報に、心から満足しているようだ。
「……そうか。なら良かった。下手に同情の余地なんかあったら、こっちとしてもやりにくいからな」
「おうさ。銀翼の騎士として治安維持なんかやってると、誰が悪ぃとか簡単に言えねぇ事件も多いんでな。これくらいスッキリ割り切れるのはありがてぇくらいだぜ」
復讐対象が客観的にも『討つべき存在』であることを嬉しく思う――一見すると矛盾しているようでいて、自分のことだと思えば納得するしかない感情だ。
止むに止まれぬ事情があって致し方なく行った、なんていう事情が存在したら、復讐を果たしたとしても割り切れない結果に終わってしまうかもしれない。
だが、こちらを『人間』であると見なさず、あまつさえ地上からの排除すら目論んでいるというのなら、復讐心を躊躇なく全力で叩きつけられるというものだ。
「つーか、復讐っつーならオレより魔王狩りの方が心配なんじゃねぇのか? 魔王を狩って回るために冒険者続けてるくらいだってのに、今更ガンダルフと手を組むなんて納得すんのかよ」
「ダスティンのことか? ……あいつなら大丈夫。魔王と見るや無差別に襲いかかるような奴じゃなくて、きちんと優先順位を考えて行動できるからな」
だからこそ、奴の二つ名は魔王狩りなのだ。
魔王を対象とした無差別殺戮などではなく、狩人として適切に優先順位を決められるからこその二つ名だ。
そもそも、アスロポリスの管理者が魔王の肩書を背負っていたことは、とっくにダスティンも把握しているが、奴はその上でアスロポリスを拠点として利用し続けている。
たとえ魔王であっても、フラクシヌスを討ってはならないと理解し、より優先して討つべき魔王を探す足がかりとして利用しているのである。
「……だから、ダスティンなら魔王ガンダルフよりも、魔王イーヴァルディを先に狩ろうとするはずだ」
「ならいいんだ。あいつだけ復讐心を捨てさせられるんだとしたら、不公平もいいとこだからな。そうならねぇんなら、別にいい」
ガーネットは少し安堵した様子で表情を軽く緩めた。
復讐心を根源的な動機とする者同士、やはり思うところはあるのだろう。
「んで、話は変わるんだけどよ……」
次の話題が切り出されかけた瞬間、部屋のドアが軽くノックされて、耳に馴染んだ声が投げかけられる。
「こんばんわーっ。エゼルだけど、ちょっと入ってもいいかな?」
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