第563話 ヒトなるモノの過去
「魔王イーヴァルディが嫌悪したという、とある手段とは何なのだ。少なくとも、何故イーヴァルディが我らを敵視するに至ったのか……その理由を知らねば、貴様達と手を組んでの敵対を決意するには至らんな」
――そう、ガンダルフは重要な部分をまだ語っていない。
何故イーヴァルディは地上の人間を『人間』と認識しないのか。
その原因と思われる、ダンジョン内に避難した古代人の人口を復活させた手段とは何なのか。
よもやこれを隠し通したまま話を纏められるだろうだなんて、あの魔王ガンダルフがそんな甘い考えをするはずがない。
「無論だとも。知りたいのならば答えてやろう。その前に……当然、このアーティファクトについて最低限の知識はあるな?」
ガンダルフが袖から取り出したものは、手の平に収まる大きさをしたメダル状のアーティファクトであった。
「メダリオン……ロキなる者が作り出したという、魔力によって神獣を生み出し、その核となるアーティファクトだな」
「然り。これは『ベルグリシ』のメダリオンだ。アガート・ラムがアスロポリスで解き放った『ムスペル』と、もう一種の『ヨトゥン』を合わせて最も多くの数が存在した、数が多い代わりに質が劣る代物だ」
俺は内心で愕然としてしまった。
ムスペルといえば、アガート・ラム幹部のハダリーと、あちら側に付いた人間であるアルジャーノンが解き放った、炎の肉体を持つ巨人だ。
神降ろしをフル稼働させたサクラでようやく戦いになるほどの存在であり、魔獣スコルと同様に神話級の怪物に違いないと思っていたのだが、まさかあれが量産品だったとでもいうのか。
あのクラスの巨人が群れを成して大地を蹂躙する様を想像し、思わず怖気を覚えずにはいられなくなる。
「しかし、これよりも更に個体性能が低く、代わりに肉体の生成効率が極めて高いメダリオンが存在した。名を『リーヴスラシル』……生成されるモノは人間に酷似していた」
もはや何度目か分からない驚愕と衝撃が頭を打ち据える。
「ロキもアルファズルと同じく研究者であった」
魔王ガンダルフは俺達の動揺を一切斟酌せず、ただ淡々と語り続けている。
「奴の研究主題は人工生命の開発。その一点においてはアルファズルを越えていたと言っても過言ではない。故に神獣とメダリオンを生み出したこと自体に不思議はなく、何故それらを解き放ったのかだけが分からないままだった」
これまで考えもしなかった事柄ではあるが、しかし当事者から聞かされたら納得せざるを得ない内容だ。
ロキが神獣とメダリオンを作った――『何故作ったのか』という疑問の答えは『研究者だったから』で、狼型や巨人型を作っていたのだから実は『人間型』も作れていたのだと言われれば、そんな馬鹿なと否定する材料がどこにもない。
「人口減少が不可避の問題と悟った人間共は、押収していたリーヴスラシルのメダリオンに改造を重ね、あらゆる機能をより一層人間に近付け、繁殖のための頭数を嵩増しさせたのだ」
信じられないことがあるとすれば、むしろこの発想の方だ。
人間が減っている。人間を増やさなければならない。
突きつけられた命題を何としても解決しなければならなかったとはいえ、よもやその解答が『人間を作って増やせばいい』という代物になってしまうとは。
「余に言わせれば、古代魔法文明期の人間も現代の地上人も、肉体的には……生物種としてはさしたる違いはない。当時の文明においては、それよりかけ離れた異種交配も珍しくなかった故な」
「しかしイーヴァルディにとってそうではなかった……と?」
「具体的にどの要素が許容できなかったのかは、余の口から語ることはできん。所詮は他人の好悪感情。理解の埒外だ」
ガンダルフは冷徹な割り切りを見せて、かつての同士の執着を突き放した。
きっとガンダルフにとって、人間の系譜に人工生命の血筋が混ざることも、それを良しとしないイーヴァルディの感情も、等しく『心からどうでもいい』ことだったのだろう。
倫理観が違うと言ってしまえばそれまでだが、どこがどのように違うのか何となく把握できてきたという点では、アガート・ラムの人間達よりも格段にマシと言えなくもない。
まさか魔王にこんな感情を抱く日が来るとは夢にも思わなかった。
それほどまでに、俺達を『人間』と見なさないアガート・ラムの価値観が、異様なものに思えて仕方がなかったのだ。
「地上の王よ。語るべきことは語った。決断を下すときだ」
「ふむ……統治者として判断するために必要な情報は、確かに一通り出揃っておるな」
アルフレッド陛下は普段と変わらない堂々とした態度を保ったまま、顎髭に手をやって少しばかり考え込む素振りを見せた。
「実を言うとな。貴様が先程述べた内容は、地上に存在する無数の信仰の一部に形を変えて残されていた。天地が割れるほどの災害の最中、とある神が魔獣の肉をこねて人間を増やし、それによって人間は滅亡を免れた……という、骨子だけは似通ったものがな」
地上の信仰は文字通り無数の種類が存在する。
国家ごと、地域ごと、民族ごと、氏族ごと……様々なバリエーションが存在していて全く統一感がなく、ウェストランド王国はそれらの全てを公認、共存させることで争いの芽を摘んでいる。
それらの幾つかが実際の歴史を反映していたとしても、何の不思議もありはしない。
「故に、我らの祖先に普通でない生命が混ざっていようと、我々は人間ではなかったのだ、などと悲嘆に暮れることはない。むしろ我らこそが人間だと改めて確信し、我らを『人間』と見なさぬ古代の生き残りは敵と見なさざるを得ん」
「ならば、貴様らと余の軍勢が争う必要はなく、まずは共通の敵を討つべきであろう」
「うむ……それは間違いない。間違いないのだがな……」
にわかに言葉を濁すアルフレッド陛下。
もしや休戦と協力を拒む考えなのかと思った矢先、陛下は全く違うことを悩ましげに口走った。
「政治判断とは関係の薄い部分に、好奇心を刺激されることが多すぎるな! ダンジョン間の意思疎通手段! 古代魔法文明と現代の神々の関係! 現役の冒険者だったなら夢中になって調べ尽くしていたところだ!」
「……くくく、ふふ……はははははは! 面白いことを言う男だ! 余を前にして知的探求に目を光らせるか!」
魔王ガンダルフが声を上げて愉快そうに笑う。
その様を目の当たりにして、俺やガーネットを始めとする人間だけでなく、ノルズリとアウストリまでもが呆然と目を丸くしている。
ただ一人、皺の深い顔に何とも表現し難い笑みを浮かべた、魔将ヴェストリを除いては。
「構わぬ、許す。協定が成った暁には、幾らかの知識をくれてやろう。無論、貴様らが相応の価値を示せばの話だがな――」




