第562話 アガート・ラムとイーヴァルディ
「簡単なことだ。奴にとって、貴様らは人間ではない。ただそれだけのことに過ぎん」
耳を疑うようなガンダルフの発言。
古代魔法文明人と現代の地上の人間との間には、それほどまでに決定的な断絶があるというのだろうか。
俺は声を上げて問い返したくなるのをぐっと堪え、ガンダルフの言葉の続きを待った。
そして他の面々も同じ結論に至ったらしく、この場の誰一人として、思わず溢してしまった反応の他に、意味のある言葉を発しようとはしていない。
「知的生命体が地下に潜ってしばらくの間、各ダンジョンは魔法的手段によって連絡を保ち、各々が直面している問題の解決策を議論することができた。その中で最も深刻とされたのが、人間の慢性的な人口減少だ」
「エルフの基準で『しばらく』というと、人間基準では何度か世代交代を済ませた頃だな。限られた地下空間での文明維持が上手くいかなんだか」
「概ねその通りだ。ほとんどのダンジョンはアルファズルの域に遠く及ばない技術で作られ、早々に均衡が崩壊し……有り体に言えば知恵持たぬ魔物が隆盛することになった。人口減少の原因は多々あったが、最大のものはそれだ」
俺達が知るダンジョンが魔物の巣窟になっているのは、きっとそのせいなのだろう。
脱出も拡張もできない閉鎖空間で魔物が増え続けたことにより、そこに暮らしていた人間が追いやられ数を減らしていく――容易に想像できる光景だ。
「多くのダンジョンはとある手段で人口の底上げを図ったが、イーヴァルディはこれを嫌悪した。無論、この『元素の方舟』はそういった欠陥など抱えていなかったのだが……人間という種の精神的な脆さまではどうしようもなかったらしい」
ガンダルフは小さく首を横に振った。
それに込められていた感情は、悲しみでもなければ同情でもなく、むしろ蔑みに近いものであった。
「内乱だ。フラクシヌスが魔王の地位を返上して第二階層へ移った後のことだった。第三階層の人間共はつまらぬ理由で相争い、不利を悟った片方の勢力が、道連れを狙って致命の病毒を解き放ったのだ」
何世代にも渡り、限られた地下空間だけで暮らしてきた人間達。
彼らの精神状態が一体どんな有様になっていたのか、今度は想像することもできそうになかった。
あるいはまともな思考すらできなくなるほど、精神が追い詰められてしまうものなのだろうか。
いずれにせよ、その一件はガンダルフが人間という種族をより強く見下す原因となったに違いない。
「余は他の種族への被害さえ回避できるのなら、このダンジョンの人間が絶滅しようと構わないと判断した。しかしイーヴァルディはなおも人間という種を救おうとし――やがて正気を失った」
広い謁見の間がこれまでに輪をかけて静まり返る。
すぐ隣りにいるガーネットの呼吸音が、はっきりと耳に聞こえてくるほどだった。
「イーヴァルディは優れた鍛冶師にして機械技術者だ。しかしそれ故に、病毒に冒された生物の肉体を救う術は不得手であった。結局、奴が取った手段は『人間の再定義』だった」
「再定義だと?」
「然り。どのような状態を保てば『救った』と言えるのか、という視点を切り替えたとも表現できる」
アルフレッド陛下と魔王ガンダルフのやり取りを見守りながら、俺は自分の心の中で嫌な予感が膨らんでいるのを感じていた。
「余は人間が滅んだものと考え、病毒の無害化を済ませ次第、第三階層を魔族のための階層として整備し直した。その間、イーヴァルディは脇目も振らずに研究を繰り返していたが、余は興味を抱かずに捨て置いていた――今になって思えば、それこそが最大の過ちであったな」
なかなか核心に切り込もうとしないガンダルフを、アルフレッド陛下は片眉を上げて軽く急かした。
「勿体ぶるでない。魔王イーヴァルディは人間をどのように再定義したというのだ」
「……魂だ。奴は病毒に冒された肉体を救うことを諦め、魂こそが人間の核であると定義し、魂と人格の保全に全力を注いだのだ」
かつてガーネットは、アガート・ラムの自律人形を人間モドキと罵倒した。
それに対する自動人形の反論は――『モドキはどっちだ』――
「イーヴァルディは新たな肉体を工学的に製造し、死に瀕した人間共の魂をそれらに移動させた。本来の肉体を捨て、魂のみで存続する道を選んだ古代魔法文明人……それこそが、アガート・ラムを構成する人形共の正体だ」
――アレらが人間だったというのか。
まさか、そんな。いや、しかし。
信じられないという気持ちと、そういうことだったのかという納得が、血の気が引いた頭の中でぶつかり合って思考をかき乱す。
けれど肉体を取り換えて生き長らえる実例は、まさしく今、俺達の目の前で堂々と立ち振る舞っている。
新たな体が同族の肉体を元にしたものなのか、それとも人工的に作られた人形なのかという違いこそあれ、根本的な原理に違いはないはずだ。
「ここまで語って聞かせれば、奴らが何故貴様らの脅威となりうるのか、おおよそ察せられるだろう」
「我らはとある手段によって人口の回復を果たした人類の末裔。イーヴァルディはその手段を嫌悪し、故に我らを正統な人類と認めず、敵視すらしているということか」
「アガート・ラムは貴様らと比べて数に劣る。肉体の取り換えはいくらでも利くが、肝心要の魂の数が有限であるゆえな。これまでは密かに息を潜め、水面下での活動に徹しようとしていたのだろう」
ガンダルフが語る内容に矛盾はない――心情的に常識を凌駕していることを除けば、重要な情報として受け止めるべきものだ。
人形の肉体を取り換え続けて命を繋ぐ在り方は、あるいは擬似的な不老不死とでも呼べるのかもしれないが、魂を増やす手段がない限り頭数を増やすことはできそうにない。
膨大な人口を擁するウェストランド王国を敵に回すつもりなら、正面切っての正攻法での攻略は避けたがるはずだ。
「奴らは自分自身の動きを隠蔽することに長けている。我らも地上侵攻の隙を突かれる瞬間まで、イーヴァルディの叛意と人間共の変貌を悟れなかったほどだ」
「イーヴァルディとアガート・ラムがお前達を攻撃した理由は?」
「分からぬ。腹を割って話す暇などなかったからな。察するに、第三階層を人間だけのものにしようと目論んだのではないか?」
ここで『分からない』と顔色一つ変えずに言い切れる辺り、やはりガンダルフが相当な大物であることは認めざるを得ない。
「だが余とイーヴァルディが完全に袂を分かつに至ったとき、奴はたとえ何百年掛かったとしても、地上の支配権を真の人類に取り戻させると宣言した。あれはやると決めたら決して覆さぬ男だ」
「ドワーフらしい一途さと頑迷さの極みということか。地上における暗躍の数々は、将来の攻勢を見越しての長期的な仕込みだと……ふむ、確かに筋は通るな」
俺の隣で、ガーネットが握り締めた拳が小刻みに振るえている。
……俺はさり気なく身動ぎをしてガーネットに肩を寄せ、自分の体と耐熱装備の大きさで手元を隠しながら、ガーネットの拳にそっと手を重ねた。
ガーネットの表情は依然として固いままだったが、それでも砕けんばかりに握り締められた拳は少しだけ緩んでくれた。
「しかし未だ疑問は残る」
「許す、余が自ら答えよう」
二人の王者が言葉を交わすその狭間に、もはや俺達も魔将達も割って入る余裕は見いだせない。
「魔王イーヴァルディが嫌悪したという、とある手段とは何なのだ。少なくとも、何故イーヴァルディが我らを敵視するに至ったのか……その理由を知らねば、貴様達と手を組んでの敵対を決意するには至らんな」
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