第561話 世界の真実を知る男
「心して聞くがいい。我々とアルファズル……そしてアガート・ラムの真実を教えてやる」
俺の後ろでヒルドが息を呑む。
これこそ俺達がここに来た理由。
ヒルドにとっては故郷を捨ててまで追い求めた真相を掴む絶好の機会だ。
お互いエイルに対して思うところは尽きないが、今はその追求よりも優先すべきものがある。
「フラクシヌスの協力を取り付けたのであれば、このダンジョンが作られた理由については把握しているのだろうな」
「ああ。古代魔法文明の滅亡に際し、地上の環境を保管するために生み出されたのだと聞いている」
「奴もエイル・セスルームニルと同様に、真相を隠すことが人間のためなどと考えていたのだろう。下らん感傷ではあるがな」
思えば、フラクシヌスもエイルも程度の差こそあれ、人間に対して非敵対的な態度を示す魔族だった。
アルファズルに対する感情が根底にあるのだとしても、実際の行動だけを考慮すれば、そのように判断せざるを得ないだろう。
しかしガンダルフは違う。
人間を保護対象であるとは考えず、生物資源扱いすることも厭わないからこそ、容赦なく真相を明かすことができるのだ――
――古代魔法文明は、ロキという男が生み出した神獣によって滅亡を迎えた。
だが、当時を生きた者達は為す術もなく滅びを受け入れたのではなく、滅びを回避するために、そして文明や血筋を後世へ残すために足掻き続けた。
このダンジョン――『元素の方舟』もその一環であり、アルファズルが公表した創造方法に基いて、多種多様な性質を持った模倣品が世界中で創り出されたという――
「アルファズルが手ずから創造したダンジョンは、世界に三つ存在する。まずは全ての原型たるこの『元素の方舟』……残るは輩の同胞のために創造した二ヶ所……北方の『白亜の妖精郷』と東方大陸の『赫焉の楼閣』である」
赫焉。魔王ガンダルフがそう述べた瞬間、サクラが驚きに目を剥いた。
確か同郷であるナギが、サクラのことを『赫焉の巫女』と呼んでいたはずだ。
アルフレッド陛下もサクラの反応に気付き、すぐさま説明を促した。
「シラヌイ・サクラ。何か知っているようだな」
「……『赫焉の楼閣』とは、私の故郷に存在する……西方でいうダンジョンに相当する地下神殿です。一族が探求していた神降ろしの秘奥も、そのダンジョンで発見された知識が礎となっています」
ガンダルフがサクラの同席を要求した理由が、朧気ながら見えてきた。
恐らく、アルファズル達の業績を語るなら東方についても言及せざるを得ず、それに関する解説をこちらの身内の口からさせたかったのだろう。
正真正銘の東方人の説明なのだから、ガンダルフ本人が全て語った場合と比べれば、信憑性が天と地ほどに違ってくるに違いない。
「アルファズルの死後、我らはそれぞれのダンジョンに本拠を移し、統治者としての管理運営に乗り出した。ダンジョンそのものが完全無欠だとしても、その内部で保全されるべき文明は、自然に任せるままでは長くは持たぬ故な」
――『白亜の妖精郷』は北方に息衝いていたエルフのためのダンジョンであり、エイル・セスルームニルとその同胞達が運営にあたった。
彼らこそが、現在ハイエルフを名乗る支配者層であり、エイルが強い権力を持っているのもこれに由来するという。
――『赫焉の楼閣』の管理を担ったのは、現地の出身者である火之炫毘古と火之炫日女の親子であった。
サクラが神降ろしで一体化する『神』と同じ名であることは見過ごせなかったが、ひとまずはガンダルフの語るに任せることにした。
――『元素の方舟』を統治したのは三人の魔族。
ダークエルフの魔王ガンダルフ。
樹人の魔王フラクシヌス。
そして、ドワーフの魔王イーヴァルディ――
「我らは合議によってこの小世界の管理を行っていたが、それぞれの立ち位置には違いがあった。我は古代文明の完全な継承には拘らず、フラクシヌスは立場の弱い魔族に心を寄せ、そしてイーヴァルディは……人間という種族そのものを心から愛した」
ガンダルフもエイルも、アルファズルという一個人には敬意を払い執着しているが、人間全体に強い思い入れがあるわけではない。
前者は重んじることすらせず、後者は『心酔した相手が大事にしていたから引き継いだ』という域を出ない。
フラクシヌスも人間に対する感情は中立的で、対等にやり取りはするがそれ以上に肩を持とうとはしないスタンスだった。
しかし、イーヴァルディは違った。
同族であるドワーフと同等の、あるいはそれ以上に強い感情を人間に向けていたのだという。
「何故、奴があれほどまで強く人間に入れ込んだのか……理由は余の関知するところではない。人間が生み出す道具や技術に惚れ込んだのかも知れぬが……究極的には、感情の理由など本人にも説明できぬだろうな」
「冷酷なる魔王ガンダルフの口から『感情』を特別視する言葉が出るとは、正直に言って意外ではあるな」
「余とて魔力の淀みから産まれ出たわけではない。父もいれば母もいた一介の生命体だ。単に貴様らとは精神の造りが異なるに過ぎん」
魔王ガンダルフは大した感慨もなくそう述べてから、すぐに話を元に戻し――そして冷徹な声を響かせた。
「結論から言おう。アガート・ラムの創設者はイーヴァルディだ」
「…………っ!」
ガーネットが歯を食いしばり、拳をきつく握りしめる。
もしもガンダルフの襟首を掴んで問い質そうとするようだったら、人目も憚らず後ろから抱き締めてでも食い止めるつもりだったが、幸いにも彼女の理性は激しい衝動を無事に抑え込むことができたようだった。
ここまではまだ、従来の情報からでも可能だった推察の答え合わせに過ぎない。
彼女が本当に知りたい情報はこの先にあるのだ。
「それは有力な証言だが、違和感を拭いきれんな」
アルフレッド陛下が片眉を上げて訝しがる。
「魔王イーヴァルディは人間にただならぬ好意を抱いていたのだろう? ならば何故、地上の人間を害するような真似をさせるのだ。もしや、イーヴァルディ本人は既に亡く、後継が組織の在り方を歪めたのか?」
「奴が今も生き長らえているかは知らん。だが、アガート・ラムの在り方は当時から今に至るまで、全く変わってなどいない」
「では何故――」
陛下の疑問の言葉を遮るように、ガンダルフが驚くべきことを口走る。
「簡単なことだ。奴にとって、貴様らは人間ではない。ただそれだけのことに過ぎん」




