第547話 試作義肢とアガート・ラム
次の休日、俺は義手についての話をするために、改めて機巧技師の工房を訪れることにした。
今度はサクラではなくガーネットと一緒だ。
既に事前の打ち合わせと下準備は終わらせてあるので、ただ顔を見せただけですぐに工房の奥へと案内される。
そして上半身の衣服を全て脱がされてから椅子に座らされ、義手の取り付け手順の講義を、実演も合わせて受けることになった。
「では、さっそくですが、まずは取り付け手順から説明しますね。ルーク君は肩の付近から先を丸ごと持っていかれていますから、義手の付け根は肩全体を覆う形で仕上げてあります」
アレクシアは俺の後ろに立ってあれこれと準備を進めながら、これから取り付けることになる義手についての説明を続けている。
「ブランは腕の途中でちぎれた形でしたから、残った部分にベルトを締めて固定することができたんですけど、ルーク君の場合は胴体を使って固定することになりますね」
腕全体を模した義手に直結した、肩と断面を覆うカバーが押し当てられる。
俺が左手でそれを押さえている間に、アレクシアは布製のベルトを手際よく俺の体に回し、首の後ろと左脇腹を通して義手をしっかり固定させた。
その光景を、ガーネットが傍からぼんやりと眺めている。
アレクシアの手元を見ているようにも、そうでないようにも思えるが、一体何を考えながら見学しているのだろうか。
「これでよしっと……今回は分かりやすいように素肌の上から取り付けましたが、痛かったり違和感があるようなら肌着の上から着用するようにしてください」
「俺一人じゃ難しそうだな」
「さすがにこればっかりは。せっかく同居人がいるんですし、ガーネット君にお願いしたらどうです?」
「へっ!? オ、オレか?」
不意に話題の矛先を振り向けられ、ガーネットは目を丸くして上ずった声を漏らした。
「一番身近な人ですしね。弟君はやってくれなさそうですし」
「……しょうがねぇな……ったく」
ガーネットはブツブツと呟きながら、上半身裸な俺の体を――厳密には俺の体に義手を固定する器具を横目で見やった。
まぁ……今回はあくまで分かりやすさを重視した練習だ。
本番では肌着の上から取り付けた方がいいだろう。色々な意味で。
「それじゃあ、試しに動かしてみてください。普通に右手を動かす感覚で大丈夫です」
「こうか?」
言われるままに右手を動かそうとしてみる。
すると不思議なことに、自律人形と同じ構造をした人工的な右腕の指が、俺の思った通りにゆっくりと開閉し始めた。
もちろん指だけではない。
肘を曲げるのも、肩よりも高く腕を上げるのも思い通りだ。
「凄いな、これ! どういう仕組みになってるんだ? それに思ってたより軽いな……」
「制御方法は魔法使いの領分ですから、私には何とも。こちらとしては注文通りの動きができるように改良しただけですので」
アレクシアが差し出したシャツを右手で受け取り、そのまま普段と同じように腕や首を通していく。
さすがに感覚まではなかったので、手探りできちんと動かすには慣れが必要そうだったが、それを踏まえても大した出来栄えだ。
「重さについてはこっちの機巧技師が頑張りましたよ。原型は結構重さがありましたからね。左腕と同じ重さにしてバランスが取れるように、色んな形で軽量化をしてありますよ」
「なるほど。戦闘には耐えられそうか?」
「ルーク君がやってるような後方支援なら何とか。剣とか槍をぶん回すのは無理ですよ。弓も多分駄目ですね。本体強度もそうですけど、付け根の固定がそこまで強くはありませんから」
その辺りは今後の開発に期待ですね、とアレクシアは弾んだ声で付け加えた。
さすがに現時点では本物の腕を完全に代替するには至らないようだ。
「となると、重い物を持ち上げられるかどうかも、固定部分が耐えられるかどうか次第だな」
「ええ、固定方式は要改善かと。ルーク君なら人体に【融合】させて外れないようにできそうですけど、これは一般に普及させる前提の研究の一環ですからね」
「動力源はどうなってるんだ?」
「とりあえず、ルーク君の魔力を使う形になっています。魔力結晶を使うやり方もありますが、まずはシンプルな構造からということで」
俺もアレクシアも知らず知らず口元に笑みを浮かべていた。
ガーネットも興味深そうに、上着の袖から覗いた人工の手を撫でたり握ったりしている。
――俺は冒険者として。ガーネットは騎士として。アレクシアは機巧技師として。
それぞれ違った側面から――あるいは類似した側面から、この精巧な義手を高く評価しているのだ。
職業柄、冒険者も騎士も四肢を失うリスクが一般人よりも高い。
現時点の義手の性能であっても、そうした負傷者が一線を退いて一般人に近い生活を送る助けになるに違いなかったし、性能が向上すれば現場復帰も夢ではなくなることだろう。
「それにしても、世の中にはこんな凄い研究をしてる奴もいるんだな」
「ですね。完成すれば間違いなく社会の在り方が変わると思います。だけど、これだってルーク君がいなきゃ実現できない代物だったみたいですよ?」
アレクシアは後片付けを始めながら、妙に自慢げな笑みを浮かべた。
「中身を実際に弄ってみて分かったんですけど、この腕の内部構造は自律人形の影響をかなり受けています。私がこんなに早く調整できたのも、回収した自動人形の分析に携わった経験があったからです」
「つまり、俺達が夜の切り裂き魔を倒したり、『元素の方舟』の探索を進めていなかったら、こんなに早く完成しなかったってことか?」
「自分達が発見したものが、他の専門家の手に渡って世界を変える。冒険者冥利に尽きますよね。まぁ、私もルーク君も別の仕事が本業なんですけど」
全くもってその通りだ。
基本的に冒険者とは『探索する者』であり『発見する者』である。
それ自体は、単なる探検や宝探しの一環にしかならないことも多いが、普通なら見つけられない場所にある物を、然るべき知識を持つ者の眼前に引っ張り出すという形で、世界を変えるきっかけにもなりうるのだ。
「……ところで、いつか聞こうと思ってたんだけどよ」
俺とアレクシアの会話が一段落したのを見計らって、ガーネットが神妙な態度で口を挟む。
「自律人形の解析はどこまで進んでるんだ? 何か分かったなら白狼騎士団にも報告があるはずだよな」
「んー……大した報告がない時点でお察しと言いますか。四肢とかの末端部分はこんな義手が作れるくらいに分析できたんですが、頭や胸の中身となると、まだいまいちなんですよね」
アレクシアは困り顔で、自分の頭を指でトントンと叩いた。
「あまりにも複雑で意味不明、リバースエンジニアリングのきっかけすら掴めないブラックボックス状態でして」
「そうか……くそっ、多少なりとも連中を倒す手掛かりがあればと思ったんだが」
「ほら、これはあくまで喩え話ですけど。人間の頭を物理的にバラバラにしたところで、感情とか人格がどうやって生まれてるのかは分からないじゃないですか。あのレベルの理解不能さを感じるんですよね」
アレクシアほどの機巧技師がそういうのなら、自律人形の核とも呼べる部分の完全解析は、今の人間には本当に不可能なのだろう。
俺が『右眼』で見たところで、大まかな役割や用途は分かっても、具体的な仕組みまでは分からないのだから、本当にどうしようもないと言わざるを得ない。
そんなことを考えていると、アレクシアが何気ない態度で、不思議と納得できてしまう一言を口にした。
「ひょっとしたら、ルーク君の右腕の人質になってるダークエルフなら、私達が知らないことも知ってるかもしれませんね。彼らも『肉体の取り換え』なんて意味不明なことをしてるわけですし」