第548話 敵対ならぬ対面 前編
――魔王軍四魔将、氷のノルズリ。
俺の右腕を担保として、魔王ガンダルフとの謁見の機会を設ける約定が交わされた際、あちら側からの人質として差し出された男。
本人としては不満な展開だったようだが、今はそれについてはどうでもいい。
重要なのは、俺達との戦いで本来の肉体を失ったあいつが、今は女のダークエルフの肉体を使っているということだ。
ノルズリ本来の肉体は黄金牙騎士団によって回収されたのだが、一瞬の隙を突かれて破壊され、死体に仕込まれていたであろう仕込みも完全に証拠隠滅されてしまった。
以降、魔将達がどうやって肉体を取り換えているのかは、謎に包まれたままだった。
魔王戦争以降に判明した新事実といえば、火の魔将スズリの現在の肉体が、死亡したと思われていたサクラの父親のものであり、その気になれば人間の肉体も使用可能であるということくらいだ。
全ては謎に包まれたままになるかもしれない。
そう思われていたわけだが――
義肢の一件から更に数日後。
俺はホロウボトム要塞を訪ねるために、緑豊かな『日時計の森』の坂道を下りていた。
この開放型ダンジョンの底にある、冒険者ギルドのホロウボトム支部ではなく、そこから隠し通路を抜けて地下空間側に入った先の、黄金牙騎士団のホロウボトム要塞。
そこが今日の目的地だ。
冒険者が『元素の方舟』の探索に向かうときは必ず通過することになる施設であり、俺達も事あるごとに通りかかっているのだが、要塞そのものに用があることはかなり少ない――そんな場所である。
「だからって、会いに行こうと言い出すとか……本当、一体何を考えているんですか」
隣を歩く弟が心底呆れ返った態度で顔を歪める。
「相手は魔将ですよ。魔王軍の将軍、幹部級の魔族なんです。物見遊山で見物していい相手じゃないでしょう」
「理由なら最初に説明しただろ。れっきとした理由があるんだから、問題にはならないさ」
「秘密をペラペラと喋る相手だとは思いませんけど」
これ見よがしに肩を竦めるマーク。
「それでも、一応はやっておかないわけにはいかないだろ。やっても駄目でしたって報告するのと、無駄だと思ったからやりませんでしたって報告するのじゃ大違いだ」
「まぁ……それはそうですけどね」
今日の訪問はホワイトウルフ商店としてではなく、白狼騎士団としての用件だ。
現地で探索を行う冒険者ギルド側と、政治に携わる側である王宮や他の騎士団の仲立ちをする――と同時に、古代魔法文明と関係があるとされる『元素の方舟』の秘密の解明を試みること。
それが白狼騎士団の役割であるのだから、魔将ノルズリから情報を引き出せないか試みてみるのも、間違いなく仕事の一つと言えるだろう。
「しかし、魔将ノルズリから情報を聞き出す試み自体は、要塞の黄金牙の部隊も行っているはずです」
後ろからそう投げかけてきたのは、黄金牙騎士団から派遣された団員であるライオネルだった。
今日の同行者は、マークとライオネルにいつも通りガーネットを加えた三人である。
「首尾よく情報を聞き出せたという話は自分の耳にも入っていません。強引な尋問もできない以上、最初から望みは薄いと思っていましたが」
ノルズリの立場は戦闘で捕らえられた捕虜ではなく、魔王ガンダルフとの対面が滞りなく行われることを保証する人質である。
そのため、尋問だの拷問だのといった行為は許されないと、王宮から厳しいお達しが届いている。
白狼にとっては大した問題ではないが、黄金牙は少々やりにくそうにしている……というのが、元々あちらに所属していたライオネルの話だった。
「俺も有益な情報を引っ張り出せる確率は低いと思ってる。だけど、物は試しって言うだろ? それに……どうやら俺は、あちらにとって特別な存在みたいだからな」
「魔将ノルズリが団長の誘拐を試みたことも、その証拠の一つになりますね」
――アルファズルにして知恵者、ビレイグにして名もなき者。
古代魔法文明末期、様々な名前で呼ばれる人間の男がいた。
この男は優れた魔法使いであったらしく、この世に存在する無数のダンジョンの原型は、アルファズルが人類に文明崩壊を乗り切らせるために作った避難場所であったという。
そしてこれこそが『元素の方舟』――俺達が向かっているダンジョンの本来の姿だとも言われている。
アルファズルは明らかに規格外の存在だが、何故か魔王ガンダルフは、俺とアルファズルを同一視している節がある。
進化を続ける【修復】の力。
右目に宿った『叡智の右眼』の存在。
かつて、魔王戦争の最終局面で俺達と対峙した魔王ガンダルフは、それらを理由に俺の身柄を確保することに執心し、恐らくはその拘りが仇となって敗北を喫した。
しかも俺に対する筋違いな執着を見せたのは、魔王ガンダルフだけではない。
古代魔法文明期から生き続け、生前のアルファズルと面識があったと思われる、ハイエルフのエイル・セスルームニル。
奴もまた、俺の肉体とアルファズルの関連性を重大視して、国際問題ギリギリの手段で俺に干渉してきたほどだった。
これほどの状況証拠が集まっていれば、当時を生きた者達にとって、俺という存在がやたらと高い価値を持っていると断言できる――俺にとっては本当に傍迷惑な話ではあるが。
「……特別な存在、ですか」
マークが小さく呟き、そして複雑な感情を押し込めるように表情を歪めた。
「これは一団員としての確認なんですがね。体の方は本当に大丈夫なんですか。いきなり倒れられても困るんですよ」
「体? ああ、これが結構しっくり来てるんだ。さすがに生身の腕と比べれば不便だけどな」
俺は義手に置き換えられた右腕を前に伸ばし、五本の指を順番に開閉させてみせた。
今日は長袖に手袋という格好なので、外見では義手だということが分からないに違いない。
アンブローズの友人が開発し、アレクシアが調整を加えた義手の動きは、それくらいに精巧で違和感がないものだった。
「そうじゃなくて!」
マークが苛立ち混じりに声を荒らげる。
「右目です、右目! おかしなことになっていたそうじゃないですか! あれはどうなったんですか!」
「何だ、そっちの話か」
俺は右腕を下ろしながら、ただ苦笑を浮かべることしかできなかった。
「『叡智の右眼』についてはよく分からないままなんだ。実を言うと、その辺りもノルズリから聞き出せればと思ってるくらいでさ」




