第532話 突入、第四階層
アレクシアによる装備品の再説明が終わり、今度は探索のリーダーを務めるセオドアがロープ降下の指示に移る。
天井に穿たれた大穴から第四階層の地表へ移動するには、一本のロープを頼りにして、金具で落下速度を調節しながら下りていくしかない。
もちろんセオドアのようにスキルで下りられる奴もいるが、そういう奴らは冒険者の中でも少数派だし、他のスキルや能力が今回の作業に見合った奴となると更に少なくなってしまう。
そうして降下用ロープの準備が進む最中、不意にガーネットが俺の顔を覗き込んできたかと思うと、鞘に収められたアダマントの剣を俺に押し付けてきた。
「白狼の、こいつはお前が持っといてくれ。今回は魔法紋が使える方の剣で行こうと思う」
「分かった。加工が間に合わなかったんだからしょうがない」
「お前を守りながら建設予定地まで向かうわけだし、魔力防壁が使えると使えないとじゃ大違いだからな」
トラヴィスの訪問の後も分析を続け、性能を維持したままでアダマントの剣にミスリルを合成する手段を模索してきたが、結局は完成に至ることなく今日を迎えてしまった。
それなりに手応えはあったものの、第四階層へ下りる日取りには間に合わなかったのだ。
まぁ、そもそもの話。
この剣の加工と第四階層の拠点建設は全くの別件であり、降下の日程も加工の進展とは無関係に決めるべきものである。
以前から使っていた剣も充分に高性能なのだし、それに以前の模擬戦で、魔法紋とメダリオンの相乗効果も期待できるという結果が得られている。
ガーネットの提案は間違いなく適切な判断だと言えるだろう。
「さて! 皆、注目!」
降下開始を目前に控え、セオドアが冒険者達に呼びかける。
「全員が降下を完了した後に建築資材を投下する手筈なわけだが、恐らくその轟音で周囲の魔物が引き寄せられてしまうはずだ。ドラゴンなら僕が喜んで引き受けるけれど、地表の方には気が回らないかもしれない。そちらの方はよろしく頼んだよ」
相変わらずなセオドアの趣味人っぷりに、冒険者達の間に笑いが溢れる。
これがトラヴィス辺りなら、作戦開始前の緊張を解すために狙って言ったに違いなかったが、セオドアの場合は本気の発言のようにしか思えない。
「よし、それじゃあ始めようか!」
セオドアの号令を受け、第四階層へのロープ降下が開始される。
作戦に参加するホワイトウルフ商店側の人間は、俺とガーネットとアレクシアに、白狼騎士団からの協力という形のチャンドラーを加えた合計四人だ。
ちなみに、ノワールは『ロープ降下が全くできない』という致命的過ぎる理由で留守番となっている。
「私は先に赴いておきます。また地表でお会いしましょう」
耐熱装備に身を包んだサクラが【縮地】で地表へ移動する。
俺も負けじと足場の縁に立ち、一本のロープを頼りに第四階層の上空へと身を躍らせた。
絶え間なく吹き上がる熱風が安定性を失わせ、宙吊りの体を容赦なく揺さぶってくる。
例のコートを着込んでいなければ、熱気にも気力と体力をどんどん奪われていたところだったが、万全の備えのお陰で金具の操作に集中することができた。
「(……当然だけど、降下中に襲われたら一溜まりもないな)」
遠くにドラゴンの飛翔する姿が見える。
炎と溶岩、そして赤く発光している不気味な鉱石だけに照らされた地下空間を、我が物顔で飛び交う最強クラスの魔物達。
セオドアがスキルで空中を駆けながら周囲を巡回してくれているが、それでも警戒を絶やすべきではないだろう。
やがて冒険者や機巧技師達が冷や汗物のロープ降下を完遂し、次から次に赤黒い地表に降り立っていく。
俺とガーネットも無事に着地して、暗く高い天井に灯った微かな光――第一階層へ繋がる大穴を見上げた。
「んじゃ、全員到着ってことで合図送っちまいましょうか」
チャンドラーが槍にも似た異形の弓に信号用の呪装矢を番え、弦を引く準備を整える。
俺は周囲の様子をしっかり確かめてから、リーダーであるセオドアに作戦の進展の是非を伺った。
「状況を進めても大丈夫そうですか?」
船頭多くして船山に登るという言葉の通り、高ランクダンジョンの探索では指揮系統の乱れが生死を左右しかねない。
俺にも『店長』だの『団長』だの『領主』だのと、他人を指揮する理由になる肩書が幾つもあるが、今回の作戦を率いるリーダーはあくまでセオドアである。
「迎撃準備も問題ないだろう。やってくれ」
「だ、そうだ。頼む、チャンドラー」
「了解っ!」
信号用の呪装矢が高々と放たれ、数秒後に短い閃光を放つ。
その合図を受け、上層で待機していた面々が建築資材を次々に投下し始めた。
今回の目的は探索拠点の設営であり、安全な移動経路の確保は第二弾や第三弾の作戦で整備されることになっている――のだが、やはりそれでも資材の量は膨大だ。
資材とは即ちバラバラにされた拠点の部品で、それらの落下によって轟音と粉塵が容赦なく撒き散らされ、地下空間に大きな反響と煙の柱を生じさせる。
ちょっとした家一件が、砕けながら落ちてきたようなものなのだ。
魔物が何事だとばかりに集まってくるのは、どう考えても自然な成り行き以外の何物でもない。
「輸送班は資材を取りまとめて運搬準備を! 護衛班は周辺の警戒と迎撃準備! どんどん来るぞっ!」
どことなく楽しげなセオドアの号令を受けて、耐熱コートに身を包んだ冒険者と機巧技師が一斉にそれぞれの役目に取り掛かる。
その動きとほぼ同時に、四方から魔物の気配や異様な音が伝わってくる。
空中を旋回して様子を探るドラゴンの群れ。
岩肌を這い、壁すらも踏破する炎の蜥蜴、サラマンダー。
溶岩の湖から赤い飛沫を上げて姿を現したのは、どろどろとした溶岩の体を岩の鎧が覆う巨体、ラヴァゴーレム。
絶え間なく周囲を旋回する光球は、魔物というよりも現象に近いファイアエレメンタルの一種か。
「ガーネット! エレメンタルがしかけてくるぞ!」
「あれも生き物なのか? オレには魔法みたいに見えるぜ」
「自然発生した魔法みたいなもんだ! 防壁準備!」
「おうっ!」
俺はメダリオンを――スコルのものではなく、陛下から授かった二つ目のメダリオンを取り出し、ガーネットの背中にかざそうとする。
その寸前に、ガーネットは耐熱装備を勢いよく脱ぎ捨てて、メダリオンの【融合】を躊躇なく受け入れた。
周囲を回転するファイアエレメンタルの群れが急激に速度を増し、円筒形の炎の壁を生じさせたかと思うと、その中空の火柱が俺達めがけて一気に押し寄せてくる。
「――ふっ!」
ガーネットが地面にミスリルの剣を突き立てる。
それはスコルと【融合】した姿と異なる色彩を帯びた鏡写し。
凍りついた早朝の湖を思わせる青みがかった白銀の獣人が、刃の魔法紋を通してその魔力を周囲に巡らせ――俺達を守るように刺々しい氷の壁が生成される。
ファイアエレメンタルが放った炎の波は、ガーネットが生み出した氷の障壁に受け止められて威力を減じ、蒸気だけを撒き散らす結果となった。
「いい感じだぜ、白狼の! この調子で片付けるぞ!」




