第531話 深淵手前のブリーフィング
――それから更にしばらくの日数が経過し、遂に第四階層の探索拠点設営に向かう日がやって来た。
幸運にもと言うべきか、それとも皮肉にもと言うべきか。
地上から第四階層までの道程は、第二階層の中立都市にたどり着くよりもずっと距離が短い。
まずは『日時計の森』を下り、ギルド支部と騎士団要塞の間にある隠し通路を抜けて、第一階層こと『魔王城領域』の岩山地帯へとたどり着く。
ここまではどちらも共通なのだが、アスロポリスへ向かう場合は岩山を下り、平坦な荒野を経て旧魔王城で夜を越し、地下迷宮を抜けて第二階層へ下りてから、更に緑豊かな地下空間を突破し……といった移動経路を取る必要がある。
一方、第四階層に繋がる大穴は岩山地帯の奥にあり、大穴の壁に埋まった螺旋通路を下りきるには小一時間もあれば事足りるので、ただ第四階層まで到達するだけなら一日すら必要ない。
にもかかわらず第四階層の発見が遅くなったのは、ただ単に大穴が岩山に隠れて見つかりにくい場所にあり、なおかつ螺旋通路が埋没していて掘り返すのに時間が掛かったからだ。
そして、セオドア率いる冒険者パーティの尽力で螺旋通路が全面開通し、大穴の下端の少し手前――第四階層の天井の縁がはっきり目視できるところまでは接近できた、というのが現状である。
「話には聞いてたけど、こうして目の当たりにすると壮観だな」
俺は現時点の最前線拠点である、大穴の下端付近の広間の縁に立ち、天井の穴から第四階層を見下ろした。
高温の地表で巻き起こった熱風が、まるで煙突のように巨大な縦穴を吹き上がり、夏の日中のような熱気をもたらしている。
俺の隣には当然ガーネットが付き添っていて、同じく大穴を見下ろして「うへぇ」と短い声を漏らした。
「さすがの白狼のでも、この高さから落っこちたら【修復】する前にくたばっちまいそうだな。間違っても足とか滑らせるんじゃねぇぞ」
「うまく脚から落ちれば何とか。後は【修復】を自分に掛けながら落ちて、死ぬより先に治すくらいかな」
「落ち方を考察してんじゃねぇよ。縁起でもねぇ」
もちろんそういう降り方で第四階層に向かうつもりは一切ない。
ここから先は、冒険者なら誰しも一度は経験する、高所からのロープ降下で地表を目指すことになる。
だが、その前にここで済ませておかなければならないことがあった。
「ルーク君。それじゃあ事前説明を始めましょうか」
「おっと、最終確認は大切だからな」
アレクシアに呼ばれ、建築資材やら何やらでみっしりと埋め尽くされた広場に引き返す。
そこでは今回の作戦に参加する冒険者達が、出発に向けた最後の準備を終わらせようとしているところだった。
「では皆さん。探索拠点設営作戦の順序について、改めて説明させていただきますね」
アレクシアが冒険者パーティを前に堂々と語り始める。
内容は前に俺達が受けた説明とほぼ同じであるが、分かりやすさという点ではあのときよりも更に向上しているようだった。
恐らく、俺のスキルや機巧についてあまり詳しくない冒険者にも、簡単に理解できるように配慮した結果なのだろう。
こういうとき、機巧技師と冒険者の兼業というアレクシアの経歴が大きな強みになる。
普通の冒険者の理解度を把握したうえで、機巧の専門知識を噛み砕いて説明できる技師は、アレクシア以外にほとんどいないに違いない。
「……で、こちらがビューフォート家とホワイトウルフ商店、そしてミランダ裁縫店が共同開発した耐熱装備になります」
アレクシアは上着型の装備品を取り出し、冒険者達に広げて見せた。
見た目は丈長でフードが付いた厚手のコートだが、表地にも裏地にも常識離れした工夫が施されている代物である。
「まずコート本体は、セオドア卿が用意した竜革製の逸品です。耐熱性に優れ、多少の火では焦げ目すら付きません。ドラゴンの革だから当然ですけどね」
俺やガーネットがいつもダンジョンに着ていく服も竜革製であり、その頑丈さは折り紙付きだと身を持って実感している。
魔獣スコルの灼熱に晒されても、ドラゴンの革で作られた部分には何の影響もなかったくらいなのだから。
「しかし、いくら服が高熱に耐えられたところで、第四階層の異常な気温で参ってしまったら意味がありませんよね。そこでこの装備には、冷気を放って体温を冷却する魔道具が仕込まれています」
アレクシアはおもむろにコートの前を開いてみせた。
「着心地の良さそうな裏地にしか見えないかもしれませんが、これはスペルスクロールと同じ仕組みの布になっています。魔力を注ぐことで冷気を放ち始め、第四階層の高熱環境下でも安全に動くことができる仕組みですね」
セオドアが仕留めたドラゴンを材料に、ビューフォート家お抱えの職人がコートを作り、ノワールが作製した布製のスクロールを、ミランダが着心地を損ねずにコートの裏地に仕込む……実に手の混んだ合作である。
しかもスクロールの取り換えが簡単にできる作りになっているというのは、俺の【修復】スキルをどう駆使しても実現できそうにない構造だ。
「……ええ、そうです。スクロールの部分は使い捨てになります。しかし取り換えは容易ですし、半日程度の探索なら余裕で持続しますよ」
アレクシアは冒険者からの質問に対する受け答えも、すらすらと淀みなくこなしている。
機巧技師としてプレゼンテーションを繰り返してきたのがよく分かる振る舞いだ。
「もちろん長期の探索に対する備えもバッチリです。こちらのタイプは使い捨てではなく、魔力結晶をエネルギー源にして数日に渡って使い続けることもできますよ」
……段々と、喋り方が商品の売り込みに近くなっている気がしないでもないが。
「ただ、魔力結晶から魔力を移動させる経路がミスリル製なので、とんでもなくコストが掛かるんですけど。それにミスリルも金属ですから、どうしても重くなりますし。こちらは必要に応じて貸与する形になりますので、セオドア卿に申請してください」
一通りの説明を終え、アレクシアは二度ほど手を叩いて乾いた音を響かせた。
「おさらいはここまで! それでは皆さん、建築チームの護衛および資材輸送、どうぞよろしくおねがいしますね!」




