第529話 一級機巧技師、アレクシア 後編
「ルーク君をお呼びしたのはこのためです。是非とも力をお貸し頂きたいのですよ」
「俺に……? 【修復】スキルが必要なのか」
「ええ、厳密にはその応用ですね」
黒板の絵図に描写が加えられていく。
まずは第四階層の天井に短い棒を何本か突き立てるように線が描かれ、それにぶら下げられるようにして、天井と平行する帯状の図形が描き加えられる。
「第四階層の光源は周囲一帯の炎や溶岩で、第一や第二とは違って天井は光も熱も放っていません。そうじゃなかったら大穴の下端に近付くことすらできませんからね」
かつての魔王戦争の最中、俺は竜人に改造されたジュリアに捕らえられ、第一階層の空中を舞ってしまったことがある。
あのとき、俺を助けようとジュリアの尻尾にしがみついたガーネットは、凄まじい熱と光を放つ天井に叩きつけられて大火傷を負ってしまった。
第四階層もそれと同じだったなら、大穴を移動経路に使うことすらままならなかったに違いない。
「それを利用して吊り下げ式の空中通路を造ります。人間が通過するための歩道と、物資輸送用の軌条の併設が理想ですね。どちらか片方でも支障はないと思いますけど」
俺達の後ろで冒険者達がにわかにどよめく。
アレクシアの提案とは、大穴の縁から天井に沿った空中通路を壁際まで伸ばし、そこから階段なり昇降機なりの手段で地表へ下りるというものだ。
確かにこれなら、ドラゴンを含む魔物との不慮の接触のリスクを、限りなくゼロに近付けることができる。
この高さに設けられた通路にぶつかるようなら、そもそも天井や壁に激突する経路を取っていたということなのだから、普通ならまずありえない事態である。
「探索の前線基地を壁際に設ければ、大穴から安全に直通させることもできると。なるほどこいつは面白い構想だ」
セオドアは配下の冒険者達とは反対に、落ち着いた態度で興味深そうに説明を聞いている。
「けれど建設の難易度はかなり高いんじゃないかな?」
「ええ、まぁ。正攻法でも実現は可能ですけど、ハッキリ言って時間も手間もかなり掛かりますね。ドラゴンの脅威に晒されながら作業するのは御免被りますよ」
アレクシアは本音を包み隠さず語りながら、空中通路の図の土台部分をくるくると円で囲んだ。
「特に基礎部分を天井の岩盤に打ち込んで固定するのが手間でして。特殊なスキルの併用を考えなければ、一ヶ所ごとに地表から足場を組んでは解体する苦行になりますね」
「……ああ、なるほど。俺のスキルの使い所はそこなんだな」
さすがに当事者である俺はすぐにアレクシアの意図を理解した。
アレクシアもにこりと笑い、セオドアを含む俺以外の冒険者に向けて詳しい説明を続ける。
「ええ、そうです。以前にルーク君がとある物好きな貴族の依頼で作ったという、台座に突き刺さった抜けない剣のオブジェ――原理としてはそれと同じです」
「【修復】スキルの応用の一つ、【融合】だな」
通常の【合成】は二つ以上の物質を完全に溶け合わせて結びつけるものだが、それをあえて途中で止めることで、二つの物体が原型を保ったまま結合する状態を作ることができる。
要するに、アレクシアが言った案件が典型例。
台座に突き刺さった剣の作製方法の種明かしは、刺さっている部分だけを【融合】させて結合し、それ以外の部分の原型を保ったまま台座と剣を一つにしたというわけだ。
「普通なら岩盤に穴を穿ってアンカーボルトを固定するのは、大変大掛かりな工事です。しかしルーク君の【融合】ならびっくりするくらいに簡単になります」
「魔力を注ぎながら支柱を岩盤に突き立てるだけだからな」
「手さえ届けば大掛かりな足場も必要なし。セオドア卿はスキルで空中を歩けるそうですから、アシスタントにも事欠きませんからね」
高位の貴族でもあるAランク冒険者を躊躇なくアシスタント扱いする胆力に、俺は思わず苦笑を浮かべた。
もっとも当のセオドアは、あっさり首を縦に振って請け負ってしまう奴なのだろうけど。
俺はセオドアの反応を想像しながら、別の疑問点をアレクシアに投げかけた。
「通路を天井から吊り下げる方法はそれでいいとして。現在の最前線拠点は、大穴を縦断する螺旋通路の下端の踊り場だろう。そこから大穴の縁まではまだ少し距離があるし、天井に支柱を突き立てるのも一苦労じゃないのか?」
「ごもっともな指摘です。支柱はかなり長い槍くらいのサイズの鉄柱ですし、宙吊りで扱ってもらうのは危険すぎますしね。なので、全体の工事手順を簡潔に説明しますね」
アレクシアはさっきまでの図に地下空間の壁も描き加え、その真下に『探索拠点建設地』と書き添えた。
「大穴を起点に通路を作るのは色々と大変なので、そこは順序を逆にします。まずは拠点を作って、天井までの櫓なり何なりを建てまして、そこから大穴までの空中通路を作る形ですね」
説明された内容が順番に描き加えられていく。
これなら曲芸じみた空中作業からスタートする必要はない。
拠点も、拠点から天井までの移動手段も必要不可欠なものであり、順序がどうであれ絶対に作らなければならない設備だ。
「もちろんここでも、ルーク君のスキルをお借りしたいなと思っているわけですが」
「ホロウボトム要塞のときと同じだな。地上で作っておいた設備をバラして移動させて、現地で【修復】を掛けて即座に組み上げる……危険な場所ならこいつが一番だ」
喩えるなら、ガラス製の大きなビンの中で模型を組み上げる、ボトルシップじみた手順の工法である。
今のところ俺にしかできない手段であり、胸を張って自慢できる成果の一つだ。
「ええ、そのやり方でお願いします。人員はひとまず従来通りロープ降下で向かってもらって、建築資材なんかの輸送は……そうですね、片っ端から放り投げてしまいましょう。大穴の縁から、こう、ぽいっと」
デフォルメされた人間が建物を投げ落とす図が描かれ、冒険者や機巧技師の間に笑いが溢れる。
ああして絵にすると思わず笑わずにはいられない構図だが、方法としては全く間違っていない。
何故なら、俺の【修復】をフル活用することが前提である以上、投げ落とすことによる破損も即座に直せてしまうのだから。
「さて、概要は以上です。何かご質問はありますか?」
そう言って俺達の方に向き直りながら、アレクシアは自信に満ちた笑みを浮かべるのだった。




