第528話 一級機巧技師、アレクシア 前編
――王都から帰還して以降、俺達は数多くの重要な作業を同時進行で進めてきた。
まずは陛下に頂いたものも含めたメダリオンの試験運用。
この件は無事に成功を収めたと言えるだろう。
二つあるメダリオンの両方の限定覚醒に成功し、ひとまず最低限の戦力として使える目処が立ったはずだ。
次に、同じく陛下から下賜された、魔王ガンダルフが用いていたアダマントの剣の加工。
ミスリル合金化、もしくはミスリルコーティングを施したうえで、ノワールに魔法紋を刻んでもらうつもりだったが、想定外の理由で足踏みをしてしまっている。
しかし、同じ製作者が生み出した勇者エゼルの剣との比較検討や、トラヴィスが調べてくれたアスロポリスのドワーフ達の研究を参考にすることで、多少は打開策が見えてきたかもしれない……といったところだ。
これらに加え、セオドアから受けた依頼――炎と溶岩と灼熱の地下空間である第四階層の探索に向けた、耐熱装備と探索拠点の設営支援も同時進行でこなしている。
前者はノワールが担当し、ミランダ裁縫店の協力を得て、冷気を放出する衣服の量産準備が進められている。
そして後者はアレクシアの担当であり、グリーンホロウに移住してきた他の機巧技師達を率いて作業が続けられ――そして今日、遂にその成果が発表されるときがやって来た。
「えー、それでは『元素の方舟』第四階層の探索拠点設営に関する報告を、私アレクシアが機巧技師班を代表して述べさせていただきますね」
冒険者ギルド支部の貸し会議室。
俺はセオドア共々そこに呼び出され、アレクシアからの進捗報告を受けることになっていた。
会議室内には他の機巧技師達の姿もあるが、基本的に裏方として補助に徹するつもりらしく、壇上に立っているのはアレクシアだけである。
そして対する聴衆は、俺とセオドア以外にも探索で重要な役割を担うらしい冒険者がいるのだが、最前列にいるのは俺達二人だけだ。
「皆さんには改めて説明するまでもないと思いますけど、第四階層への現状唯一のルートは、第一階層の岩山地帯の奥にある巨大な縦穴を下りることだけです」
アレクシアは背後の黒板に白墨で縦穴の側面図を描き込み始めた。
普段から図面を描き慣れているだけあり、即席の描画でもなかなかに精密だ。
「大穴はドラゴンが第一階層へ現れる移動経路になっていて、普通に壁を這い下りるのはぶっちゃけ自殺行為ですが、壁面に沿って螺旋状の半埋没通路が設けられていたので、この過去の遺物をありがたく使わせてもらっている状況……ということで間違いありませんね」
ここまでは純然たる現状確認。
出席者全員が把握していて当たり前の大前提の再確認だ。
「さて、私達に任された役割は大きく分けて二つ。第四階層の天井に空いた大穴から地面まで安全に下りる手段の確立と、最前線の探索拠点の室温をコントロールして快適にする手段の開発でした」
「個々の冒険者の実力で乗り越えろと言い出せば、大部分が脱落せざるを得ないほどに過酷だからね。第四階層単体でもAランクダンジョン認定は間違いないよ」
セオドアの言葉にアレクシアは大きく頷き返した。
「私も冒険者の端くれなので、よく分かります。大穴の下端までは現場視察に行きましたけど、私が経験したどのダンジョンよりもヤバかったですね」
「で、こうして呼び集められたということは、実現にそれなりの目処が立ったと考えていいのかな?」
「拠点の冷房装置については万全です。その手の魔道具を大規模化させて、機巧装置で調節できるようにしただけですから。灰鷹騎士団に納入した製品の応用ですね。ただ相当に高コストですけど」
「気にする必要はないさ。この僕とギルドが本腰を入れた以上はね」
探索拠点に設置するという前提上、量産は最初から考えなくてもよく、装置が大型化しても何ら問題はない。
攻略が急がれる難関ダンジョン向けの特注品なので、製造コストも運用コストもある程度までは度外視できるわけだから、アレクシアなら苦戦はしないだろうと思っていた。
「問題は昇降手段の方でしたね。技術的には資金と時間さえあればどうとでもなるのですが、何よりまずドラゴン飛び交う環境であることが難題でした」
アレクシアは黒板に描かれた大穴の図画の下に、今度は妙な愛嬌があるドラゴンの絵を描き込んだ。
「第一階層に向けて多くのドラゴンが移動するということは、即ち大穴の周辺は大量のドラゴンの動線が重なるスポットであるということです。こんな場所にまっすぐ昇降機を下ろしたり、移動用の塔を立てたりしたら、どう考えても大惨事待ったなしです」
それは敵意を持ったドラゴンによる攻撃のみならず、人間側の活動を気にも留めずに飛んでいたドラゴンが、偶然にも昇降機のワイヤーや階段塔にぶつかってしまう事故も含めての懸念である。
天井に空いた穴から第四階層の地表までまっすぐ伸びた何かを、ドラゴン達が丁寧に回避してくれることを期待するのは、いくらなんでも無理があると言わざるを得ない。
「対策として考えたのは、周辺にドラゴン除けの結界を設置することです。第一階層の黄金牙騎士団の要塞やドワーフの城下町にもある奴ですね。しかしこれはセオドア卿に大反対されてしまいました」
「当然さ! 大穴を結界で塞いでしまったら、ドラゴンが第一階層に出てこれなくなるじゃないか!」
セオドアは大真面目な顔でそう言い切ってから、冗談めかすような笑みを浮かべた。
「……もちろん、個人的な趣味だけで主張したわけじゃない。第一階層に移動できなかったドラゴンは、必然的に元の第四階層に残留することになる。これは探索の危険度を上昇させる要因にしかならないからね」
出口を塞いでしまったら、逃げていくはずだったモノが内側に溜まってしまう……これは否定しようのない真理である。
安全な昇降のために設置した結界が、第四階層のドラゴンの数を増やして周辺の危険度を上げてしまうなんて、こんな絵に描いたような本末転倒は滅多に見られないだろう。
「次の案は、昇降機のワイヤーを必要なときだけ垂らすというものです。しかしこちらにも問題がありまして」
アレクシアは黒板に描かれた第四階層の天井の付近に、風が渦巻くような線を何本か描き加えた。
「第四階層の凄まじい熱気に満ちた環境は、必然的に大きな空気の流れを生んでしまいまして、地下空間の上の方では風が凄いことになってしまう場合があるんです。なので、必要最低限のワイヤーだけで吊り下げた昇降機は……」
「死ぬほど揺れることになるのは想像に難くないね。というか死ぬね」
「かといって、昇降のたびに安定させられるほどのワイヤーを張るなんて、やってられないくらいに大変だろうな」
セオドアと俺が立て続けに納得の言葉を口にする。
Aランクダンジョン並という評価は伊達ではない。
環境のあらゆる側面が過酷そのもので、人間の立ち入りを拒んでいるとしか思えないほどだ。
「そこで次に考えたのは、いっそ回り道をしてしまおうというものです」
アレクシアは一旦黒板に背を向けてこちらに振り返り、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「ルーク君をお呼びしたのはこのためです。是非とも力をお貸し頂きたいのですよ」




